blanc -10 for lovers

(b2-01) (b2-02) (b2-03) (b2-04) (b2-05) (b2-06) (b2-07) (b2-08) (b2-09) (b2-10)
    
   

03   【 俺はあなたの何? 】


 ――俺はあなたの何?
 そう訊いたらきっと
「上官で、同僚だろ?」
ときょとんとした顔をして、手を腰になど当てながら、何の迷いもなくそう言うに
違いない、あのひと
今どうだ、って聞きたいわけじゃないさ。
俺たちは任務の途上だ――星間戦争をやり過ごし、地球の、銀河における
立場を守りながら第二の地球を探す、という途方も無い役割を押し付けられて。
ヤマトは、古代艦長は銀河中央へ向けて星の海を行く。その最中。
あぁ、そうだよ。それ以外の何物でもないよ!
――だけど。デザリウムの傷跡から抜け出したいともがきながら。悩んで、苦し
んで。そうしてこの腕に抱きしめて。初めて「愛してる」という言葉を呉れた、
女性ひと。ただひたすら、その飛ぶ姿を見つめてきて――探して。
星の海に今、再び。
初めて共に存って……如何に遠いひとかとも感じることがある。

彼女とヤマトは――ひとつだ。
彼女はこのふねで、イスカンダルまでの長征を成し遂げ、それは古代艦長さん
島・真田両副長たちと共に――苦しく、ただひたすら駆けた、そのつながりの深さ
を、俺は覆うべくもない。俺自身、今は。
命をあがないつつ、その後継を務めながら――兄や。山本先輩さんや。
名の残るあらゆる戦闘機隊の先任たちの想いを引き継ぎながら――それを
また、己の命のあるうちに後継へ伝えるべく。

今は何も考えられないというのか。
それでも、俺は貴女を愛しているけれども。
多くの部下たちと同じように――その命と仕事を見守りながらも。
唯一人の人として。俺だけの女性ひととして。

 だからなぁ、と四郎はため息一つ。
からかわれるのはまだ良い。…憧れても仕方ないだろう。だがこうライバルが
多いとな。“俺のもの”宣言したい気持ちも、わかってくれよ〜。


「よっ、隊長」
振り向かなくってもわかる、溝田のやつだ。
「なぁに暗くなってんだい」
「…お前、さっきの食堂でのやり取り知ってるだろ?」
「あぁ…山口と川本のことか? それとも」
わかってんなら言うな。
 山口だって、訓練生の時から真剣なのは知ってるさ。川本が憧れてるのも
わかっている。ほかにも――もしかしたら。
絶対口には出さないけれど、こいつだって。
「俺の女だから手を出すな」
え? と、振り返る四郎。
「…って言ってやりゃぁいいじゃないか」と溝田が言う。
 「もう、言った」
は? と溝田は聞きとがめて。
「川本には、もう、言ったんだよ――でもなぁ、全然メゲやがらねぇんだ」
「佐々教官さん好きになるようなやつぁ、肝据わってっからな」
と含み笑いをして。
「だがな。――川本は違うぞ」
あん? と四郎は。
「川本よりも、ほかに気をつけた方がいいぜ。あいつはそのうち、自分の気
持ちに気づく。周りを見てりゃな」と忠告よろしく、溝田は言って。
ふん、一番信用できねぇのは、お前だ、とにくまれ口を叩くのに。
そうかもな、と溝田は哄笑した。「俺は、人の女に興味はねぇな」と。
 しかし、やっかいな女性ひとだね、あの人は。
 溝田が言う意味は。
自分が魅力的だってことの自覚が薄いんだよ、あの人。
女の意識は強いんだけどね、そりゃ男ばっかの中にいりゃ誰でもそうなるけ
どよ。あの人に手出すと、艦橋のお歴々も怖いからな――お前ぇは認め
られてんだから、安心してろよ、と言い募って。
人に心配してもらうこっちゃねぇよ、と毒づいて。ありがたい親友殿だ。


