【12.号泣するきみの隣で】
:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.12
「古代、どけ! 俺が撃つ!!」
その声が響いた途端、艦橋は静寂に包まれた。
言葉の意味が脳に届くのに時間がかかった気がして、ゆっくりと目だけ上げた古代進は、 その真田の心中を察して驚きを露にしたが、波動砲の発射桿を譲ろうとはせず、 その手順が進んでいくのに任せた。
そうして秒読みに入った時……。
ふだんなら発射されるはずの「発射!」は無く、 ただ空しくシリンダー弁の回る音が響くのみ。
自席を降りて歩み寄る真田の足音が妙に耳についた。
「……古代。お前はいいヤツだよ――」
それ以外に、何の言葉のかけようがあっただろう。
顔中をくしゃくしゃにして、波動砲のボタンを誰にも押させまいと抱え込む姿。
まるで子どもが、気に入りの玩具を手放すのを嫌がるように、それは、無心で、哀れですらあったのだ。
『おじさま、早くっ!』
サーシャの悲痛な叫びだけが、空しく響いた。
サーシャ……澪。わが娘。
俺はこの星に君を下ろした時から、こうなることを予測していたような気がするよ。
号泣する君の隣で。
――喜怒哀楽の激しいやつだと思っていた。
ヤマトの幹部としては、ちょっと冷静ではなさすぎるのではないかと。熱いようでクールだった、 これがあの守の弟かと危ぶんだこともあったのは事実だ。
だが実際の古代は、兄の資質そのままに――いやそれ以上に。熱くてそれでクールな男だったのだ。
その古代が此処まで感情を露にしたのを初めて見る。
澪――サーシャ。
許せ。私は知っていて、お前がどういう予感を持っていたかすらも知っていて、敢えて運命の手に委ねた。 どうなるにせよ、すべて神の御手だと。
……何故なら私は科学者だからだ。ツールを作り、あらゆる場合に備え――だがそれは戦いに使われ、 人を殺め、また救う。使われる場、使う者。 それによって左右されるが――作らないわけにはいかないのだ。 それが武器製造業者でもある私たちの宿命で、いつの頃からか私は、 それの最後を他人に委ねることを覚えてしまったような気がする。
古代――お前は判断するのだな。
たとえ何のためにでも、泣くのだ、そうやって。地球の運命が、ヤマトの運命がかかっているというのに、 だがお前だからこそ、誰も責めない。ただ古代の判断を待っている。 必死でヤマトの針路を保ってがんばっている島ですら。 格納庫で愛しい娘の動向にココロを痛めて息を潜めている加藤ですら。
罪を引き受けることと。
罪を引き受けられずに滅亡の引き金を引くのと――。
どちらが、罪が重いのだろうな……。
『きゃぁぁっ!』
ドラマの幕切れのように、突然の悲鳴が切り裂き、判断は意味をなさなくなった。
古代は反射するように顔を上げ、艦橋の止まった時間はまた時を刻み始める。 まだ、生きているのかもしれない。だが、動かなくなったように見えた澪は、 自らの犠牲で古代を二重に救っていた。
波動砲が火を噴き、そこをヤマトは通過した。
誘爆が起こり、星そのものが崩壊していく――それは、命の終わり。命の始まり。
この戦いほど、あとに謎と割り切れなさを残したものはなかった――。われわれが戦ったのは、 何だったのか?
われわれは、何を失ったのだろう?
愛しい、娘。
号泣する彼の隣で、何もできなかった自分を。それでも彼女は忘れないだろうか。 お父様、幸せだったわと言ってくれるだろうか。
――泣けはしなかった。
だが、一人になり、地球へ向かう艦の中で、静かに近づいてきた若い盟友が言った。
「誰も――わかちあうことはできません、真田さん」
彼もまた、前の戦いで大切な人を失っている。
「ただ、泣いても、いいんじゃないかと思いますよ」
――若年のくせに、生意気な。そう思いながらも、あぁ、と答えた。
彼も、自分も。
泣ける場所などないことを知っていたし、それだからこそ、その言葉は重かったからだ。
「素直に泣けるあいつが羨ましいと思うことはありますけどね」
くすりと笑むような雰囲気を見せてその男――島大介は隣に並んで星を眺めた。
「そうだな…」
それが揶揄でも皮肉でもないのもお互い、承知。そうして、ぽっかり空いた胸の中の哀し みの空洞を意識している互いなのだ。
「――あいつが泣くやつだから、救われるのかもしれない」
ボソリと彼は言った。
同じことを真田も感じたが、口には出さなかった。
「だからといって、遠慮は無用なんじゃないですか、真田さん」
こいつはこんなところ、妙に気が強い。
「呑み込むと後に引きます――貴方は、俺たちの支えなんですから」
その方がよほど重いぞ、と思いながらも、彼流だろうその思いやりとも聞こえる言葉を受け止めた。
短いが、静かな時間が流れた。
「――俺はもう少し、優しくしてやればよかったな…」
「島――」
辛く当たったとはいわないが、優しかったとはいえない。 事情を知らなかったのだから当然ともいえたが、 ユキの代わりのように古代にまつわりつく彼女を疎ましく思わなかったといえばウソになる。 そうして金髪碧眼の彼女に、かの人の面影を重ねなかったかといえば……「うそだな」
「え?」と真田が目を上げた。
「なんでもありません」
二人とも、古代に救われました。――それがたとえ、結果オーライだったとしてもです。 あいつはそういうやつ――強運の持ち主で、ヤマトの戦神なんですから。
島はそう言うと微笑んで、その場を去った。
澪。
宇宙は冷たくないか?
守――。
真田はまた宇宙へ目をやると、ぐいと顎を引いて、その場を後にした。
【Fin】
――17 Feb−01 May, 2011