blanc -10 for lovers

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06   【 緩くまわされた手 】

 ソファにかけた手がぴくりと動いて、かがんでいた男の背にするりとその指先が
這った。
汗ばんだ制服の内側は、先ほどまでまっとうなことに汗を流していた証拠。
シャワーを浴びてすっきりすればそのまま、任務に戻るも――少し時間があった
ところに、こいつがやってきたからいけない。
簡易宇宙服も兼ねることのできる制服は、そのまま嬲るにはちょっと硬すぎる。
それに、傷でもつけてしまったらいざとなった時役には立たない、つまり危険だと
いうくらいの常識は戦闘士官なら持っていよう。
まだるこしい腹の探りあいなどしないで、そのまま前ならはだけてしまった方が、
いくらかマシというものだろう。
 緩くまわされた手。
ゆっくりと指先が空を動いて、男の横顔をその爪先が撫でた。
その手首を空中でつかまえて、絡め取ると、男はゆっくりとその指を口元に持って
いった。――もとより爪を伸ばしている女なぞいない。きれいに整えられた、
さすがにマニュキアなどは塗っていない、その代わりに一つの指が赤黒く染まって
いるのは内出血がそのまま固まったせいだと推測できた。
…それもまたこういった男には興を削ぐようなものではない。
 ゆっくりと指の内側を舌でねぶって、空いている手は肩から首筋を撫でた。

 ソファに押し倒されている格好になっている女の姿は、たとえ今部屋に誰か突然
入ってきたとしても見えないだろう。男は入り口を背にし、また用心深く扉には
ロックをかけている。首からかけていたタオルをすいと外し、女の制服をはだけさ
せるとその下着の間から零れた肌のふくらみを掌で包んだ。
 女の指が首にかかる。
 髪を撫でるのが柔らかい風のようでくすぐったくもありまどろっこしくもある。
そうやって、時間を弄ぶように、互いの様子を探りあいながら、唇同士を近づけて
みるものの、触れ合った唇は熱していない。柔らかくついばむようなキスを繰り返
し、だが目を開けたまま互いに見合ってしまった。
「まじめに……やんなさいよ」
「それ、そっくりお前に返してやる」
「性格悪いわね」
「なんとでも」ニヤリと笑い毒舌を吐くのが気持ちを少し昂ぶらせた。

 時間はあまり、ない。よもや今日はこのあと此処に予定はなかった、ことくらい
は確認してあった。が、訓練好きな上官たちがいつ現れないとも限らないのは保証
の限りではない。
少しは真面目に睦み合おうと思ったか、男はそのまま唇を強く吸うと、そのまま舌
で口腔内を嬲り始める。そのまま頬を滑らせてやっと首筋と髪の間の、敏感なうな
じへ舌を這わせた。

 ……は――あ…。

 もとより一仕事くんれんを終えたばかり。興奮した身体だ。女の体温も手の動きに
微妙に反応をしはじめ、足を絡めてきた。
とはいえ艦内スーツの下まで脱いでしまうつもりはないらしく、それは膝で止まっ
たまま、むしろ動きを拘束する働きをしている。片足を脱がせて服は絡まったまま、
手を腰から下へ滑らせ、すぐに秘所へ這わせた。
――最初から目的箇所を攻めようというのだ。
女の方も、駆け引きを楽しむつもりはなかったらしく、男の肩を片手で抱くと、喘
ぎ声を漏らしながら指で制服の内側に手を滑らし、顔を突っ込んで脇を舐める。
男の体に鳥肌が立って、男自身が嵩を増した。
 そのまま下半身に当てると、その感触にゾクりとした。
 とても久しぶりに――もう忘れるほど前。さすがにこの中では、自粛していた
から。誰でも良いというわけにもいかなかったし…。

 胸に舌を這わせ、足を開かせたところでソファがかったるくなって二人絡まる
ように床へ落ちた。ひんやりと冷たいリノリウムに似た床は、それでも金属の冷た
さと固さを有している。
汗が落ち、またその熱の反射が興奮を呼び――いつしか相手を貪ろうという気に
なっていった。

