blanc -10 for lovers

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4-08   【 嘘つきな唇 】




この話は blanc dix-b02-07少しでも思い出してくれた?
続きです。さらに上記は、登場人物は変わりますが
dix-b01-03「気がついてなかったんて言わせない」に続きます


飛び込んだ着艦口からすぐに機を制御すると、岡本有佳おかもと ゆかは機体から飛び降りた。
表層が熱と、相手の光線(?)で一部剥がれてしまっており、その成分分析の
ために、修理の前に工作班が取り付く。
整備兵を下げて、そのまま機は奥へ移動されていった。
 その間にも次々と飛び込んでくるコスモタイガー。

 川本達哉かわもと たつやが降り、ヘルメットを取って片手を上げる。
無事で良かった、と合図するのに軽く手を上げて応えた。
隊長機が最後に飛び込んで来――その途端、格納庫は騒然とした。
がたん、背中でそんな音を聞いた気がし、まだ振動の続く中に佐々先輩さんの声が
貫いた――え? と思うような。
 たたっと駆けて来て「やめろ、佐々!」と後ろから止めた姿は、古代艦長。
気づけば、涙をためた目で震えている佐々葉子ささ ようこ先輩と、自機に寄りかかるように
して赤くなった頬で顔を逸らしている加藤四郎かとう しろう戦闘機隊長の姿――。
佐々先輩の罵声。
 「皆、部署へ戻れ。――早く、行け」
古代艦長が、威厳のある口調でそう言うと、皆は気にしながらもゆっくりとその場
を背にする。
――戦いは、終わりだ。


 通路に出たところで川本と遭った。
「よう」と手をかざす。
「良かったな、助かって――」「あんたこそ」と返す。
佐々先輩と私が先行した――囚われたビームに川本と山口先輩が切り込ん
で……私たちは助かったけれども。山口機は敵の集中砲火を浴び、宇宙の闇へ
消えたのだ。
――佐々の叫びと涙は。
その作戦を遂行した、隊長へ向けられている。
…八つ当たり、だけどね。そのくらいは岡本にもわかる。
 狙われたのが山口機ではなくて川本機だったら。
今頃この男はここにはいない。
それもわかっていて――淡々と。それを悼みながらも、進むしかない私たちだ。
そんなことは……戦闘機乗りの生死は、こういう時つくづく、運でしかないと思う。

「岡本――」
はい? と目を上げる。
「お前……この戦い終わったら艦降りろよ」
なにっ、と睨む。
いったい何言うつもり、こいつ。
「新しい地球が見つかったら……嫁さんにならねぇか?」
え?
突然何言い出すんだ、こいつ?
あたしが岡本有佳だって、わかって言ってる?
 突然の…しかも間、数段階すっ飛ばした告白に、思考回路がどっか飛んでいっ
てしまったようで。この私に冗談?
仲間うちで賭けでもしてんのか?
男好きで不行状で知られるこの私に? 嫁さんになれ? この間も悪さして説教
食らったばかりだってのに――。それ改めるつもりもないけどね。
 本気、か?
静かに立っている、朴訥な川本達哉。

 山口先輩は、本気で佐々先輩が好きだった――それは私も知っている。
佐々先輩は――隠してはないけど絶対にこの中ヤマトでは見せないし、公言はして
いないけれど、加藤隊長と恋人同士だ。
山口先輩と加藤隊長って同期で……だから二人は訓練生時代から先輩が好き
だったということだと、私は聞いた。
恋人を罵倒し、殴り――自分のために消えた命を悼む。
知らない人が見たら、恋人は山口先輩の方かと思うよ。
……痛い。先輩の、あの愛情の深さって――だから。
どれだけの人を見送ってきたんだか、想像するのも怖い。
この間の戦いでも、その前でも。
艦橋の人たち――古代艦長なんかと、同じ。
だから。
深く人を愛するのは、辛い。失った時に、耐えられない――。
それでも、あの人は、愛するんだよね。自分がそれだけ傷ついても。
恋人がいて――それだけでも十分だろうに。
自分を愛してくれた男を、生徒だったからかな? 山口さんも、あれだけ愛され
れば本望なんじゃないか――たとえそれが恋人として愛してくれたのじゃ
なくっても。
私なら。それで十分だ――。
佐々さん、壊れなきゃいいけど。

「やめろ、来るな」って言ったよね。
いつも覚悟して飛んでる先輩――私は素直な人間じゃないし、けっこう腐って
ると思うけど。でも、先輩、尊敬するよ。命がけだもん、全部。



川本は。
つい飛び出してしまった。
確かに絶好の位置に居たんだ、俺と山口先輩さんは。山口さんが佐々先輩さんを 好いて
いたのは、もうこれは誰でも知っていることだ。隊長が居るから、
しかも隊長と同期だから……それだけに真剣で、それだけに言い出せなかった
んだろう。 そのことも、隊長自身も、山口先輩自身も――そして、おそらく佐々
先輩も、知っていたはず。
思わず操縦桿を動かしてしまった。
冷静に考えれば――そんなことをしなくてもイケたかもしれない。
現に佐々さんは『来るな、やめろ!』と叫んだ。
あの声が耳について離れない――私を助けになんか来るな! お前はお前の
仕事をしろ!
あの人らしい、割り切りと叫び。

