air clip レポート提出

・・on the Earth, 2192・・


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【09.寝息が聞こえると】


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:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.09



 くぉぉぉ。……ごが。
 すぴー。……すぅぅ……。んんっ、ふみゃ。


 寝息が聞こえると。
ありゃ、また寝ちまってるよこいつ、と真田は思う。
 上級への進級試験が山のようにあり、昼間は教練で休む間も無い。体術系・実技系のものは先週、 2人ともほぼ終えて、今週は山積した実習レポート/演習レポートの嵐なのである。
 ここ防衛学校は厳しい。一切の容赦が許されないので、どんどん単位は落とされる。
それで3回落第したら放校。――これは優等生とされる(そこで寝ている)古代守だろうが、 天才の誉れ高い真田志郎だろうが、条件として変わりはない。


 おい古代。これで明日のレポート、撃沈確実だぞ?
 と、うつぶせの顎の下からはみ出していた用紙を返してみると、案の定、真っ白だ。 点けっぱなしのPCの画面を覗いてみた。
 ……おや、けっこう出来てるじゃないか。ふぅん……なるほど。 ここの数値をどういじったらいいかわからないわけ。ふむふむなるほど。 他の科の事例ってのも興味があるな。
 ちょいと隣のイスに座り込み、画面を凝視する真田志郎・20歳。 連邦大学付属防衛大学校の歴史を変えるかもしれない、といわれている逸材の天才である。


 カタタタ……キーボードが動く。
(“改ざん”になるとマズいからな――古代こいつが見てわかる程度じゃないと) そういう悪戯も面白いぢゃないか、とものの3分で其処から立ち上がった真田であった。
 (それにしてもなぁ……)
ガラリとその部屋を開けて外へ出ると、まだ華やかな雰囲気に包まれた学内なのである。 明日に迫っている(らしい)《バレンタイン・デー》などというものが現存していることそのものが “現代の謎”だと思う真田だったが、女子たちが探している古代守がこんなところにいて、 しかも演習レポートの締め切りに追われてお勉強中。そんなこと想像もしないだろうけど、な。
 だいたい、小鳥の交尾が始まるのに日にちなど無関係だぞ。
 温かい年もあれば寒い年もあるのだからな――人間ってやつは、まったく。どんな生物よりも面白い。 ただし自分の研究の対象外なだけで、と真田は思った。


 ま、いいか。――交尾や性欲に興味のない男も此処にいれば、そういうことに熱心な(ように見える) やつが親友をやっていたりする。その分はあいつが引き受けてくれる、というものだ。
 真田はくすりと笑うと(外からその様子を見た者がいたら、とても“笑った” ようには見えなかったに違いないし、白衣を着たままスルリと通路に出てきたのは“クール” 以外のなにものでもなかったのだが)部屋を後にした。
 (まぁ――この間の“相談”の続きは、また明日でもいいか。レポートの方が重要だものな)
古代守はそんなタマではないのだが、この頃の真田はまだ、そこまで人生経験が豊富ではない。