 その様子はモニタで見ることができる――。
…こんなことは常識だと思っていたけれど。
ヤマト艦内には至る所に危険防止と連絡のためのモニタが備えられており、その気
になればプライヴァシーなど無いに等しい。
代々の艦長がそれを嫌ったため、重要ポイントと各リーダーの居室(在室の有無を
問うのみ)以外はチェックされることは(めったに)ないが、場所がシミュレー
ションルームだけに、人の居ない時間帯。熱源反応があったため調べてみた、とい
う責任感の強い担当者に非はない。
 どこかで出てって止めるか。
最後までヤらせてやってもべつにいいですけどね。
戦闘班の部下たち――。古代には見せられないな、ありゃ。
 別に南部も見たいわけではない。だが……少し時と場合を考えろよ、と思う。
罰則を加えるか――このまま不問に処すか。直接行って戒告するか。
島も……潔癖そうだしな、こういうの。本来、副長の管轄なのだが。
 床に落ちてくれたから詳細は見なくて済んだ。荒い息遣いが聞こえてくるような
気がして、睦み合っている男女の影が見えるのみ。でもあそこに踏み込むのは俺は
ご遠慮したい。
相手は誰だ――と。戦闘機隊の、あぁそうか。
南部はふと思いついて、手元のスイッチを入れた。
「加藤――」部屋に居たらしくすぐにランプが点滅して応答があった。
『はい、お呼びですか』
「今、ヒマか」『えぇまぁ。休憩してただけですから』
「ちょっと――艦尾…戦闘指揮室まで来てくれ」
『はい、わかりました』
「あぁ途中、お使い頼んでもいいかな」『?』
「シムルームの横、通るだろう」『はい…』
「中の連中に少し…言ってやってくれや」『はぁ?』
「行けばわかる」『りょ、了解』
 俺も大概面倒くさがりだな、と南部は思って、モニタを暗くすると足を机に投げ
出した。――まだ10分…加藤が踏み込めば20分くらいはかかるだろう。
四郎あいつは仰天するだろうが…まぁどっちもあいつの直属だ、と隣の班長は思った。


 強くて確実なものが体の中心に入ってくる。
その圧迫感は、背中から突き上げてくる痺れに似たようなものと共に、自分が牝だ
ということを自覚させて、時には心地よい。時にはむしょうに欲しくなる。
――世間が言うほど、自分が男好きなわけではない…と自分では思っているが。

 荒い息遣いが、シンとした部屋を埋めていく。
 ん、…ぁ――

引っ張るような声を上げて、だがそれを手の甲でふさがれ、自身もそれに耐えようと
した。−−ただ一対の雌雄。何物だろうか?

 ふと。
どんどん、という音が扉に響き、相手の男の手と、体の動きが止まった。
「何してる! ここ開けろ!」
 (隊長――)
加藤四郎の声だ。
どうする、と目で語り合って、慌てて服を着ようとする。
もう少しだったんだけどな――とペロリと舌を出して。
(ごめん、任せた)とシャワールームへ消える。
いずれ、このまま人前に出たくはない。彼には悪いけど、頼んだわよ。
 何をしていたかは自ずと知れよう。仕方ないわね――。

 ざっと裸になり蒸気を吹き付けるのと、シムルームサロンの扉が開いて、厳しい
顔をした加藤四郎が入室してきたのが同時だった。
怒られるのは後にしよう――。ごめんね、韮崎くん。
 バシ、という鈍い音のあと、がっと体が壁にぶつかる音がして、あぁ殴られたな
とわかる。
「そっちも出て来い――逃れられると思うなよ」
怒っているという風でもないが、温かみのかけらもない声がする。
加藤隊長のそんな声は、めったに聞かないが。
「そんなつもりは……ありません」
 ざっとカーテンを引き開け、タオルで顔だけを拭くと、そのままシャワールーム
から出た。
「岡本……」絶句する四郎に、真向かって。
明かりはさほど明るいわけではない。頬を腫らして顔を逸らしている韮崎と(さすが
に服は素早く着ていた)、白い顔をして鋭い目で見つめてくる隊長――目を逸らさ
ないのね、たいしたものだわと思った。
いや逆にじろりと睨まれた――全裸の女を前に。
動じる気配もなく。
「服を着ろ――そのくらいの時間はやる」
頷いて。「いや」と思いなおしたようで、そのままぐっと腕をつかまれると引き寄
せられ、両頬を思い切り殴られた。
バランスを崩してタオルと共に床に崩れ込む。
「俺は女でも手加減はしない。裸でいたければそのままいても構わないんだぞ」
隊長――。
「男がみんな、誘えばなびくと思ったら大間違いだ」
 「服を、着ろ――そのまま出ていくのはいやだろう」
こくりと頷いて。
「懲罰は覚悟しろよ――プライヴァシーに介入するつもりはない。だが、時と場所
を考えろ、というのだ。ここは戦艦の中で、公共の場だからな」
 二人とも自分の部下である。…俺が躾が甘かったのか。
男女のことをとやかくいうつもりはない。年頃の多いヤマトの艦内は恋も多い。
だが。
なぜこんなに腹立たしいのだろう。
南部が自分を此処にやった理由が推測できた。
よりにもよって戦闘機隊の部下たち――ここを何処だと思っている。神聖な…少な
くとも俺たちが命がけて守ってきた、ヤマトの中だ。

