air clip 男の涙。

・・don't cry, 2201・・


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【13. 涙を止めもせず】


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:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.13



 「女ってぇのは、嬉しい時でも泣くもんなんだな…」
「あぁ?」
相棒の加藤三郎が似合わねぇことを言ったので、 山本明は体をもたせかけていた柵からひっくり返りそうになった。
 地球での会議にそれぞれの基地から呼ばれて来て、帰りの便が出るまで1日の休み。
なんの因果か相変わらずこいつと顔つき合わせてる理由もわかんねーが、 実家に帰るったってな。そこで居心地がいいというわけじゃない。 やっぱりとっとと出てきてしまってこんな風にしている俺たちなのだ。


 「なぁんかあったのかよ」
会議は2日続いたが2日目は半ドンだったのでそれぞれ実家に顔くらい見せるかと別れて散った。 鶴見の実家は少し遠いんで直接明日、宙港に来るそうだ。
「――あぁ。妹の結婚が決まってさ」
「ほぉ? そりゃめでたいじゃねーか」と答えてから山本はん?と頭を捻った。
「妹って、おめーに妹なんていたっけか?」「あぁ」
「どこの貰い子だ?」「二番目の兄嫁の詩織姉の妹だ」「???」
わっけわかんねーウチだな、と山本は思う。大家族の上に親戚の親兄弟まで仲良し。 文化が違うってこういうこと?
 「そりゃ、男は嬉しい時は泣かないな」
山本がぼそりと言うと加藤はうん、と言って肘に顔を乗せた。


 再生されつつある地球――その復興ぶりはあまりにすさまじく、 東京メガロポリスに居るのは気持ちが滅入った。久々の帰還ではあったが、 月に居る彼らはめったに地球へ戻りたがらず、辺境の狼を気取っている。 それは地球へ戻ってこちらで暮らせるのなら、願ったりだったのだろうが、 そういう恩恵も与えられなかったのだ。
 緑化推進地区、というのも併行して進められていて、海や森林、生物の復興は、 慎重にだが強力に推し進められていた。どこか歪んだままではあるが――。
 そんなわけで加藤と山本はその緑化推進地区の放牧場にいる。風が心地よく頬を撫で、 草が(半分は促成栽培の移殖、半分は芽が出たかどうかというところ)風になびき、 そうして土の感触が足の裏に心地よかった。


 ちょうど加藤の帰省と合わせるように二郎兄の未亡人・詩織の妹が訪ねてきていた。 戦前から付き合いのあった相手との結婚が決まったとかで、嬉し涙に暮れていたのだという。 それは急激な放射能汚染と地下都市生活で互いの行方がわからなくなっていたこともあり、 無事、再会できて家庭を持つことができる、というこの時代特有の事情もある。  「本当に良かったわね」
 詩織姉や桂姉、両親たちや姪甥までの祝福を受けて、ほかに親類縁者の居ない詩織の妹・佳織は、 本当に喜んでいたらしい。


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 「お前って、泣いたことある?」
真面目な顔して加藤は山本を見た。まっすぐな瞳。 あぁ爽やか好青年だぞ――俺はお前のそういう顔は見たくねー。弱い? うんにゃ。 暑苦しいだろ。
「――あるよ」
「へぇ?」
 意外、という顔をして加藤は言った。山本明といえば訓練学校時代から皮肉屋。 女にも男にものタラしで、笑顔は素敵だがクールの評判。 しかし卒業し戦闘屋になってからは本性発揮し冷徹そのもの。感情を表さない鉄面皮で、 ふだんは冷静で、その美麗な容姿もあって冷たい印象すらあるが、怒らせれば烈火のごとし。 泣く、などという感情からはほど遠いように思われたからだ。
 「一人でこっそり?」
「そんなものは俺の美学にはない」
「――じゃ、誰かと一緒のベッドの上でか?」
「阿呆」これは言葉と一緒に殴られた。
「いってぇ〜」涙目になる加藤である。
「阿呆なこと言うからだ」冷たい山本。


 山本はふっと言葉をとぎらせて空を見上げた。


 愛してた相手と別れなきゃなんなかった時だよ――。


 言葉には、出さなかったが。出した言葉は
「良い音楽、聴いた時とか、な――」
ほぇ?
 それこそ、似っ合わねぇ……。そう思った加藤。


 風が心地よい――長い前髪をなぶるように吹きすぎる。
「……こんな地球なら、いいよな」
山本がそう言うと、
「あん?」話題についていけない加藤。
 つながれていた馬の手綱を取り、口輪をつかむと山本はひらりと騎乗した。
「お、おい……」
加藤だって馬くらい乗れる――いや、そりゃ運動神経の塊といわれたオレサマだからな。
 とはいえ、きちっとその姿まで様になる山本とはだいぶん差があったが。
 風に乗るようにして駆け出した山本とその馬を加藤も追った。


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 このご時世、馬に乗れる、などというのはすでに特権階級だ。
 加藤はそんなご身分ではないが、単にご縁があったにすぎない。一度か二度機会があれば、 加藤の能力ならあっという間だ。動物にだって好かれる――BTよりは乗るの簡単だしよ、 というのが彼の持論。
だが山本はおそらくそういう教育も受けているとわかる。
(どういう育ちしてやがんだか――)


