宇宙図書館のXmas(Bookfair No.5)/新月の館 >after the Dezarium's War
:三日月小箱百題2005-No.50より




- 雪の街に、炎吹く -


(1) (2) (3)


−−Original tales
:2005年お題 No.50「昇華」
A.D.2202年頃。『宙駆ける魚・3:MISSION』後のロシアにて


bell clip


= 1 =



 コンコン、とノックの音がした。 二重窓の内側にすら冷気が沁みてくるような気の窓辺に立ち、ホット・ ラムを呑みながら雪景色を眺めていた佐々葉子は、
[пожалуйста(どうぞ)]と促した。
 [Ёkо(ヨーコ)?]
「あぁ、ニコライなの」同僚のニコライ。「どうした? 今日はもうお仕舞いだったろ?」
「明日の予定が変更になった。――雪がひどくてね、軍隊も市内に出動せよとのお達しさ」
両手を拡げてちょっと口をとがらせる。熊みたいな風体だが口ひげがなかなか似合っている洒落者。 今年結婚したばかりで、見かけによらぬ愛妻家である。
 「そうか――今日、なにかやることが?」
「いや、それだけ」
「そうか――早く帰ってやんなよ。マリーナが待ってんだろ?」
「そのマリーナから連絡があってね、回り道してくるかもう少し残業してらっしゃい、って言われた」
悪戯っぽく笑いながら首を振る。
 それは準備がまだ出来ないかサプライズを用意するから少し時間を呉れ、 ということなのだと推測がつく。Xmas presentはもう用意したといっていたから、 いまさら町へ買いに出る必要もないのだろう。それに、この雪だ。
 今日はXmas Eveなのだった。業務も半日で終わり−−明日は休みを取る者が多い、という日の、 この大雪なのだ。クリスマスに雪はありがたいが、ありがたすぎても困る人間も此処にいた。


 部屋に入ってきてシュンシュンと部屋の中央で音を立てている室内循環型の暖炉を見やり、 自分も棚から勝手にカップを取って横に来た。
「……僕にも呉れる? ヨーコは急いで帰らなくていいのか」
「あぁ――もう少し収まったら行くさ。ナターシャ叔母さんもその方が心配がないって」
くすりと笑いながら葉子は言う。胸の裡にほっこりと温かい想いが沸いてくるのはそんな時だ。
 北国での孤独な日々――地下に潜り、生死を賭けた戦いを生き抜き、 民間に混じって共に日々を暮らした。偶然に助けられて身寄りの無い者同士―― ナターシャ叔母さんと、ヴァーシャ・オクサーニャ兄妹と自分。
 故郷へ――あの人たちの許へ戻りたい、と惹かれる想いがないではない。あの日 ・・・以来、むしろその想いは強くなっていた。もう自分は大丈夫だという気持ちもある。 しかし。
 彼女はまだ、この雪の沈黙の街で。ゆるゆると再生していくこの惑星を見守りたい、 この惑星と共に息をしていたい、という気持ちもどこかにあった。
皆、失ってしまったのだ―― 一方で、自分を待つ者たちの存在も…。彼女は微かに首を振って、 そこに一瞬、ニコライの存在を忘れていたことに気づいた。


 「あ、あぁすまん。来年に赤ん坊が生まれるんだろ? 聞いたよ、おめでとう」
カチリとグラスを上げる動作を。
「ありがとう」といいつつ、彼は 「無理しなくていいよ。ヨーコの邪魔をするつもりはないからね」 ――言わなくても察してくれた。彼女の迷い、引き裂かれた心。
 「いつまでも、好きなだけ此処に居ればいい。皆、ヨーコが好きだよ」
こくりと頷く彼女である。


glass clip


 重核子爆弾が解体され、ヤマトが遠い宇宙の彼方で本星とそのシステムを破壊し、 葉子にとっても大切なひとの、大切な宝と命が失われた頃――ここ北方支部では、 潜伏していた勢力をようやく集め、元兵士やパルチザンたちを中心に掃討戦と復興作業が始まっていた。 葉子はその戦いに市民の一人として加わり――昔馴染みの士官と再会したのだ。 それがこのニコライと葉子の(現在の)上官に当たるアルジャンニコフ大尉である。
 そのままこの地球防衛軍北方支部に復隊し、現在は軍の一員として任務に就いている。 本来所属しているはずの防衛軍本部・機動隊および第13独立艦隊ヤマトは現在、 急速に再編成の最中で、帰隊命令は出ていたが、「時期は相談の上」と、 それぞれの事情を慮ってくれていた。この北方支部でも手が足りず、 葉子が貴重なその一人であるという事情もある。


