宇宙図書館のXmas(Bookfair No.5)/新月の館 >after the Dezarium's War
:三日月小箱百題2005-No.50より




- 雪の街に、炎吹く -


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bell clip


= 2 =



 Xmas Eveか……。
 ニコライが「じゃぁな。ヨーコも早く帰れよ」
「あぁ」と手を振り、もう少し此処にいたいような気がして彼女は机の上の写真挟みを開く。 3Dの画像が飛び出して、在りし日の仲間たちの姿が写った。
――加藤三郎、山本明。……そして生きている人たちの写真もある。
(そうだな――皆、生きてるんだもんな)


 東京メガロポリスではいまごろ皆、どうしているだろう? 古代はユキとXmasなんか過ごせただろうか?  南部や横田は中東だっけ? 太田、相原は家族とゆっくり過ごしているのか。 真田さんは相変わらず忙しそうだものな――どうしているだろう?  娘同然ときいた少女を喪ったのだと加藤四郎から聞いて、あとから調べた。心を痛めている佐々である。
 その、加藤四郎――ふいと面影が胸に沸き、ぽぉと頬が染まる。
 (な、なんでもない……なんで、あたしがあいつの顔なんか)


 顔、だけではなかった。ふいっと体臭のようなものが脳裏を過ぎり、あろうことか、 包まれた時の感触まで思い出してしまって、カッとなったのである。
(え゛!? な、なんで!)
 ふぅ、と大きく息をついてゆっくりと深呼吸する。――色即是空。 なぁんであたしがあんなヤツのことなんか。ふん。


glass clip


 街へ下りた。
 その気になればナターシャ叔母さんのアパートまでは歩ける距離だ。 カートで10分、路線バスで(来れば)15分。歩けば30分の距離だが、こんな日は果たして、 1時間で着くのだろうかどうだろうか?
 だが雪中行軍は得意だったし、街の様子も見て――頭も冷やしたいし。
 葉子は庁舎を辞すると、大通りへ踏み出した。


 雪はひどく降ってきたが風はなく、街はそれでも賑やかな気分を満載していた。 通りの両側の商店は開いており、街行く人々も元気いっぱいである。 ただし、カートは多くない。この時期のこの地域は日暮れが早く、 午後3時ごろになればもう真っ暗になる。そういえばランチがまだだったなと思い、 昔ながらに出店キオスクが出ているこの季節、シャベルマやピロシキ、 珈琲などを買い食いして楽しもうと思いつつ葉子は、その街並みを楽しんでいた。


 行きつけのショップに寄らなければならない。3人へのプレゼントを頼んであるのだ。 それに、何かほかにも良いものが見つかるかもしれないから。葉子は案外、 そういうモノ探しや装飾品などが嫌いではなかった(意外に思われるだろうが)。


silver clip


 『もみの木』というその店はの中に入ると、入り口で大量の雪をケープから払い落とし、 入り口に上着をかける。この地域の店の玄関口はほとんどがこのようになっていて、 二重扉の中にエントランスがあり、木のイスと壁にコートや帽子をかける場所がある。 お茶が飲める場合もあって、その奥がたいてい、店になっている。店の中は軽装で見て歩け、 たいへんに温かいのだ。
 オレンジ色の光の中に木作りの玩具や民芸品、そうしてクリスマス・オーナメントなどが並んでいる。 伝統のマトリョーシカもあって、何故か葉子はそれの小さいのを一個買った。 頼んでおいた品は用意されており、彼女はそれをバッグに入れて抱える。
 ヴァーシャには飾りナイフと特別に取り寄せた楽譜、オクサーニャには白い帽子と手帳、 ナターシャ叔母さんには緑の美しいプトールカと木彫りの人形。あとはいくつかのXmas Tree に着けるオーナメント。


 そうして部屋の隅に――小さなモニュメントがいくつか飾られてあった。
此処に品物を卸している工房の作品なのだろう。
 (!――BTとCTかっ!)
 小さな戦闘機。ロシアの昔の馴染みのミグだのSu-47だのに混じって、あった。


