blanc -10 for lovers

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08   【 今だけでいいから 】


 シュン、と第一艦橋の扉が開いて、加藤四郎が顔を出した。
くつろいで談笑していた留守番の面々は、その音に顔を上げて。
「お、加藤。――艦長は戻ったのか」島の声。
 佐々が珍しく艦橋に居て、島の横の戦闘指揮席に寄りかかりながら、副長と話し
ていた。ほかには相原、南部が居て責任は重かろうが気楽な雰囲気だ。
窓からは発展を続けるガルマン本星の威容が遠くに望める。
「いや、まだ。晩餐に出られるそうで、招ばれた者以外はいったん引き上げました」
と畏まって。
「大丈夫かなぁ」と相原が心配そうに腕を組むのを。
「まぁ、平気だろう。真田副長と――あと、土門か? 随行は」
「えぇ。念のため揚羽と川本も置いてきました。佐渡艦医せんせいとアナライザーも
晩餐に招ばれたので」
「当然、ユキもだよな」と南部。
「あぁ」と島は笑って。
「デスラー総統は古代とユキをセットで考えてるみたいだぜ」と。

相原がインカムを被ってなにやら通信を受けていたが
「このまま半舷で休憩に入って良いそうです。三日の停泊――工作班と生活班の資材
の積み込みは明日。細かいことは明朝真田副長が先方と詰めて連絡を寄越すというの
で――。上陸許可も出ましたが…どうしますか」と顔を上げた。
「連絡してきたのは古代か?」と島。
「いえ、真田さんの声ですがアナライザーのようです」
だろうな。古代ならメインパネルに送ってくるだろうから、と。
 少々心配げな様子に。
「なぁに、デスラーは卑怯なことはしないさ。とりあえず、飯でも食おうぜ」
と南部が言う。
「よし」
と島は頷いて艦内放送のスイッチを入れ、当直を残して待機解除を伝え、それぞれの
部署ごとに指示を出した。

 それにしても。
と四郎は思った。佐々が第一艦橋に居るのは珍しい――俺はよく来るけどね。
(それはデザリウム戦の時に癖になった。あの、人の少なかった艦内で。澪がレー
ダーを受け持っていた艦橋で。)
「ところで、なんかそれ旨そうですね」
 ワゴントレーに乗せられていた大きなスープ皿とディッシュの様子に、四郎が目を
輝かせた。
「あぁ。総統府から届けられたんだがな――いっぺんに食うなというのは艦乗りふなのり
常識だろう? 俺たちはまだ食ってなかったのさ」と島が言う。
下の連中はもう一杯やってんじゃねぇか? と南部も言って。
 ワゴンは2台あり、ガミラスからの差し入れと幕之内チーフ特製料理、それに。
「なんと、佐々さんが作った艦橋特製料理なんだぜ」と相原が目配せして。
え、と四郎は絶句。――なんで艦橋にもってくんだよ〜。戦闘機隊の連中怒るぜ。
それがわかったのか
「皆には届けたよ。……久しぶりにヤマトが地面の上に乗ってるし、食材が届いた
からさ。幕之内さんに頼んでいろいろ作らせてもらったんだ。たまにやらないと腕
落ちるもんね、料理って」と目配せしてよこす。ひどく楽しそうに。
 「佐々さんの手料理なんて、ありがたくて涙出そう」と相原。
「太田が悔しがるぜ」と島が言い、
「あいつらガミラスで良い飯食ってきたんだから良いんだよ」
と南部が混ぜっかえす。「加藤も、混ざれよ」
「もちろん」と言って。
 揺れる心配がないから、ワゴンを中心に思い思いにくつろぐ第一艦橋であった。


古代、森、真田、土門たち4人を残してほかは深夜帰還してきた。
久しぶりの夜――。
第二の地球探査はいったん保留し、ガミラスの科学力を駆使して太陽制御に乗り出
すことになる。真田は先方のフラウスキー少佐とおそらく夜っぴて打ち合わせを
するのだろう。
 ヤマトの中には絶望の先に突然訪れた平安が、束の間、満ちていた。