 そうして自分に生きる力を呉れたこの北の国に、葉子はまだしばらくの間、その身と 精神こころを癒されていたかったようにも思う。


silver clip


 規模が大きいだけに、この地域の復興は容易ではなかった。多くの人が犠牲になった所為もあるが、 瓦礫の中で早くも人々は勝手に立ち上がり、店を開け……そのたくましさに葉子は救われてもいた。
 ペテルブルク地下城塞都市が最初に手をつけられた一画で、この地域の人々は、 そういった仕儀に慣れていたともいえる。歴史的経緯、とでもいおうか。民間は後回しにされたが、 提供されたエリアの与えられた住居に、人々は文句も言わず収まった。
 自身の家や近所、ダーチャや畑などが残っていた場所は、人々が勝手に戻って住み着き、 ただしそれはべつだん咎められもせず許容された。ただし多くの人々が失われたため、 食料やライフラインの整備が追いつかず、必定、 人々はごく近い地域に固まって暮らすことになったようだった。
 このペテルブルクは新しい首府として比較的大規模整備された。
 軍事や宇宙機構の中心にあるのが此処であるため、政治・経済の中心であるモスコウ(元のモスクワ) 地域とは区分けができている。東に開いたモスコウと西や日本とつながりの深いペテルとは、 そもそも機能すら異なるのだ。葉子はそのペテルブルク城塞都市の中のアパートに4人、 身を寄せ合って暮らしていた。あの時、居酒屋に居合わせ、共に暗闇の中を行軍したキリルウラジーミルたちも近所には暮らしている。いまでも時折、あの居酒屋 『クラスカヤ』には時々集まって呑んだりもするのだった。


 ニコライはやはり兄弟をガミラス戦で亡くし、それで志願した兵士だった。 元が職人兼猟師だったためか、戦中は機動隊として意志強くよく戦い、ただし戦後の方が重宝された。 無骨だが現場に行って一番役に立つ男で、葉子も信頼している。 デザリウム戦の前に婚約していた幼馴染のマリーナと先ごろ結婚した新婚さんである。
 年の頃は30前後だろうか? スラブ人の年齢はよくわからなかったが、 マリーナは自分よりも若いだろうと葉子は思っている。時折、支部に現れては、 差し入れを持ってきたりニコライを迎えに来たりするので面識があった。明るいロシア娘だ。


 「グリゴリーはご機嫌斜めだぜ?」
「どうして?」部下や仲間たちは親しみを込めて自分たちの上官を名前で呼ぶ (もちろん本人が居ないときだけだ)。
「楽しみにしていた祭がぱぁになったからだろ?」「……そっか」
 イイ男でないわけではないのに何故か独身の上官グリゴリー・アルジャンニコフ大尉殿は、 明日行なわれるはずだったネフスキー大通りでのXmas パーティを楽しみにしていたらしい。 夕方からのパレードは行なわれるようだが(そのための除雪活動は軍も協力するのだ)、 昼間のダンスと野外劇場は無理だろうと発表された。雪はまだまだ振り続きそうで、 この分では明け方までに数十センチ、ヘタをすれば人の背丈を越えるだろう。
 「まだまだ地球の気候は不安定だな……」
そう言いながら一口流し込む佐々に
「あぁ。大戦前よりずっと寒くなった――ロシアは200年前の気候に戻りつつある」
ニコライが感慨深げにそう言った。「ウラル地域の破棄は知ってる?」
こくりと佐々も頷いた。――基地ごと破棄。放射能残量と村の機構の再生不可能につき。 移住が先般から始まったばかりだった。


 「寒いな…」
「うん。……でも、われわれは生きてる」
「そうだね」
2人は窓からまた眼下に見える大通りの雪に埋もれた町並みを見下ろした。


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