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 「おうい、真田!」
 翌日、午。
自分に与えられた研究室の一角のデスクに居ると、古代守が姿を現した。
 「……レポート、間に合ったか?」
先制攻撃である。
 古代は一瞬、虚をつかれたように言葉を失ったが、両手を拡げると表情を変えて、 つかつかと部屋の中に入ってくる。そういった動作がいちいち様になる男だ。
「その様子だと十分間に合ったようだな?」
と目の前に立った男を見上げてそう言った。よれよれでも臭いわけでもなく、 いつものようにピシッと(少なくとも見かけだけは)した様子だったからだ。
「……なんとか、だ。……結論が、俺が思っていたのとはぜんぜん別のものになっていたことを覗けば、 無問題モーマンタイ
「そうか、それは良かった」
真田はそう言うと、デスクに向かい直した。
 「おい真田。こっちを向けよ」
「今、忙しい――貴重な昼休みなんだ。邪魔しないでくれ」
自分が古代に用があって昨夜遅く、寮の部屋(に居なかったので自習室へ行ってみたのだが) を訪ねたことは忘れてしまっていた。
「――俺は昨夜は帰れず、一刻も早く帰って睡眠をむさぼりたい。なのにわざわざ訪ねて来てるってのに、 その態度はなんだ? あん?」
真田は上半身だけを向き直った。
 ――ネットで探して古書の中からようやく伝を辿って手に入れた今は貴重な“紙の”資料本なのである。 データや計測結果ならネットでいくらでも手に入るが、 宇宙時代に入って最初に外惑星で実験をしたことで有名な博士の手記で、当然のことながら絶版。 それを読もうという時間が、こんなやつの訪問より価値が低いわけがなかろう。
 むっとしたのが顔に出たのが、(古代守には)わかった。
「――そのな? 感謝してんだぜ。一応は」
「?」……真田には本当によくわからなかった。「なにを、だ?」忘れているのである。
古代は顔をしかめると、「あ゛〜〜っ! もう!!」と言ってそこにしゃがみ、 耳元に息を吹きかけるようにして何か言った。
や、やめろ……俺は、そんなシュミは。ん? 違う!?
 「お前、俺のレポートに手ぇ入れて、悩んでた数字はじき出してくれたんだろ?  引用元もちゃんと書いてあった。だからそこから推論を導き出せばよかったから10分で出来たさ。 ――で、目が覚めて慌ててやって添付ファイルで送って、滑り込みセーフ、だった」
「あぁ、それか…」
真田は“回答を”与えたつもりはないのだ。
 だいたい、学生の本分は勉学であろう。いくら訓練学校で、古代は戦闘士官の道が開けているとはいえ、 此処は高等教育機関である。国いやこの場合は地球連邦だが、最終的には宇宙全体の平和に貢献するべく、 貴重な人材を育てる場所であることには変わりない。そんじょそこらの戦闘訓練学校と、 一緒にしてはいけないのである。学生は国費で賄われている分、それに貢献すべく努力する義務が…… だがこの古代守。なにやらいろいろの偶然が重なって、いつの間にやら“親友”とやらをやって2年になるが、 いまひとつ、そこらへんのところが読みきれない男でもあった。
 真田自身はその特殊事情もあって、若年の頃から飛び級で大学課程まで修めている。 むしろ此処へは研究室へ入り、現場を訓練するための逆行入学で、 本来なら教科教育だけでいえば講師の立場でもおかしくないのだった。
 ――古代は頭は悪くない。発想もユニークだし、試験の点数も、ぶっちぎりの……とまではいかないが、 科目によってはそれを出す。あらゆる意味で“優等生”であるといえた。
 だがこいつの本質は、ちょいと違った処にある――そんな気がして。
 そこが面白くもあり、興味深くもあるのだが。
なにごとにつけ“研究”対象が見つかれば、放ってはおけない真田なのである。


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 「おい、真田っ!」
はっとした。珍しくも、目の前に当の本人がいるのにぼぉっとしていたらしい。
「感謝されるようなことじゃない。――わからなかったか」
真田の言いようはこの時代、かなりの“オレ様”である。
 古代の回答は、よくある目眩しブラフに引っかかって先へ進めなかっただけだった。 演習問題にはよく仕込まれているブラフだ。一つの平面で回答が行き詰まったなら、 別の時空からものをもってくればよいだけだ。そのヒントを数値で入力しただけで、 古代なら回答を導き出すだろうし、その結論は、けっして自分と同じではないだろうと思ったから手を貸した。 それまでだった。