だが。
体が動いちまったんだ。
しかも同じ瞬間に――俺も。山口先輩も。
……惚れた女が囚われていて、次の瞬間にターゲットになるのがわかっていた
から。現に、一瞬の後。
その空間には敵の光芒が刺さり、山口先輩さんはその追尾の犠牲になった。
――佐々さんなら言ったとおり、自分で何とかしたかもしれない。
だが。
あくまでも“かもしれない”だ。
あのまま放っておけば、確実に、死――。
惚れた女が目の前で消えるのを黙って見ていられる男はいない――いや。
一人。
それが、さっき殴られていた隊長か……加藤四郎。指揮官としては、それが
正しい。
一人の命を誰よりも大切にするひとだ。だけど。――時に、必要であれば。
あの人も、そして艦長も。きっと、それ・・を選ぶだろう。だからこその指揮官
でありだからこそ、地球の運命を担う男であり続ける。……俺にはできない。

…岡本。
目の前でびっくりして言葉も出ない同僚を見る。
「いきなりだな。……第二の地球が見つかったら」
俺はあまり言葉を操るのが上手くない。
「新しい処に、お前も居たらいいな、と思う」
気になっていた。
一生懸命で、男の中で、なんだか無理してきたみたいで――。
男好きだといわれて一部には軽く扱われていた女だし
純情可憐とは程遠いが……本当は、男なんか信用していないという目をして
いる。
(岡本の、あっちは良いぞ……)
何人かの男から(地上に居る時も)そんな声も耳に入ってきた。
シミュレーションルームで突然キスされて、気があるのかななんて思うほど、
俺も自分にうぬぼれちゃいない。
だが。
気になる女――。
きっと誰か、安心できる信頼できる相手がいればいいんだ。
佐々さんと加藤隊長のように――。
それに、彼女は佐々先輩とは違う。
(先輩の後ろについてくと――いつか。死ぬかもしれない)
それも心配だ。


憧れた女戦士――幾多の死を乗り越え、戦い、全身傷だらけになりながらも
生き抜いて飛ぶ人。その飛行は、だからこそ美しい――。
だけれど。
凡人には、無理だ。
その魂の激しさと、命知らずの戦いに、連れ添えば。
生命力の弱い方が、消える。
そうして、多くの男たちが彼女を守って消えていったのじゃないか…そんな
気すらすることがある。
加藤隊長だけが――佐々先輩と同等の、それ以上の力を持つ加藤隊長と。
そして古代艦長と。そういう人たちだけが、共に生きられるのだ、と俺は思う。

だからといって、ついていくことに不満もなく、恐怖もない。
だが岡本よ、お前は――早く、この戦場から。
俺が守ってやる、そう言いたかったんだけど……。



「何、ねごと言ってんのよ!」
腰に手を当てて、睨み返された。…ひょ、こういうとこ師弟そっくりだな。
「女、口説くんなら、もう少しマシな科白いえないの?」
ふん、とあしらわれて。
 そうだな。
その通りだな、と思ったので、苦笑いするしかなかった。
「あぁ……まぁしばらく気は変わらねぇと思うから」
何、言ってんだか、俺。「地球探しが成功したら、また思い出してくれや」
 いーっと思いっきり憎憎しげな顔をつくって、岡本はくるりと背を向ける。
歩き出そうとして、ふと止まった。
背を向けたまま。
「……助けてくれて、ありがとう。――それは。感謝してる」
それに、貴方自身が生き残ってくれたこともね。
あぁ、今はそれだけで良いよ。



「何、ねごと言ってんのよ!」
あ〜あ。言っちゃったよ。
嘘や冗談でなく、私にそんな科白 吐いてくれる男なんて、後にも先にも居そうに
ない。私だって女だ――正直、嬉しかったんだ。
川本って不器用だし、スマートでもなんでもないけど。でも。
こんな時代――こんな戦いの中。
男の価値がそんなものではないことは、いくらバカな私だってわかっているよ。
命がけで助けてくれた…それもわかっている。
だから。感謝して――本当は、嬉しい。だけど。……慣れてないし。
期待するだけ、あとの失望は、怖い。
あたし、こんな女だしね。

「女、口説くんなら、もう少しマシな科白いえないの?」

嘘つきな唇――

 口から出た科白は、心にもないこと。――あいつが
傷ついたら、どうしよう。
いーっをして(呆れただろうな)、くるりと背を向けた。
ちょっと泣きそう…そんな顔見せたくないわ。
感謝している――それだけは、せめて伝えよう。

その言葉に、川本がうっすらと頷く気配がした。


 ヤマトはまだ戦いと探査の旅の中。その日々はまだ、先の見えない旅。
生と死と――愛と想いと。
生きる者もいれば、残される者もいる。

 西暦2203年。ヤマトは星の海の中を、航行中だ――。

Fin


『宇宙戦艦ヤマト3』(宙虎・番外Original)
――A.D.2203年
川本達哉、岡本有佳
count-022 26 Jun,2006
 
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