【02.背中合わせ】
:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.2
おいっち、ニィ! さん、し。
ふん、ふんっ! ほい、さ。と…。
準備運動である。――訓練学校2年とはいえ、基礎教練は、 まだ体の出来上がっていない10代前半の訓練生たちには必須。 特に最年少で最短距離入学をした今期・第四期生の下っ端たちは、 「必ず受けるように」と厳重なメニューが渡されていた。
「おい、古代。少し体重増やせっていってるだろ」
下になって背中合わせの屈伸を続けている島が言った。 ――まぁ抱える時、俺ぁラクでいーけどさ。
「うるっさいよ」
上に背中合わせに乗っかって、両足を膝まで曲げ伸ばししている古代が言い返す。
うん、と肘から引っ張られて背中を伸ばし、柔軟性だけは2人とも大合格点だ。 体術は優れているくせに、体の若干硬い加藤三郎が横で苦労しているのを眺め…… いや苦労しているのは一緒に組んでいる相原だったが……
「おいっ! 相原。いったい何度コケれば気が済むんだっ。訓練にならんだろぅっ」
あちゃ、また怒鳴られてるよ、あいつ。
ぷふ、と古代と島はこっそり笑い合った。
111、112……数が増えてどんどん思考がシンプル化していく。 汗とリズムを刻む以外のことが頭から抜けていくのだ。息の刻むリズムだけが耳につく。
古代はその背中から伝わる温度に、ふと違和感を感じた。
「あ〜〜っ!」
叫んで急に体を伸ばしたものだからたまらない。
島はバランスを崩して古代を背中から落っことしてしまった。
「いって〜。……いちちち…」
「おい、古代っ。なんてことするんだ。危ないだろっ」
落ちたのは古代だし、危ないのも古代なのだが、そこで怒ってしまうのは島の性格。
屈伸をしている時にいきなり体を伸ばしたら落ちるに決まっている。この場合は、驚かされた島に責任は無い。 さらに自身は怪我したわけでも打ち身作ったわけでもない。
「それどころじゃないっ」
古代はてんから聞いていやしなかった。
「なんだよ、いったい」
「お前、もしかして……」
「は?」島はぜいはぁと言いながら怒った顔を隠そうともしない。
「同じだったのに。この間までぴったり同じだったのに……」
「何、わけのわからんこと言ってるんだよ。頭、打ったのか?」
と心配して手を額にやってしまうのもまた島というものなのだろう。
古代はそれを振り払って、思いっきり“構え”、で島に真向かった。
「お前。背、伸びたか?」
古代の驚きに気づいて島は汗を拭きながら、なぁるほどと思った。 ふふん、と胸を逸らせる。
顔には満面の(少々意地悪な)笑み。
何事にも細かいことまで気になるお年頃なのである。
「そうだ。……気づいたか。今朝、計ったらな。176cm。お前より1cm伸びてたんだな、これが」
「……し、島」
くっそー、と古代がタオルを床に叩きつけた。もはや組体操どころではない。
こんのやろー、とヤツアタリだかなんだかわからないボディブローをかまそうとして、 適度に体が温まっていた島にひょい、と避けられてしまい、たたらを踏む。
「くっそぉ。殴らせないつもりか」
「たりめーだろ、古代のあんぽんたん」
こうなると収集がつかない。周りもこれ幸いというように体練を辞めてやんややんやと囃し立てるは、 古代と島はボクシングの構えをして動き回り、取っ組み合いになった。
「おうっ、古代、行け〜!」
「島、負けるなっ!!」「そこだ、パンチだ!」……
もはや当初の目的はどうでもよいらしい訓練生ご一同様。
「お前ら、イイカゲンにせんか〜っ!!」
鬼教官殿の怒鳴り声がしたが、それでやめるようなタマではない。
「どっちが勝つかな?」「いまんとこ30勝29敗1引分……っすね」
「どっちが?」「古代が勝ち越し」「今日は、島とみたね」
「俺も俺も」「いや、古代が勝つんじゃ…」
「お前ら……」
一斉に後ろから頭を叩かれて、
「隙だらけだ、ばか者。全員、体育館を良いというまで走れっ! 整列―! 行けぇっ!!」
と整理され、まだ殴り合っていた2人はべきばきと乱暴に引き剥がされた。
お前らは、お説教だ。
校長室行きが待っていた古代と島である。
【Fin】
――31 Jan, 2011