宇宙図書館のXmas(Bookfair No.5)/新月の館 >after the Dezarium's War
:三日月小箱百題2005-No.50より




- 雪の街に、炎吹く -


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bell clip


 「か、加藤――なんで今、ここにいる?」
え? と彼は屈託なく笑っていた。「休暇取ったんですよ、三日」
「だから、なんでだ?」
「――そんなの」ぽん、と肩に手を置かれて。「……貴女に逢いに来たに決まってるじゃないですか。 街中、恋人同士で溢れてるXmasの街になんか、一人で居たくないですからね」
 お前だってGFの一人や2人や3人や4人は居るだろう、という言葉を出す間もあらばこそ、 ゆっくりと唇をふさがれてしまって、雪の中、葉子は寒さを感じる暇もないほどに、 温かい腕と体に包まれていた。


 「――ぶっ、ん…。お、前、そんな約・束――して、な…」
「んっ。よーこさんてかわいい」「生意気言うんじゃないっ」
「ん〜〜。黙って」「こ、こら…んっ」
口がきけるわけはなかったが、だんだん頭まで痺れてきたので、手でじたばたと合図して、 ともかくここにずっといたら氷になってしまうからと抗議した佐々葉子であった。


glass clip


 「これから一緒に住んでる人たちとXmasの準備をする予定だったのに……」
「すみません――もう、確認している余裕、なくって。俺も行っちゃダメですか」
それは困る、と彼女は思った。ステディな間柄というわけではなかったし、 こちらの人たちはとても陽気で親切――言葉を変えていえばおせっかいなのである。 喜びは一緒に喜び、親しくなれば家族同然に扱うからだ。そんな風に思われるわけにはいかなかったし、 せっかくの“家族の団欒”に、いくら――大切(になりかけているかもしれない)な男だとはいえ、 彼を連れていくのも考えものだった。
 「いいわ――夜になったら行く。泊まりは?」
「スモーリヌイ・ホテル――だめだよ。離れてたくない。家に戻るの、明日じゃだめなの?  休みなんでしょ?」
 う〜む。この、ガキ!! と怒鳴りたいのを抑えて……我侭で強引、というのは、 こいつの辞書にあったっけ? と過去のデータを漁ってみるが記憶にない。どうなってんだ!?
……ともかく、である。
「明日はこの雪で出動、、、除雪しろって」
「軍が?」
「ここじゃそれも軍のシゴト」
「なら俺も手伝う。……一緒に居たいんだ」
 佐々は頭を抱えた――こいつのことだ。なんとか丸め込んで明日も手伝いに来るに違いない。 実際、地球防衛軍本部の正式な中尉殿なのだ、この男は。ただでさえ手が足りないというのに、 断るわけがないだろう、あのちゃっかり者のグリゴリーが。
 「パーティは、今夜?」
「ううん、明日よ。だから今日――わかったわ。家へ戻るのは夜にする。 それまでつきあう――その代わり、きちんと送ってね」「もちろん!」
 それが一番、混乱を招かない方法だということに葉子は考え至った。


liese clip


 「えぇ――そう。いろいろ用意はしたわ。うん、特に問題はない、事件も無い。 お夕食には間に合わないけど、帰る。……うん、ありがとう。少しでいいわよ。パーティは明日、 午後から盛大にやりましょう? ごめんね、急なお客様なのよ、えぇ…」
 葉子がナターシャ叔母さんに連絡を入れている間、四郎はホテルの部屋でくつろいだ姿に着替えると、 湯を入れに行った。暖房の効いた部屋は外気と深い雪から遮断され、 そこだけとても幸福な部屋に思われる。
 通信を切った葉子の目の前に四郎が立って、
「葉子さん、温まってきたら?」と言いすでに準備の出来た部屋を差した。
 (なにっ!?)
 別に拒否するつもりもなかったが予測したわけでもなかったので、 彼女はそのあまりの自然な様子に目を向いた。上着を脱いだだけ。下はまだ制服で、 これでくつろげというのは無理である。
「――でも、冷えてるでしょ? 温まってくればいい」
 そう言うとつかつかと近づいて、彼は葉子を立たせると、腕にくるみこんだ。


 「あぁ、やっと生身の葉子さんだ――」
「ちょ、ちょっと……四郎っ!!」


 確かに一度、関係を結んだ仲であるし、わざわざXmasの休暇を使ってここまで訪ねてきた気持ちに 偽りはないだろう。何を約束したわけではないが――しなかったわけではない。
「私は生きる。負けない――明日を信じて、そして、“あのふね”に帰る」
それが、2人の間で交わした約束だった。
 貴方の求愛を受け容れると言ったわけではない――だが、受け容れないとも言っていない。 思い続けて、探し続け、追いかけてきてくれた。そうして地球を守り、戦って、生き抜き、 私の大切な人の守り通したものを引き継いでくれた――それへの感謝もあったのだ。
 愛しい男、であることは確かだった。
 こんな日に、その温もりは、涙が出るほど嬉しかった――ことに気づいたのは、 その熱い抱擁と接吻くちづけに、体が溶けるような気がしはじめてからだった。


