>YAMATO・3−Shingetsu World:三日月小箱百題2005-No.15より




いつもと違う朝。


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= 2 =



 実際、「困ったことになったよ」
と古代に相談されたのは二日ほど前のことだ。


 めったにこういうことで人を頼る男ではない。だが、揚羽自身と面談し、 本人が乗艦を強く希望しているとあっては古代としても無碍にはできないだろう。
―― そちらの世界では期待されている人材か? お前のネットワークで何かわかることは。
 古代にそう問われて、わりあい近しい方であると答えた。


 揚羽のAGEHAは南部工業公社と同じ業態を持っていることは確かだが、 軍事産業はこの時代だから基幹としているだけで、実際は多角経営企業であり、 平和時はフード産業の方が主であったはずだ。いずれにせよ揚羽蝶人が一代で築いた、 いわば“成り上がり”で、まっすぐな性質の長男・武がそれを好ましく思っているかどうかは 別として、本人は幼少の頃から俗に言う“飛行莫迦”だったことも知られていた。
 「揚羽のご長男は――ねぇ」
「才能もおありなのに、お遊びばかり」
「訓練学校へ行ったそうな」
「卒業されたら、でもお家を継がれるんでしょうに」
……かまびすしく囁かれる時期にきていたのは確かである。
 (そういえば、あそこは。――お袋さんが入院されていたな)
 いつぞやのパーティで逢った、たおやかで芯の強そうな母親。その彼女に寄り添うようにして 線の細い、だが才気芳しったとでもいえそうな秀麗な武の姿を南部は覚えている。


 「難しいかもしれませんよ、古代艦長」南部は正直に答えたものだ。
「だが、本人が強く希望している――ヤマトも彼を欲しい」
「AGEHAと揉めてもですか?」
古代はいいや、と首を振った。「――だが俺は、尊い意思は尊重したい……それに。 少年宇宙戦士訓練学校を基礎教養の過程と考える一部の風潮は、俺には合わないんでな……」
確かに、そういった風潮が生まれているのも事実だった。
 短い期間に起きた様々な戦いを経て、現在の少年宇宙戦士訓練学校は、歴代始まって以来 ともいえるほどの盛況である。何よりも、質と教育システムが、である。
 今年の繰上げ卒業生は、その最初の世代。総合士官としての教育を受け、それぞれヤマトが 持ち帰った最先端の技術や知識のいくらかをベースに、次世代型の戦闘を志向している。 さらには専門を持ちながらも多岐の能力を持つように――これは自分たち以降の失敗= 促成栽培の失敗を肝に銘じた方向チェンジであった。
 だからこそ、今年の卒業生はレベルが高い。繰上げ卒業をさせ実践訓練艦に乗せる、 というプロジェクトが生まれても不思議ではない力の人材が久しぶりに育ってきていた。


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 「お兄様」
ふと自身の考えに没入していたことに気づく。
――そろそろ、朝食の声がかかる時刻だ。
「――加藤……四郎さんは、お乗りになるんですか」
少し言葉を濁すようにして美樹は言った。


 美樹と四郎が知己であったことを、康雄はごく最近まで知らなかった。 加藤四郎と南部が出逢ったのはデザリウム戦でイカルスに封じられていたヤマトに駆け込んだ時だが、 それ以来、戦闘や諸事に忙しく――また俺たちは大切な人間たちを失い……。 ばたばたと日々を過ごしていたから、個々人のつながりかたなど話し合う時間も余裕もなかったのだ。
 「美樹? ……加藤が気になるのか?」
妹はそっとかぶりを振った。
 特別な想いを残すような妹ではあるまい。あればとうに行動を起こしているはずだった。 デザリウム戦からの帰還とその後の掃討作戦で、ヤマトの若手主力として活躍した加藤四郎の名は、 英雄として戦没した兄・初代隊長の三郎の名と共に著名である。 ましてやイスカンダルの旅のあいだの苦しい1年間を何らかのつながりを持った間柄とあれば、 その名に注目しないわけはなかろうとも思う。
 だが住む世界の違う者に対し特別な感情を持たないのは我が家の女たちの特徴でもあったろうか。 ……男たちは社長であり総帥でありながら技術者魂を捨てない父や、その後継でありながら 軍を選んだ自分にもいえることだが少し違っている。 もとは小さな町工場から始まった技術屋であるという自負心と、フロンティアの精神が無い者は 南部の者とはいえないのだ。それに一族の結束の固さと広がりも……この度重なる戦闘で失われてはいなかった。
(よくもまぁ、生き延びたことよな…)
南部にはその感慨もある。
だからこそ、自分が別の場所に生き甲斐を見つけた時も、迷う必要もなかったからだ。
(南部を守る者はいる)
それである。


 「ご立派になられたでしょうね?」
 だが少し目に力を込めて兄を見る美樹には、仄かにその人間への興味があった。
「あぁ……もう“加藤・弟”なんていってからかえないな。私と対等の立場だ。 古代の副班長として戦闘班の一方のリーダーとして。頼りになるヤツだよ」
「そうでしたか…」
「美樹? 会ってみたいか」
出発にはまだ間がある。――ドッグ入りしてからその時間がないわけではないだろう。 加藤の方では美樹に思いは残していまいが、逢えば懐かしがるだろう。 健康を害していた自分に出会ったため、近況を聞かれたことは何度かあったが、 息災だと答えると満足そうに笑って、
「よろしくお伝えください」とだけ言うのが常だった。 熱血一直線だとか、女にはマメな野郎だとか、言われているが……朴念仁である。