「どっちが誘った――」どちらでも罪は同じだが聞いてみる。
「あの……」こういう時、男は情けない。韮崎はしどろもどろ…というか、どう考え
てよいのかわからないのか。
意気消沈している様子は背を向けている岡本にも伝わった。
「私、です」
と悪びれもせず、岡本は答える。
行っていいぞ。
あとで沙汰する、との冷たい声に。敬礼を返して韮崎の去るのがわかった。


 後ろ向きになって制服を着けていく岡本に、加藤隊長の声が追う。
「お前……いつもこんなことしてんのか」
呆れたような、あながち冷たいとばかりもいえない声で。
隊長――こういうシーンでそんな科白吐いちゃいけませんよ……。女に泣きつかれた
らどうすんですか。……でも私はそんな安っぽい真似しないけどね。
「そうだ、と思いますか?」――いくら奔放といっても、そう思われるのは悲しい。
しかもこの人に。
人の噂が自分をどう言っているかも知っている。だけれど地上ではまだしも真実は。
 好きな男がいて――気になるあいてもいる。だがどちらも――手に入る男性ひとではない。
そう思った時に――韮崎あいつが手近にいたから。
…自分を貶めてみたい気分も、孤独を埋めたい気分もして。
どうしたって私には。地上で待っている人も居ない。
温めてくれる腕があれば、それで戦えるから。どうせ男なんて――アレだけのものだ。
 「お前……もっと自分を大切にしろよ」
「してますけど」
「安売りすんな、って言ってんだ」
「隊長に、言われる憶えは、ないわ」きっと振り返った。
「あんたに関係ないでしょう!?」
一瞬、黙って。少し哀しそうに見返すのを。
――怒鳴ってくれた方が気がラクだ。
「……一つだけ言う。場所と時間を考えろよ」
「ありがたいお話」
「自室で、公務時間外なら――見て見ぬふりもできる。軍務規定は知っているな」
「えぇ――」
特に禁止はされていない。業務時間が始まる時に自室に居ること。勤務に影響がない
こと――あと。女性はまだいろいろほかに細かいこともあるが。
 「ヤマトの艦内は年頃も多い。お前はそっちの経験は豊富なのかもしれないが、あ
まり刺激するようなことはするな。……使命がある。皆、耐えてるんだぞ」
 それは、隊長。自分もそうだから、ということですか?
と目で見返して。
知っている。艦長と生活班長のことも。通信班長と残してきた恋人のことも。
そして、戦闘機隊の中でも――隊長とその想う女性ひとのことも。
だけれど。
私の好きなひとは振り向いてはくれやしない。――目の前に居る、けどね。
だから。
「隊長――隊長って、鋭いのか。鈍いのかわからない人ね」
「岡本…」
「残酷ですね」
 あぁそうかもしれない、と四郎は素直に認めた。
「残酷なことだろうと、必要ならやるさ――俺は命を預かってんだからな、お前たちの」
女の想いに応えることや、自分の想いを貫くことよりも。
お前たちの命の方が大切だから。
――兄さんの気持ちが、今ならわかる。
地球で待つ人たちの想いの方が、今は大切だから。
 早く行け。とりあえず、どうするかは追って伝える。
――南部班長さんと島副長と相談だな、と四郎は思った。
古代艦長さんに言ったら大変だろうから。その判断は島副長さんに任せよう。
……と四郎は思う。
敬礼して、出ていこうとする岡本の背に四郎は言った。
「川本が……哀しむぞ」ぴくり、と動作が止まった。「わかってやれよ」
無骨な男。――あれが? 私を……本当だろうか。
 そのまま扉を閉めて出ていった。

 ほぉとため息を吐いて、水の匂いの残るシムルームのサロンで。
脳裏にあのひとの面影が浮かぶ。――同じ艦内に在って。
…この手に抱きしめてキスしたいのは、俺の方だ。
その衝動に素直になったからといって、責めて良いものなのかどうか。
四郎にはわからなかった――。
 だが、岡本。
 お前の想いには応えられない。俺には大切な人がいるから。
だからといって。自分のためかもしれないことで、女が自分を傷めつけるような真似を
するのに、心が痛まない四郎ではない。早く気づいてやれよ。寂しいからと手を伸べ
合い、温め合うよりも。心が結ばれ――ともに戦う幸せもあるんだと。
同じチームに居て。心を分かち合いながら。背後を守られながら――お前にもそんな男が
いるだろう、岡本。
 また小さなため息を吐くと、四郎は立ち上がり、艦尾の戦闘指揮室へ、南部に報告
のために出ていった。

Fin


『宇宙戦艦ヤマト3』より
岡本有佳&韮崎一郎(CT隊)、加藤四郎(CT隊士官)、南部康雄(砲術士官)
count-005 01 Jun,2006
 
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