 「そういうやつだよな、お前」
古代はふぅとため息をつくと、男相手に見せるには勿体無いような爽やかな笑顔で笑った。
「おっし! レポートは上がったし。あれならバッチリAだぜ。今日は、飲みに行くか!?」
「何故、そうなるのだ」
真田は冷静な目を上げた。
「――まず、“バッチリA”の論拠は」
おい、そういうことで気をくじくなよと古代は言う。「どうせ、結果はどうでもあとから出るし、 今日はそんなの関係ないんだから、Aだと思って楽しんだ方が得だろ」
得とか損とかいう問題ではないだろうと思うのだが――不正確だし――だが、 まぁその方が合理的といっても……いいのかもしれない。それに、楽しいだろう、おそらく。
 「それで、何故俺が、君と飲みに行かなきゃならない」
古代は誰でも手近にいれば誘うヤツだ。男女問わず友人も多いし、しかも。
「今日は、その。“ばれんたいん”とかいうやつなのではないのか」
と真田は首をかしげた。真田には興味はないが、古代は“デート”が好きである。
「女子たちは良いのか」と訊ねる程度にはオトナだと自負していた。
 「いいんだよ。俺はいつも女の子たちにはサービスしてんだし。俺も楽しんでるんだから。 女の子とLoveの日、くらいは別の行動でも」
古代らしいユニークな発想だが、果たして女子たちの賛同は得られるのだろうか?
 まぁ善しとしよう。
「それに、だな」
と古代はニヤリと笑った。
「――お前があそこに来た、ってことはだよ」こういうところが古代は人が悪い。 「俺に用事があったんだろ? 用もなく夜中に人を付回すシュミは真田クンにはないだろうしね。 だからお礼にこっちから誘ってやってる、というわけ」
 ほらきた。
 これで、なんだかこちらが感謝しなければいけないような気分にさせてしまうのだ、古代という男は。 ……将来、人の上に立つようになったらけっこう厄介な人間になるに違いない。 その不幸な若者たちも俺のような気分になるのだろうか。
 「了解だ……話は夜にして。だったらよけいに今はこの本を読ませてくれ」
「あぁ――」古代はさっと体を翻した。「邪魔して悪かったな」
昼の陽がさんさんと照る研究室の入り口を校舎の反対側へ戻っていく古代。 ――この陽も夕方になると厭な色を帯びるようになってきた。……もうじき破滅の秒読みがやって来るのか、 と思うと……いやそれは確実にやってくるのだが。
 考えなければ。
 だが、今すぐではなく。ただし着実にずっと。確実に。
 首を振ってまた書物に戻り、次の始業を知らせる時報が鳴るまでそこから彼は動かなかった。


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 うぃ〜〜〜ん、うぃ〜〜〜ん。
 微かに鳴る常時音と、落とされた明かり。
ぶぅん、という音がして、古代進の明るい髪の色が現れた。
 「――当直、交代時間です」
ぱきっと挨拶はするものの、まだ眠そう。
「ギリギリでよかったぞ? まだ15分以上、あるだろう」
真田がそう言うと、「そんなわけにいきませんよ――何か、異常はありませんか」
 責任感の成せるワザなのか。艦長代理と艦載機隊:ゼロの操縦、さらに戦闘班長の兼務は激務だ。 19歳の若者にしてはよくやっている、と真田は思う。
 この深夜勤の間は平穏だった――自動収集データは蓄積され、機械の異常もなければ、 周囲10宇宙キロ内に敵影どころか重量やエネルギー値の強いものもありはしない。 光速の95%で、ヤマトは順調に自動航行を続けている。
 「ワープは何時だったかな」
「――島が当直明けですから、3時間後」と古代が言い、「真田さん、寝起きですね」 と少し困ったような顔をして首をかしげた。気の毒だな、という表情である。


 あぁ、似ているな――とふと思った。
 古代進と最初にヤマトの艦橋で会った時に、素直に見ることができなかった所為もあって、 あまり似ていると思ったことがない。動作や、声。話し方などは時々そっくりなことがあるが、 何よりも似ているのはその資質――人の上に立ち、人を惹きつけるという性質だったろうか。
 あいつの方が、華やかだったな――真田は思う。
 だが、かれの方が、深く、捉えるのかもしれない。
なんとかしてやろう、と思ってしまうのはむしろ古代守の方だった。――進には、 俺は従っていけるのかもしれない。意見を言い、尊重してくれ、 俺が決定的なことを言っているように思っても――それはそう見えるだけなのだ。


