新月倉庫ヤマトIII・艦内事情(Shingetsu World):三日月小箱百題2005-No.35より


tresure clip FirstLove

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−−『宇宙戦艦ヤマト3』より
:2005題−No.35「初恋」より

【First Love〜シミュレーションルームにて】

 古代進は艦長である。
 そんなのは、わかりきったことだ。
 生活班長はその婚約者である。それもわかりきったこと――だからといって。
恋は止められない。

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 「お〜い、もういいかげん上がれよ」
シミュレーションルームに篭ったきりの山下由布を気遣って、班長の南部が
声をかけた。
 順番を待っていたが、艦橋の仕事は忙しい。南部が行かなければ当直の
相原がいつまでも留守番から離れられないのだ。その相原も、部下たちが
指示待ちしている仕事が山になっている。
なかなか席を空けない利用者のおかげで、今日のシムは諦めか、と南部は
ため息をついた。
(ま、いいですけどね――)
実戦で、遊ぶから。
 どうせ、ここの機械は実家製である。最新のシミュレーションは自分がテス
トすることも多いため、ヤマトに搭載されているほとんどのシムは、データを
組み替えない限り隅々のクセまで、ほとんどを呑み込んでしまっていた。
(1社独占はよくないよな)
3分の1でいいから、AGEHA製にしたらと思うけれど。――あそこはあまり
重機は強くないからなぁと、それなりに業界のことには詳しくないわけでは
ないお坊ちゃまである。

 (その御曹司くんも今回は搭乗だし)
ため息はそのせいもある。
(ありゃ、本当にお坊ちゃまだ。何にも知りやがらねぇ−−)
その世間知らずは、浄いかもしれないが、舌打ちしたくなる不愉快さ。
いつの間にかベテラン扱いされ軍では軍閥財閥それぞれ抱えるハメになり、
それなりにストレスも抱えてスレてしまった自分を考えると。
――上官である古代は、とんと無頓着だから。はっきり言って世間的には
ガキだから。有事の判断力は凄いけれど、なぜあそこまで世渡り下手かな、
と思うくらいだ。だから、俺たち皆が守ってやらなきゃいけない――それは
もちろん自分たちが快適に暮らし、仕事するためでもある。
だが一旦宇宙へ出れば。立場は一気に逆転する。古代さえいれば。古代
が居て、ヤマトさえあって、皆がいれば――何とかなる、というのが俺たち
第一艦橋メンバーブリッヂクルーの強さ。それはもう一種の信仰ですらあった。

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 などぶつぶつ考えているうちに、
(おい、冗談じゃないよ、1時間超えてるじゃないか!)
班長としての責務が優先した。
「おい! 上がれ、山下! 神経やられるぞ!」
 耐久訓練なら別だが、長時間の射的はまず視神経と脳をやられる。特務
で鍛えなければならない場合は別として――その場合でも、もちろん段階
というのはあるもので、新兵の山下に、そんな力量があるはずもなかった。
(古代さんじゃあるまいし――)
戦士としても有能な古代は、このくらいの訓練は軽くこなす――もちろん、
自分も。
艦長・古代はその実力からしてむしろ飛行機乗りとして知られているが、
実際は砲術が専攻だった。つまり南部とは同期なだけでなく本当の意味で
同級生なのだ。
なぜ飛行機科へ行かなかったか、というくらい、砲術撃ちより艦載機の方が
好きらしく、また向いてもいるのだろう。主砲塔で顔を見ることはほとんど
ないが格納庫にはよく現れる――ちぇ、という思いもある。
がその分、自分への信頼感はある意味絶対で。
「俺がいなくても南部がいれば何とかしてくれる」と思っている節がある。
それに応えてしまうのが、長い付き合いと、それから、性分というものだ。
だから平気で、コスモ・ゼロに乗って艦橋を飛び出してしまう――艦長代理
のくせによ−−というのが最初の航海からのいつものこと、いつものこの艦。
さすがに今回の旅で本当に艦長になってしまってから、それはない。
あったら怒るぜ本当に。

 通常、飛行機科から指揮官が出ることはまずない。理由は、死にやすい
から。古代はもともと島とともに幹部特務訓練を受けていたため、“より死に
にくい”砲術科に振り分けられたにすぎない。
もちろん古代自身にも、小さな艦載機で飛んでいってもガミラスは潰せない
という程度の計算はあっただろう――兄貴の敵討ちするんなら大きな艦の
方が良いに決まっている。
単純で直情径行と見られがちな古代だが、あれでなかなか一筋縄でいく
ヤツでもないのを南部は承知している。それでなければヤマトの艦長など
務まるわけはない。
(その辺を、お偉いさんにはわからない人も多いようなんだがな――)
 南部は、島とは別の意味で古代を理解してわかっているという自負もある。
表面穏やかで筋を通すのが得意な島や、落ち着いて一見知性的な真田の
評価に比べ、古代への評価はまちまちだ。そして敵も多い。
だが、現場の若い軍人たちの憧れを別としても、意外に“親爺受け”する
人材でもあるのだ――まぁ要するに、男も女もタラしってやつでしょう。
自覚がないのが罪だな……。

 ところで。――本当に、大丈夫なんだろうか。
 まだ出てきやしない部下を見やり――と、南部はコントロールルームに
飛び込み、山下が利用していたBルームのシムを停止した。
 ドアを強制開錠する。
 山下由布は、中で倒れていた。
 
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