山本はその瞬間、逆流しそうな血の熱さが足元から上ってきたのを感じた。
そのまま古代を壁際に押し付け、喉許を締め上げてやろうかとする衝動を辛うじて 押さえようとし……抑え切れずに体が動いた。襟元を掴み、ぐいと引き上げると、 彼は壁にダンと押し付けられた。
古代の顔の横に山本の腕があり――その切れ長の目が眼前にあり、 熱い息が頬にかかるほど近くにあった。
唇が触れるほど近くに―― 一瞬のことだ。
「……」
山本が何か言おうとして苦しげな表情になり、何かの激情を抑えたのは伝わっていた。 手が震え、掴んだ艦内服が緩められた。はぁっ、と振り払うように古代の腕が振れて、 山本は顔を反らせて体を離した。
古代は困ったような顔をしていた。
「山本……」そうしか言葉が出なかった。
「――済まん」
私情に我を忘れた自分を、山本は恥じた。だが、まだ熱い血は胸の裡を巡っており、 まともに古代の顔が見られなかった。
が、古代の柔らかな声がした。
「山本……」そうして肩におずおずと置かれた手を彼は振り払った。
「さわ、るな……俺は、何をするか。自信が、ない――わかってくれ」
それ以上言えずに顔を反らせたまま、山本はしばらく石のように固まっていたが、 古代がするりと体を起こすと顔を上げてその若い上官を見上げた。
「……俺は」古代の声音が耳を打つ。「応えてやれなくて、ごめん」
「古代――」言葉が、そうとしか出なかった。
「俺は、死なない――」
まっすぐに目は逸らさず見つめてくる古代はそう言った。
「それが俺の――お前たちへの責任だ」「古代……」
古代はふっと笑い、こめかみの横に指を翳す。
「よろしくな、副官。頼りにしてるぜ」
その背を見送りながら山本は拳を握り締め誓っていた。
古代――俺が、護る。いや、お前のために、地球をだ。俺はその一つの石となろう。 山本の胸には改めてその決意が沸いていた。
はぁ……びっくりした。
一方、古代進は艦橋へ戻るエレベータの中で大きなため息をついた。
頬が熱いような気がする――いやいや、俺が動揺してどうする。頭をぶん、 と降りそれを振り払った。
(――あいつ、真剣だもんな)
その対象が自分であることに戸惑いはあったが、山本の真剣な想いは、 命の瀬戸際の今、冗談や知らなかったことにして済ませてよいものではなかった。
(大事な、仲間だし)。
古代にはまったく同性への恋情は理解できなかったが、山本の想いや真剣さは知っていた。 長いときを過ごす間に、いつしか自明のものとなったのだ。何故、わかったのかは 自分でも不明である――だが同じように恩義と忠誠とでもいうような心情と、 そうして思慕を向けてくる相原と、何が違う? そう思い始めたのがきっかけだっただろうか。
だが山本は大切な仲間だった。共に駆け、共に生き、共に大切なものを葬ってきた。 恋は受け止められない――だが熱い想いに上下や種類があるだろうか? ヤツの切なげな瞳と熱い体温が蘇ったが、不思議と厭な気持ちを持たなかった。