 んっ――あ。し、しろう、ちょっと……待って。
 待てない――たくさん、待ったし。


 そう言ってやんわりたくさんのキスを贈ったその男は、そのままベッドに引きずっていくつもりか、 と思われたが、そこでにこっと笑って体を離した。短くチュッと音を立てるようなキスをして。
 「その前に、ランチしようよ――お腹、空かない? 俺さ。葉子さんと此処でデート、 というのしてみたかったんだ」そう言うと、
「シャワー浴びてあったまったら――これ、Xmas Presentだから」
と、白い箱を見せた。
 ??? ではあるが、こういう強引さに乗っているだけなのも、 たまには気持ちの良いことであることは確かだ。考える間もなく手渡され、 開いてみてというのをリボンを解くと――緑のモヘアのツーピースと薄いブラウンの柔らかい素材のパンツ、 要するに少し洒落た新しい洋服だった。
 「――ん〜サイズは合うと思うんだ。……悪いけど資料見せてもらっちゃった、ユキさんに」
「ゆ、ユキにか?」
「ん。……それと、アドバイスもしてもらっちゃったけど」とはにかむ様子に、 確かに好きな色だけど、と思う葉子である。 これに赤の花でも付ければXmas Colorだなと思ったところへ、
「それに、これもね」
小さな、少し重みのある箱の中に透明感のある赤い石のついた黒のチョーカーが入っていた。
「これは自分で選んだ――着ける機会はあんまりないだろうけど、似合うと思って」
 この男は、こういうセンスをどこで身に着けたのだろうかと思う。
 兄の三郎は、こういったところはてんでダメで――とはいえ付き合いはヤマトの中の1年半ほどと、 月基地の1年間だから、実際“デート”らしきことをしたこともなければ(ないわけでは、ないか?)、 何か贈られた覚えもないから、きちんと比較できるわけではない。だが、 三郎にはこういった方面に気持ちを向ける、という才能は欠如していたことは確かだった。
 優しくて、気働きが利いて――だが無骨だった兄・三郎と、末っ子の要領のよさを身につけて、 だが強引で熱血で、一途な、四郎。
 戸惑いながらも、あぁあれを買っておいてよかったと葉子は思いながらシャワールームに入っていった。 それを手に取った時、この男の顔が浮かんだのだ。CTの模型と共に。 洋服なぞ、受け取るいわれはなかった。だが断れば破棄されるだけでなく、 彼の心をとても傷つけるだろう――だけど言っておかなくちゃ。今後、こういうことは無しだからね。 贈り物で女を釣るような真似を覚えるのは、100年早いんだっ!!


 だが浴槽で温まり体もほぐれて疲れが取れると、確かにお腹も空いていたし、 その服を身に付けると四郎の(ユキの、だろうか?)センスもたいしたものだと認めざるを得なかった。 ――だが葉子は、それがただ葉子に向けてだけ発揮される類のものだとは、知る由もないのであるが。


 「うわぁ、葉子さん! すごい。キレイだよ」
手放しの褒め言葉に晒されて顔が赤くなってしまった葉子である。
「俺もすぐ着替えてくるから。外は雪がひどいだろ―― ここからつながってるアーケードの中のレストランで食べられるみたいだから。 そこに、行こう? ね?」
 わくわく、というようなのを顔に出して、うん、とちょっと頬染めて頷いた様子は、 四郎でなくとも二度惚れしてもよさそうな風情なのである。


 数十分後。Xmas Eveの午後にアーケード・モールは込み合っていた。その中にひときわ人目を引く2人 ――東洋人だということもあったかもしれないが。
(なんだか調子が、狂うなぁ……)
いつの間にこうなったやら。――だが思わぬXmas Presentになったことには紛れもない。


silver clip


 葉子さん……愛してるよ。
 四郎――わからないのよ、私にはまだ。
 まだそんなこと言ってる――いいよ、いつまででも、待つから。
 ……この大莫迦者っ!! 待ってなんかいやしないくせにっ!
 こんな……こと、してる、こと?
 すけべっ!!
 くすくすっ――よーこさんて、かわいいね。
 うるさいっ、くそ生意気なガキっ!!
 どっちがガキなんだか……。


 食事のあと、部屋に戻ってからCTの模型と琥珀の入ったカードホルダーを手渡した時の四郎の喜びようは、特筆すべきかもしれなかった。
 ぎゅ、と抱きしめるは、抱えて部屋中歩くは……大事にするね、と言って。
 「だから早く、帰って来いよ――」
とん、と彼女を下ろすと、そこだけふと真面目な口調になって、そう言った。
「――“昇華”」彼女は小さく言葉を落とす。「もう、できるかもしれない」
 この雪が。
 雪の重みと冷たさが浄化し、昇華していく。人の心も、歴史の傷跡も。そうしてこの人の熱い血は、 私にも流れているのだ――また戦いに行く。平和を、命を紡ぐために。
 この雪の街に。CTコスモタイガーの炎を吹かす日も近いのだろう。
 少しずつ、重く沈んでいたものが解けていくようだった。熱い血――そして ファイヤ。 私は、あの機体に乗ろう――再び、宇宙そらを駆けよう……そう思えた一瞬。 彼女は宇宙と一つになる。温かい血の通った腕の中で。


 お腹も満ち足りたあと、少しアルコールで上気したまま。心も体も温まって。
 ゆっくりと、12月24日の午後は暮れていった。……


【Fin】


綾乃・拝
――22 Dec, 2010


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