 外へ出かけるわけにはいかないしな――
さすがにそこまで無警戒にはなれない。明日はパレードがあるというし、静かに過
ごすか――不思議なことに、星の見えない艦内は、なんだかヤマトでありながら
ヤマトでないような気がした。
…イスカンダルに着いた時のなんともいえない気持ちを思い出す。
あの時とは、違うのだ。使命はまだ、これから長い。
佐々は自室に引き上げようと、艦内通路をゆっくりと歩いていた。
 女性士官エリア――現在ここに居るのは3人のみ。森ユキ生活班長、佐々葉子
戦闘機隊次官、大槻結衣技術班次官。
ユキは古代とともにデスラーズパレス、大槻は向坂とともに明日のための最終確認
に工場か資材庫だろう。――休まない工作班、とはよく言った。
ふと見ると、誰かが扉の前に立っていた。――四郎?
 振り返って。


「…隊長?」
と小さく誰何した。ゆっくりと振り向いて。
 「佐々――いや、葉子さん」
と言った。
どうしたの、こんな処で。
訊くだけ野暮というものだろう、と佐々にもわかっていて。
――油断していいなんて思っていない。使命もまだ、途中だ。
だけど。
 「昼間……ユキさんと艦長を見ていたら、ね」
と四郎は何ともいえない目で葉子を見た。
「あぁ…良いカップルだな」
盟友・ガルマン=ガミラスの総統府へ招かれ、堂々として。自然に寄り添い、どちら
が引くでもなく。地球の代表として――ヤマトの艦長として。
見惚れるようだった。
――今夜は、休みだ。……明日からまた、俺たちは戦うんだけれども。

 今だけでいいから。

何を言いたいのかわかった。
「僕の、恋人に戻ってくれる?――葉子さん…」
そう言って、そっと抱きしめられた。
「ようこ」愛してるよ……と。地球を出てから一度も唇に乗せなかった言葉。
戦闘機隊長として――多くの命を預かる者として。
その一人で、盟友で先任のこの女性ひとを、抱き込もうとは思わなかった。
 ふふっと、その腕に抱きこまれながら彼女は言う。
「…知っているでしょうに。…私も」
ユキは帰って来ない。大槻の部屋は少し離れている――それに、今は居ないわ。

シュン、と扉を開けて部屋へ招き入れた。
……もちろん、四郎が此処へ入るのは初めてだ。
 ロックをかけ、モニタを解除し、そっと、目を上げて。その唇にキスをする。
今夜だけよ――と甘くささやきながら。
(久しぶりで、このひとに会った。――私だけの。ヤマトや戦闘機隊や……古代の
命を預かる男ではなくて)
(果てしない昔のような気がする。こうしてずっと抱きしめたのは……俺だけのひと
温かく、束の間の静かな夜――。
様々な想いを抱いて、ヤマトの夜は更けていく。
 長いくちづけを交わし、飽きることなく抱き込んで。
二人は顔を見合わせるとゆっくり見つめあい、手のひらで頬を包んでまた、キス
をする。
「泊めてくれる?」いたずらっぽく笑いかけながら四郎が言うのに。
「朝番の時間までなら、ね」
「じゃ、それまで起きていよう」
「何をして――」
そんなこと、言わない。
とまた抱き込んで、ゆっくりと覆いかぶさるように。

 求め合う気持ち――今この時だけでも。同じ目的を持ち、同じ使命と仕事を生き
がいに共に駆けながらも。
男として、女として、懐かしい相手を求める。
温かい肌と、情熱の中に溶けるようで。
だけれども、それだけに、その腕の中は宇宙のどこよりも安心で――。
熱い時間ときを過ごしたあと、未明の僅かな時間。
その眠りは深くて、安らかだ――。
束の間の、静止した時間。

夜が明ける――。
ヤマトと、地球の時間ときはまた、動き始めるのだ。

Fin


『宇宙戦艦ヤマト3』より
加藤四郎&佐々葉子、艦橋の面々
ガルマン=ガミラス帝星にて
count-009 04 Jun,2006
 
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