 「そういえば」
と美樹は思い直したように目を上げた。悪戯っぽい輝きが何かを語っている。
「ん?」
「――藤堂長官、と仰ったかしら。お兄様たちのトップに称える方は」
「あぁ。なんだ?」
「お孫さんがね、同級なんですのよ」
へ? と康雄は驚いた。
「――晶子さん、と仰ってね。とてもしとやかな方」
そうか、としか言いようがない。
「こんど、社会勉強のためにお爺様のお手伝いに入られるのですって」
「秘書室へか?」
「えぇ」こくりと彼女は頷き、
「親しいのか?」という問いに「いいえ」との答え。
「私はこの通りのハネッ返りですし、あちらは元は宮家のお姫(ひい)様でしょう?  同じ“お嬢様学校”といいましてもね。実業家風情では近づけませんのよ」
本当かよと妹の言葉を100%信じるわけにはいかない。これでけっこう抜け目が無い妹なのだ。
「――とは申しましてもね。倶楽部でご一緒してますわ。とても明るくて芯のお強い方よ」
……まったく。この妹のちゃっかりさは誰に似たのだろう?
「倶楽部って?」
「“連歌の会”」
「連歌、ですか――まぁ卒業までもう少しです。頑張りなさい」「えぇ」


 朝食の合図があり、面談は切り上げ時となった。


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 軍用のナップザック一つにまとめた荷物を肩にかけ、制服に着替えて玄関に立った南部を やはり美樹だけが送ってきた。両親の朝は早く、ともに挨拶のあと、すでに出かけてしまっている。
 玄関下に迎えに出ている軍用車の姿が見えた。自力で行きたかったのだが、 とてもそれはムリな場所へ回転翼で飛ぶのだ。機密の一環というのもあるのだろう。 ……実際、ヤマトがどこに眠り、どこで補修・改造されているのか、幹部乗組員である南部も 知らされてはいなかった。


 行ってきますよ、と挨拶をして、康雄は
「そういえば、なにか用があったんじゃぁないのか」
と訊ねた。声をかけてきた用事らしきものをまだ聞いていなかったからだ。
美樹は首をまた微かに振り、にっこり見上げて言った。
「――お帰りがいつになるかはお聞きしないことにしますわ」
少し目に陰りがあっても、笑っている。
「――私もがんばりますから。お兄様もきっと、無事でお帰りを」
「あぁ」そう言って南部は眼鏡の下の目を細めた。
 この妹に誤魔化しは不要だろう。
すべて知っていて――どこまでかは知らないが――笑っている。 だから俺たちもまた旅立つのだ。たとえ地球が新たな危機に見舞われていたとしても。


 南部は妹の肩に手を置いた。長いつややかな黒髪がはらりと手にかかり、そういえば “髪を長くしておける”というのは平和や反映の象徴だなと思う。
 女性の長い髪は男のロマンでもあった。長女・真樹はショートカットでボーイッシュにまとめていて、 それはそれで美しいと思うが、この次女・美樹は常にこうしたロングヘアである。 もちろん実際に宇宙放射線病に罹っていた頃は短く刈り込んで男のような頭にしていたのは 治癒の手間をかけさせないためだったし、実際に長い髪は体力を吸うのだ。 だからこそ、健康になった今、その美しさに固執するのかもしれなかった。
 大学は古典文学を研究したのだらしい。こっそりと経済方面も学んだようだが、 "連歌"というのはそこからきた発想だろう。平安朝の女性たちは体中を覆うような黒髪が豊かさや地位、 美しさの象徴だったのだから。当然自分では洗えないのだから洗髪を受け、 髪を結ったり梳いたりしてくれる侍女がいなければならない。そのような身分が必要なのだ。
 《ねぇお兄様。日本人や日本語というのは、本当に美しかったのね――》
宇宙時代になっても、変わらないものはあるのだというのは美樹の持論だ。
 命を失うかもしれない、と思った何度かの瞬間に。目の前に浮かんだ顔の中に、 この妹の髪の長いシルエットがある。それは南部にとって、“護ってやりたい”ものの象徴なのだ。
実際にはボーイッシュだったり気の強い女性が好みの南部であるが、 “妹”だけは別なのである。
(私もたいがいシスコンなのでしょうか?)
ふと自問自答してみるのだ。


 日の光が強くなってきていた。静かに辛抱強く車の横では係官が立って待っている。
南部は美樹に別れを告げて言った。
「大丈夫ですよ。皆がいる――ヤマトもあります。兄たちの力を信じなさい」
「えぇ、もちろん」
加藤さんや……皆さんによろしくね。古代艦長にも。
あ、そうそう。就任おめでとうございますってお伝えくださいな。
 お土産、といわれて小さなポプリを渡してくれた。よく眠れるとかでラベンダーだそうな。 天然のものですから贅沢ですわよと言う。


 空は、好天だった。


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 西暦2203年、冬。
 ヤマトはアルプスの山中に眠っている――そこには。第3代ヤマト艦長・古代進の許、 新たなる乗組員たちが続々と集結しはじめていた。
 だがまだ飛び立つ時は来ない。ヤマト始動まであと、10日である。


綾乃
――19 Sep, 2010



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