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 「俺の顔に。何かついてますか?」
古代がそう言った。いや。ぼぉっとして、つい眺めてしまっていたらしい――。
「大丈夫ですよ、真田さん」古代は口調を改めてそう言った。「兄さんは――きっと。 どこかで生きていますって」
あぁそうか。そんな話をこの間の作戦のあとにしたな。そう思ったのかと真田は感じた。
 古代進は、自分に言い聞かせているのだろうと真田は思う。唯一、 自分と同じに兄のことを案じてくれている相手に。自分と同じくらい、そう願ってくれる相手に、だ。


 「そういえば、古代は貰ったのか」
「なんですか? バレンタインですか!? ……真田さんまでそう言いますか」
それどころじゃないでしょう、まったくもう。と顔に出るくらいむくれる古代である。
「まぁいいじゃないか、そういう励みも大事だからな」
 あの頃の自分なら言いそうもない科白。女性にも――種の保存、つまり生殖というか恋愛という行為にも、 興味なんぞなかったからな。だが、こいつを見ていると。
「――まぁ、それは、それなりに。ですよ」
少し赤くなって顔を逸らすが、暗い明かりで見えにくいな。まぁそれで話しやすいかもしれないが。
 「そういえばお前の兄貴はたくさん貰っていたな、いつも」
「そうですね」古代の声が明るくなった。「兄さんは本当にモテたから…」
「今はお前がそのあとを継いでいる、というわけだ」
とんでもない、と古代は遮った。俺なんか、とてもとても……それに。 俺なんか兄貴にはぜんぜん叶わない――女の人にとって魅力なんて、ないっすよ。……でも。 女の子は優しくって柔らかくって可愛くって、、、好きだけど。
 とまぁちょっぴり本音も。
 くすりと笑う心境になった真田。――イマドキ、女の方が積極的だ。 きっと古代を陥落させる女性も居るに違いないさ。この、本当に近くに、な。 そう思うと笑みが零れたが、これもまた、艦橋の明かりの所為で、本人にはバレずに済んだ。


 うぃーん、と扉が開いて、バタバタとした雰囲気が駆け込んできた。
「すみませんっ! 生活班長、森ユキ! 遅れました」
「ゆき?」古代が振り返り、少し焦る。
「せ、生活班の方の……ちょっと、あ、ありまして。ごめんなさい、 艦橋当直を忘れてたわけではないんです」
真田がそのために残っていたのではないかと気を遣った様子だった。
 いや古代と世間話してただけだから。俺はもう行くから、あとはよろしく。
よろしく・・・・やってくれ、とまでは言わなかったが、 そう思って艦橋を辞した真田であった。


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 真田は集中して読みかけていた本のページを繰る手をふと止めて前夜のことを思い返した。
 あいつの寝息を聞いて、ふと思ったのだ。
 誰もが一所懸命に、生きようとしていた。
 地球に、何かが起ころうとしていることを、真田も、古代も、察知していたし、いま彼らは、 それに積極的に関わろうとしている。……関われる立場になろうと、していた。


 逃げは、しない。
 その思いは、真田も、古代も同じだ――。


 だけどな。
 “バレンタイン”でも、いいのかもしれない。


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 地上で。来るべき暗黒の時を迎えつつあったあの時も――。
 星の海にあって。その戦いの中にあるこの今も――。
 だから人は愛し、小さな喜びに励まされて、前へ進むのだ。


 St. Valentin。
 古代。……お前の弟は、立派にヤマトを動かしている。安心しろ。


【Fin】

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――12 Feb, 2011

=あとがき #9=
 
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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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