「二人珍しいね、揃って」
突然、噂の主が現れたので二人とも5cmくらい飛び上がったかもしれない。
「はい、サービスよ」
と何を思ったか、自販機の旨くねぇコーヒーなんか持ってきてくれて。
「…ちょっと、ほっと一息だわね」
 とその噂の女――佐々葉子次官は言った。
音も無く忍び寄るのは彼女の特技だ。そんなつもりはないにしても、俺たちに
比べれば体が軽いし、白兵戦も得意なので、そうなる。猫みたいだな、ほんと。
「もういいのか?(身体は)」と訊ねると
「うん。昨日からまたシムも始めたし。明日くらいには乗れるわよ」
「無理しないでくださいよ」と熱いコーヒーをありがたく飲みながら溝田も言う。
 数日前。可能性のある惑星を見つけて哨戒に出たところ、ボラー連邦からの
独立闘争に巻き込まれそうになり、捕虜になり、戦闘になり怪我して病棟行き
になったばかり。生活班員として勤務している新兵・土門竜介が、本来の砲術科
首席卒業という才を発揮して彼女を助けた――まぁ、その対応ぶりを見て古代
艦長はじめとする艦橋の連中とこのひとのつながりの深さを目の当たりにした
んだけれど。
 だから。
 もう、心配するのはゴメンだ。
自分の手で守ってやりたくても、この人は先任で。俺は命令がなければ動け
ない立場。いかに隊長といえども――だから。
愛しているから。
ヤマトを降りれば、俺の腕の中に居てくれる人だから。
でも、放っておくとどこかに羽が生えて飛んでいってしまって…また探して抱きと
める。それの繰り返し……なのかな、俺、一生。

「オレ、行くからさ――」
とコーヒーをくい、と飲み干した溝田が突然言った。
「なんで?」と二人が振り返る。
「そんな顔して見詰め合ってんなよ」と可笑しそうに溝田が言う。
「お邪魔がミエミエ」
え、そんなつもりは…。と珍しく佐々が赤くなって。
四郎はおい、と咎めた。
「自分たちで気づいてないってのも十分罪だぜ――まぁせっかくだからよ。
オレはさっさと消えてやるから」
といって本当にさっさと居なくなってしまった。止める間もあらばこそ。
 残されて、顔を見合わせてしまった四郎と葉子。
 こういうシチュエーションは、避けてはいないまでもあまり作ろうとしなかった
から。あらためて四郎が葉子の顔をじっと見返すと、照れて顔を背けた。
おや。
珍しくテレてる――葉子さんが? 溝田に言われたからか。
カワイくなって、堪らなくなった。――誰もいないよ、な。
 二の腕を掴んで引き寄せると、素早くキスしてしまった。抱きしめるのは遠慮
しよう、誰が来るかわからないから。
え、と力を入れるのも忘れて。
受け止めてしまった佐々である。
頬がぽおっと染まる。らしくもない――。
かわいいな……そう想った途端。やっぱり抱きしめてしまった。
もう一度ゆっくりキスして。まぁいいや。

「な、何すんだよ」
って今さら言っても遅い。見上げてくる目線が外せなくなって、お互い。
むりやり葉子さんはそのまま背を向けた。
「や、ヤマトの中で、こういうことしたらいけないと思う……」小さな声。
でも、病室でならいいわけね、と可笑しくなった。
 「――僕は、あなたの何?」そっと背中から問いかけてみた。
「…上官で、同僚」
小さな声で、予想した通りの答えが返る。
でも、動かないまま。「四郎…」と続きがあって。
「恋人――なんじゃないの? 艦を降りれば」
背を向けたまま、消え入りそうな声で言った。
 こんな彼女は珍しい。…それが、嬉しくないわけはない、だろ。男なら。
「そうだな。だから……降りるべき大地を」
「私たちが生きていくための惑星ほしを、見つけないとね」
「この広い宇宙うみの中のどこかに、ある」
「そう、信じたい」
ヤマトだから。
奇跡を興し、彼女たちを俺たちを生かしてきたふねだから。
もう一度、くるりと振り向かせて額にそっとキスすると、二人して星の海を眺めた。
こんな風に立ち止まっているのは似合わないから。
格納庫と第二艦橋――それぞれの行く先へすぐにわかれて向かいながらも。
 そうだな。
 第二の地球を。

 ヤマトは今、銀河系中央に向け、その力の限りを尽くし、航行している――。

Fin


『宇宙戦艦ヤマト3』より
加藤四郎&溝田幸、佐々葉子(CT隊)
count-008 04 Jun,2006
 
←お題dix扉へ  ↑2へ  ↓4へ  ↓noirへ  →三日月小箱へ
inserted by FC2 system