YAMATO'−Shingetsu World:『完結編』後の世界



butterfly clip北の大地


・・宇宙そらへ結ぶ道・・


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「Crescentmoon題2005-No.38」
【北の大地】
(from 2006, Nov)


flower clip


= 1 =



 「え〜っ。僕です、か?」
相原義一は、突然の“出張”指令に、驚いておもわずそう答えてしまった。
(あ、しまった)
ここは地球防衛軍本部の司令官室である。
通信技官、相原義一はそう言ってから慌てて取り繕い返事をした。
「は、はい――」
「君が戦艦勤務を希望しているのはよーく、よーく知っとるがね。まだ次には間があ るし、その間に、で良いのだから…」
と、隣の部署の上官にあたる戦術参謀は言った。
 地位なら遥か下の士官ではあるが、長官の孫娘と結婚の決まっている相手に、どう しても及び腰になってしまうのは官僚機構に長年勤めていれば身に付いてしまう処世 術というものだ。
 地球一のハイパー通信技術とネットワークのセンスを持ち、薬でも工学的に補強も していないのにその抜群の能力を有する三半規管を持つ相原は、大人しやかな見かけ によらぬ実戦経験や現場対処能力も買われている。本部の部屋づきになれというオフ ァを断り続けていることを知らない上級管理職はいない。戻るたびの地上勤務で着実 な実績を積み、また時々は基地なんかにも呼ばれていきながら、古代進――元宇宙戦 艦ヤマトの同僚で上官――が出立するたびにその艦への同乗を希望し搭乗しているの は有名な話だ。
 その希望は適えられることも、そうでないこともあったが。古代にしてみても、阿 吽の呼吸をわきまえ、生死を共にしてきたヤマトの仲間が懐刀として艦橋にいてくれ れば心強いことこのうえないだろう。だがそうわがままも言ってはいられない。 実戦経験を持つ中堅士官は数が少なく、特に彼ら元ヤマトの幹部乗組員たちは、現場 を厭わない性質もあり多くの先端で求められたからである。
 だが、1か月以上の長距離艦勤務になれば、そのほとんどは相原の希望が適えられて いたといってもよいだろう。その古代進は、久々の冥王星への短くない勤務から戻り、 次の出航を待っていた。


 「処理さえ間違わなければ3日の仕事だ――君なら2日でこなせると思うがね…。 猶予は5日やる。行ってくれたまえ」
お願いする口調ではあるが、これはもちろん命令で、いくら非戦闘員とはいえ仮にも 軍人である相原に拒む権利はない。
「ですが…私の手には余ると思うのですが」一応の抵抗を試みる。
 だいたい。
 大戦中にうち捨てられたウラル山脈の地下に潜って、そこに貯蔵されたデータを回 線通じて拾ってこいって……なんで今まで放っておいたんだよ! と怒る相原である。
「重大機密だったからな――もうダメだと諦めてもいたのだが。ふとしたことでネッ トワークが生きていることがわかってね。次の開発計画に、そこで蓄積された記録が あれば、膨大な人件費と知識の節約になるんだ」と上級参謀。
「それにこれは、真田副長官の希望でもある――」
(真田さんが?)
それなら、本当に大事なデータなんだろうな、と、ころりと不満の消える相原だった。  「しかし…」
管轄は北支部(旧ロシア・極東地域本部)だ。なんでいまごろまた。
豪雪の中、突破して地下に入って、発破かけて潜って――それで回線探り出せって。
「戦闘士官一緒じゃないと無理でしょ」
とつい本音を。いくら僕が戦闘艦に乗って、白兵戦やら敵工作破壊活動までやったこ とあるっていっても! 僕は戦闘員でも空間騎兵隊でもないんだからねっ。とは相原 の内心の声である。
 「地上軍の陸自でもつけようかと思ったんだがね――」
現在のシベリアとウラルの境の地域なんて、条件はほとんど未開拓惑星上と変わり ない。いやまぁ空気は普通にあるからヘルメット要らないってだけで。でも、地下だ しな。
「――古代さんつけてください」
ぼそり。
 じと目で見上げる相原のコレに逆らえるヤツは実はヤマト艦内でもいなかった。 あの南部ですら、相原が本気で拗ねると勝てないというのは知られた話だ。だいたい、 どんな報復されるかわかったものじゃないから。地球中のネットワークに潜り込める ヤツに逆らおうと思う男(やつ)がいるわけないではないか。
「あ、相原――」参謀の顔に汗が滲む。
「それと、補佐一人――瀬能を。彼なら今、空いてるはずです」
古代と同じ艦で自分の代わりに出ていたはずだから。瀬能は相原の副班長を何度か 務めた信頼できる相手だ。
「な、なんとかしよう」
「あと、現地の事情に詳しい、言葉堪能な人一人」
 本当はこれに加えて佐々さんでも居てくれれば一石二鳥でありがたいんだけど(あ っちの事情は詳しいしロシア語しゃべれるし)。でも今、火星だしなぁと。まぁそこま で贅沢はいえないにしても。英語くらい通じるだろきっと。
「空挺隊や空間騎兵は要らないのか」
要りませんってば。いても役に立たないですし――とはさすがに言わなかった相原で ある。


 実際。
 命が危ないような激務の時に。わけのわからぬ一個中隊をつけてもらうよりも信頼で きる人間が1人2人いた方がどれだけ生還率が高いことか――その程度には修羅場も 潜ってきた相原である。ましてや専門領域を1人で賄わなければならない時は。
 「条件が整ったら知らせる。1両日中には出発だから、準備しておくように」 威厳を取り戻して言う上級参謀に、はい、と敬礼して辞した相原であった。


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