blanc -10 for lovers

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10   【 教えてあげない 】

この話は blanc 2-06 【緩くまわされた手】の続き


 後ろから突然ごいんっと頭を殴られた。

 痛いじゃないよっ、と振り仰ぐと、腰に手を当てて立っていたのは…佐々
先輩だった。
そりゃそうだろう、いくら油断していたとはいえ、後ろから忍び寄られて気
づかない相手といったらそんなに多くない。そういえばこのひと、白兵戦
も得意だっけね。
カフェテリアの端っこ。
で、ほぉ、とため息をついていた岡本有佳おかもと ゆかである。
とん、と佐々は向かいに座って。
「――時と場所を考えなさいよね」と覗き込むように言われた。
 「それ。……隊長にも言われました……」
当たり前だよ、とまた頭をはたかれる。
それで、落ち込んでるのか? 落ち込むようなら最初からヤるなよ、と言うので。
「そんなんじゃありません…」
「もう怒られたんだろ、班長たち*からは?」
「ハイ」
ため息を吐いていたのはそのせいじゃなくって――。

 「島副長の呼び出しが……」
佐々は苦笑した。「怖いのか?」
「……ハイ」小さくなって、誰かに言って安心したように。
図々しいくらい度胸があって、大胆。たいていのことには動じない――無神経じゃ
ないけどね、というような岡本有佳でも苦手はあるんだな。
「島が、苦手か?」
「――正直言って」とまたため息。
なんでだよ、お前の好きなイイ男だろ、とからかうと。
そんなんじゃありません、と横を向く。
 お前、ヘンなヤツだな、と佐々は言った。
「島ったら優しいってんで評判だぞ、女の間では。古代は怖いらしいけどな…」
「それ、逆です」と。岡本曰く。
 島副長って、清廉すぎるんです。なんだか、失敗しないし間違ったことしない
感じで。
ぶ、と佐々は吹き出した。
「あれだって、普通の若い男だぞ。ふね降りれば」
「先輩は、昔馴染みだからそう言うんですよ――やっぱり、苦手です」
 あの目、が苦手なんですよね……なんだか吸い込まれそうってか。見透かされて
懺悔しなきゃな気分になるってか――怒鳴ったりしないから余計。うぅ…。
「あの目が良いって女は多いぞ。見つめられたら10秒、とか言われてるし」
佐々は岡本の神妙な様子が可笑しくてからかいたい気分である。
古代ならいいのか、と訊くと。
隊長や、古代艦長は――確かに怒らせて怖いのは同じですけどね。なんか、
“こっち側”にいる人、というか。怒られても、どうしようもないなお前、
といってなんだか一緒に悪戯できそうな、そんな感じ。
悩んだり、苦しんだり。そういうのも見えるじゃないですか。
島副長って――確かに人間だから、キレイなばっかりじゃないだろうけど。
でも、立派すぎてダメなんですよ――私みたくヒネた人間は――。
 言われて佐々はなるほどな、と思った。
 島の持っている独特の雰囲気は、確かにそんな処がある。
女に優しくて、部下には慕われ、班員には頼りにされ――本当は喧嘩っぱやい
し、第一艦橋の連中とは一緒にバカやっていても。
体が資本の戦闘班員あたしたちみたいなのには、ちょっと…そうだな。
苦手なのかもな。
 「島は――いいやつだぞ」
わかってますって。素晴らしい人だと思いますよ。
…でも。苦手なんです。なんだか、自分が悪いことしている生徒みたいな気分
にさせられるから。
――何が疚しい。
疚しいことあったから怒られてるんじゃないですか。
そりゃそうだな、と佐々は大笑いした。
「まぁ、次やらなきゃいいから」「自信ありません…」
「お前ね」と佐々は頭を抱えた。
「だから、場所と相手選べって言ってるだろ。ヤるなとは言ってない」
「さすが先輩、話わかりますね」
「ばか。ただでさえ狭い艦内だ。あまり若い刺激するなよ――他が迷惑だ」
「ハイ…すみません」


 「そういえば」と顔上げて岡本が言う。
「先輩とこ、どうなってんですか」
「なっ…」にを言うんだ唐突に、と見返す佐々。
「隊長って――先輩の男、なんじゃないんですか」
「そんなの知るか」
「隊長の片思いなの?」
「ヤマトに乗っている時に恋人も仇(かたき)も無い」
「よく我慢できますね」
「慣れてる」
ぶっと岡本は吹き出した。
「1年も放っておくと、私が貰っちゃいますよ」
ごいん、ともう一度頭を叩かれた。――教えてなんか、やるもんか。
若いなんかに。
そして。
「落とせるようなら狙ってみたら」
「自信満々ですか」
「…そんなんじゃない。別に加藤とは何でも…」
「ない、はずないでしょ?」
上目遣いに佐々を覗き見る。
「あぁ――まぁね」「やっぱり」
「…言うなよ」「自分に不利になるようなこと、言うわけないじゃないですか」
「まぁ、がんばってみるんだな」「ふぅん」
「だが――」真剣な目になって。
「前にも言ったな。油断して、命取りになるなよ」
「はい」とそれには真面目に答えて。
――隊長もいい男だけど、やっぱこのひともいい女だわね。川本が惚れるのも
わかる気がするけど……山口先輩さんも。もしかしたら溝田次官も?
やっぱなんか面白くないわ。

 でも、気が重いな…。
と現実に立ち戻る。もうそろそろ行かないと、いけない。
「一緒に行ってやるよ」と佐々が言った。
え? でも、ご迷惑じゃ。
迷惑も迷惑。――隊長からあたしがお前の管理と罰則担当させられたんだ。
あっちは隊長がやってるさ。だから、首根っこひっ捕まえて島んとこ連れてくのも
あたしの役目だ。
 佐々先輩〜。
自業自得だろ。……。
島副長の前で、事実関係の確認をさせられて、また怒られて――でも。
佐々先輩さんの前で島副長がどんな顔するのかは少し興味もある。
 あ〜。やっぱりでも。
 副長、怖い――。
行くわよ、と引っ立てられて、第二艦橋横の副長たちの執務室へ向かう。
……あぁ、ヤだな。としぶしぶながら。
自業自得の戦闘機隊員・岡本有佳であった。

*この場合、加藤戦闘機隊長と南部砲術長を指す

Fin


『宇宙戦艦ヤマト3』より
岡本有佳(CT隊)、佐々葉子(CT隊士官)
count-006 02 Jun,2006
 
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