 そういえば答えを聞いてなかったな、と加藤は思う。
山本が泣く? 泣かせるならわかるけど。
――そういえば自分は泣いたことがあったかなと思い返す。子どもの頃以来、記憶がない。 戦闘機乗りだった爺ちゃんが最初の大戦で死んで、そのとき、わけもわからず大泣きして以来、 泣いた記憶なぞない。ましてや軍隊なんぞに入ってからは――。
 「なぁ」
 カッカッと隣に並ぶようにして戻ってきながら山本が言った。
「……俺たち中で一番の泣き虫って誰だかわかっか?」
皮肉な笑いを貼り付けて言った。
「――そりゃあ」
 「「古代だろ」」
声が重なった。


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 古代進は感情が表に出やすいやつだ。


 と、加藤も山本も思っていた。
だが、「本当は、そうじゃねーよな」というのも、 二人は顔見合わせて互いにそう思ってることがわかった。
 暗い感情は表に出さない――自分のマイナスは。見せない。どこか、ヤツの中にある孤独を、 いまの俺たちは知っている。
「よく怒るし」「喧嘩するし」「島と怒鳴るし」
「女にゃ弱いし」「まったく」
「ど〜しよーもねぇやつだけどな」
 二人は顔を見合わせた。
 「艦長代理んなって、エラく大人んなったと思わねぇか?」
加藤が言って、山本はふっと顔を曇らせた。「――どうだか、な」


 だけど、あいつは泣くんだ――
 山本がぼそりと言った。
 そうだな――。
 加藤も馬の足を止めて、言った。


 風の中に、二人、立ち止まって空を見上げた。
いい、風だな。


 「あいつさ、戦闘班長のくせに」
「あぁ――人が死ぬたびに、ぼろぼろ泣きやがって」
涙を止めもせず。
だから。
 情けねぇやつだと思いながらも、こいつなら、俺が死んでも泣いてくれるのかなって。
 敵さんが口、開けて待ってる地獄の釜の中。
加藤こいつ古代やつのあとなら、 飛び込んで行ける――みんな、そう思って戦ってきた。
カリスマで、オーラがあって、すげぇやつで――。
 あぁ、そうだな、と加藤が言う。
 だけど。戻るとな。戦闘が終わって、人に戻るんだ、あいつ。
 そうだ――だから俺たちは。ヤマトで、にならずに生きられた。


 古代ならきっと。
 俺たちが星になって散ったら、泣いてくれるだろう。屍を踏み越えて、前に進むだろう。 俺たちの生き様を、無駄にはしないだろう――。
 ふん、どうしてかな。あいつが死ぬような気だけはしないよな。

 そんな話をした、束の間の。1年の“平和”という、 不思議な時間ときの中――。


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 「古代――」
 白色彗星の本体へ向かう瓦礫だらけの通路で、加藤三郎は思わずその同期の、年下の上官で友人、 に呼びかけていた。
「――突入する。頼むぞ」
その表情には何も、浮かんでいない。悲惨さも、気負いも。
そうして先ほどの非業な声も忘れたかのようだった。
 平常心――なのか? 誰よりも頼りになる、年下の相棒。


 『山本ぉぉぉっ!』
目の前を空転して突っ込んでいく、火を噴いたCT二番機を目視して、俺たちは咄嗟に叫んだのだ。 俺は――山本を、失うなんて。考えたくもなかった。
だが、なぜ、古代の声はあんなに通るのだろう――。
あの声が、耳に残り、俺たちは絶句した。


 そうして考える間もなく、白色彗星を攻める。垂直に、上から、まるで直滑降のように。 そうして辛うじて生き延びて、此処にいた。――次の瞬間、どうなるかはわからないまま。
 最後の戦いが迫っていた。


 「行こう」
駆け出していく古代の背を追って、俺たちはヤマトを飛び立った。
本当に、これで最後の戦い――命を盾に。もはやこれしかわれわれは持たないのだから。
(真田さん、古代――あんたたちに賭けるからな)
 愛しい人の面影も、星の中に散った同僚も、親友の鮮やかな敬礼も――皆。消えた。


 「加藤……加藤ぉっ! 加藤、かとぉ〜〜っ! 目を、覚ませ。ヤマトに、着いたんだぞ?」
静かに声をかけ、そうして次第に激昂する古代の声が、加藤三郎の耳に届いたのかどうか。
 その時、泣くことのできなかった古代進は――そののち。彼らのために泣けただろうか?  こらえた涙の量だけ、人は孤独になるのだろうか。歴戦の勇士、“ヤマトの古代”。
そうして、その、人類史上最も悲惨な戦いは――ヤマトの敗戦で終わった戦いは終わった。


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 地球は、辛うじて、救われた。
 多大な犠牲の、果てに−−。


【Fin】
――02 May−12 July, 2011

=あとがき #13=
 
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背景画像 by「La Bise」様


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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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