 それを手に取ると、材質は木だろうがメタリックな仕上がりが美しく、さらにはその重みと、 そこはかとない温かさがその搭乗員たちを思い出させて、時間が止まった。
手が震える――持ったまま。
 「お客様……ヨーコさん、どうかした?」
お店のニーナ姉さんがそう言って
「あぁ、これね。人気あるのよ、ヤマトの搭載機だった最初の二つね。ヨーコは日本人でしょ、 知ってる?」
と言って、彼女は頷くしかなかった。そうしてそれを一つずつ手に取ると、 押し包むようにしてニーナに渡す。
「きれいに包装する? どなたかに、プレゼント?」
ううん、と彼女は言って、ふと目に留まったその隣のものを手に取った。
 小さな琥珀が背ついたカードケースだった。
「――こちらを」そう言った。
「リボン?」「えぇ」


 咄嗟に何故そんなものを買ってしまったのか、誰にあげようというのか。 ただ誰にも上げるつもりはなかったのかもしれない――その時は。


 思わぬものを見つけてしまって、あとは自分用に一枚、プトールカの小さいのを追加で購入し、 マグカップの柄が外れそうになっていることを思い出しそれも買った。


 荷物をコンパクトにまとめてから身支度をしていると、胸の通信機が光り、微かな音を立てる。
 「――はい、ヨーコです。どうされました?」
着信相手は通信官だった。
『――君に、連絡が入っている』
「? 何かありましたか?」
『あったといえばあった。そうでないといえば、違う』
「? 意味がわかりませんが」
 『こんな日にな――君に転送する。支部へ戻って面会するなら一報してくれ』
「了解しました」
面会? アポイントメントなぞ、ないぞ? 仕事関係者からのクリスマスのお誘いかと、 思わないでもなかったが……なんだろう。どこかで待ち合わせても良いということか、 それとも庁舎に戻って余分な仕事を増やしてくれるなということか? 苦笑しながら考える。
 誰だ? 軍関係者なら、なるべくこんな日にプライヴェート・エリアへは入れたくない。 僚友たちは気の良いやつらが多かったから、友人づきあいを(ニコライたちのように) している者も少なくはなかったが…。


 「はい、佐々葉子です」
『――佐々さん?』
ジジ、と耳障りなノイズがして、チャンネルが合うのにコンマ数秒――ホットラインでないからか、 少しタイムラグがあったが、すぐに突然、鮮明な声が飛び込んだ。
『佐々さんですね。……いま、どこですか』
 なんと! その画面に映ったのは……。
 『着信地点――あぁやっぱりまだ大通りにいたんだ! 店の名前を教えてください。 今、すぐにそこまで行きますっ!』
 もしや、と思って予測していたような、まるで意外なような、という声がし、顔が映って、 葉子が動けないでいるうちに、もう一度、その生意気な口が言った。
『店の名前!』
「――も、“もみの木”」
『わかりました、今、行きます』


 プチというような感じで通信が切れて……。
(今、行きます? 行きますって???)
葉子が店の入り口で大混乱していると、ニーナが領収書とコートを持って後ろに立っていた。
「さぁさ、恋人を待たせちゃいけないわ、ヨーコ。今日はもうそろそろ店じまいだから。 そら、これを着て」
肩から上着とケープを着せかけ、ふかふかの帽子をかぶせてくれる。荷物を肩にかけ脇にかかえると、 くるりと背中から押し出されるように、送り出そうとした。
 カチャリと戸口が開く音がして、りんりんりん、とベルが鳴る。
 その背の高い姿を見て、やはり――というか思考が停止してしまった佐々である。


 「葉子さんっ!! 来ました、俺」
き……来ました、じゃないだろう…と言わないうちに。
手を引っ張るようにして腕の中に抱えられてしまい、荷物ごと抱きとめられた葉子である。
「葉子さんだ。逢えてよかった――きっとまだ支部の近くにいると思ったんです。 行き違いにならなくて」
ニコニコと屈託なく言う声は、なんの疑いもなく澄んでいて……だがいったい此処がどこだと、 思っているんだっ! ロシア地区だぞ! 北支部だぞっ!! 東京メガロポリスからは、 隣町ってわけじゃないんだぞっ!!! 
 頭の中では沢山の抗議と文句が飛び交ったが、現実はただもうびっくりしていて、 頭の方はさほど早く回転してくれなかった。


 四郎の方は一向、頓着する様子もなかった。
 「あぁ、厚着の上じゃよくわかんない。早くあったかい処へ行きませんか。 間に合ってよかったなぁ」
一人ではしゃいでいる。 「そう、間に合ってよかったね。…どうもありがとうございました」
ニーナ姉さんに送り出され、何故か並んで店の外の雪の中に佇む2人。 ……加藤四郎と、佐々葉子である。


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