【10. この想いが届くなら】
このお話は、「第三艦橋」さまに投稿した
「ある3月の出来事。」 と同じ時期の1エピソードです。
“甘くないお話”がコンセプトのこの20題ですが、【パラレル・ワールド】であり、
【島大介&テレサ】ゆえ、例外となります。
また、この企画は、 「宇宙図書館」 の「第6回ブックフェア・バレンタイン特集/如月の訪ない」参加作品です。
よろしければ、もう一本のお話もご訪問くださいませ。

= 1 =
「え……ばれん、たいん。…ですか?」
きょとんと問い返したテレサは、その大きな緑の瞳を見開いて、 片手首に巻いていた器具を取り外すため手を動かしていた森ユキに問い返した。
「えぇ、そうよ。……地球の、そうね。まぁ習慣というのか、文化というのか」
「――地球の? 此処の、ですね」
こくりとユキは頷く。
ときどき今でも戸惑うことがある。――頭ではわかってはいるのだ、 此処はテレザートではない。宇宙空間でもない。地球……という惑星だ。 ヤマトの人たちが、島さんたちが暮らす空間なのだ、と。
目覚めた時の不安と、体の重さはゆっくりと消えていった。
体の組成が見かけどおりではないとされて慎重に対応せざるを得なかったために、 点滴や投薬ができず、治療は慎重を要したが、幸いにも“ヒント”はあった。 ――テレサ自身が投与した自身の血液……現在も島大介を生かし続けているその血液自体が血清になって、 彼女の回復を助けている。
もちろん島の血も完全にもとの血ではない。血は一度巡れば再生し、新しいものとなる。 ただ完全に入れ替わったわけではなく、幸いにもそのサンプルデータは毎度、 航海から戻るたびに此処へと通ってこなければならない島の一種の“義務”であり、 その管理をしていたのもまた此処・防衛軍中央病院、 さらには責任者も佐渡――科学庁では真田であった。
機密が漏れれば島は実験動物扱いされただろう。
自由に宇宙を飛ぶことすら許されなかったかもしれない――その危惧から、 古代進と真田志郎の2人は最初から厳しい警戒を敷いて(島自身は知らぬことだったが) 島を護ったのである。
それが、彼を自分の命を差し出して救ったテレサの命をつなぐことになったのは、 運命というものだったろう――またそれを、“愛”という名で呼んでもよかったのかもしれなかった。

古代進は森ユキと婚約していた。
地球から至近距離で行なわれた火星およびコロニーでの戦いと、その犠牲になった多くの仲間たち、 さらには敵本星での地上戦・会戦となったヤマトの戦いの直後だった。
大戦処理後の激務に追われていたため、なかなか地上へ戻れない時期でもあった。 島を地球に戻しておくため、その大部分の代わりを引き受けたのだ。――テレサの治 癒には二重の意味で、その男が必要と考えたからである。
それは近しい皆が、それぞれ出来ることを分担し、黙って動いていた時期である。
2月――になろうとしていた。
テレサは目覚め、起き上がっている時間の方が増えつつあった。 静かに隔離された地区の奥深くで、その異星の女性は護られ、何も知らされないまま、 存在している。
しかし森ユキは、彼女が表情をほとんど表さないことが気になっている。
あの、ヤマトの艦橋に島を抱いて現れた時、最後に見た哀しみとも慈愛ともつかぬ深い表情と声も ――最初に島と並んで格納庫に現れた時のあでやかな微笑みも――映像で見た、 神々しいほどの横顔も、今は無い。
ただ無表情に日々を暮らし、あどけない子どものように、時には疲れ果て、 このまま消えてしまうのではないかと思うように、あやうげに存在している。 少しずつ顔色は取り戻していくのに、人としての存在感が希薄なままであることが心配だった。
生物としての輪郭が、ということではもちろん、ない。存在感や生命感そのものが、 希薄な気がするのだ。このまままた、いつ消えてもおかしくないほどに。
(島くん――どうして……)
その生命力を取り戻せるのは、島大介だけ、のような気がユキにはした。

島大介は、病院に通ってきてはいたが、さほど長い時間を面会できるわけではなく、 眠っていればそのまま様子を見るだけで戻っていき、長い時間滞在することはほとんどなかった。
不安? なのかしらとユキは一人考え、テレサに何か尋ねてみようかとも思ったが、 それも僭越な気がして、やめた。――いいわ。いざとなれば、私たちが引き取ればよいこと。 自分のことでなければ――特に仲間のことになれば決断の早い古代は、 とうにそのつもりでいることをユキは知っていた。だが2人共に、言葉には出さぬまでも、 島大介次第だと知っていたのだ。
地球を……テレザートを。それぞれの故郷を賭けるほどの想いが2人の間にはあったのだ。
このまま、静かに終わってよいはずはなかった。
