【14. 誰にも言えない】
:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.14
「入ります」
よく響く馴染み深い声がして、古代進はしばしの物思いから我に返った。
「――あぁ、入れ」
ぞんざいな口調なのは偉そうにしているわけではない。相手が気を許した人間だからだ。
「――どうした、副長」
この時間は報告事項はないはずだがな。なにかあれば事前に一報してくるだろうことは、 律儀なこの親友の習慣ともいうべきものだ。
「……話が、あるんだ」
無表情というべきか、阿吽でわかりあえる間柄の自分たちでも読めないこともある。 だがこういう顔をしている時は、逡巡しているのだ、と長い付き合いの古代にはわかった。
「艦長――いや、古代。あのな」
個人的なこと、のはずはなかった。なのに古代と呼ぶ。 ……それは島なりの責任の分かち合い方だと、このあと古代は知ることになる。
「もうじき、探査予定区域を終える……だろ」
「あぁ」
頷いた。
そうだ。地球防衛軍本部から送られてきた探査マップの中、 ヤマトは早々に区域の惑星・衛星を片端から調査し、時には戦闘に巻き込まれながら、此処まで来た。 残りは撃沈されてしまったものもあれば、そのまま行方不明になったものもあり、 そのような宙域には人は住めないだろうとツブされてきたのである。
ヤマトが“最後の希望”となりつつあった。
あぁ、それでか――古代は島の意図を悟った。迷いの意味も。
本来、彼の立場なら意見は上げる。調査もする。そうしてどんどん具申もする……が。 最後の決断は艦長に委ねてしまえばよい。そういう職分であり、権限なのだ。
だが彼は……その古代の胸中まで慮っているのだ。
ヤマトの三羽烏。真田と島と古代。3人がいてこそ動くヤマトだと、誰もが知っていた。 公的にも認められたほどにその合議制に近い三角形は理想的に保たれており、 長い付き合いの第一艦橋メンバーですら、そう思っている。
だが実際には、古代はやはり、“艦長”だった。
――艦長代理だった頃とは、重さのずしりと違う、“ヤマトの艦長”なのだ。
真田は導き、提案する。島はまとめ、調べ、意見を言う。それは一見、対等な関係に見える。 だが……最後の決断は、常に古代が下してきた。
もちろんそれに反対する権利も義務も、二人にはある。……あったが、 古代の下した決断に反したことはない。それが信頼関係であり、職分であると、互いは知っている。
だからこの時も――任せてしまえばよかったのだ。
「古代、どうしたらよい? お前を信じる」と言ってしまえば、 島は責任を負わずとも済む――少なくとも、心の中では。人としては。
しかし島は、古代と同じ地平に立とうとしていた。
「島――」平生と変わらない口調で、古代は言った。
「もうじき、“最後のひとつ”を調べる瞬間が来るな……」
「こだい……」
古代は舷窓へ歩み寄り、島をそこへいざなった。
二人で並んで、宇宙空間を移す硬化テクタイトの窓を眺める。
――それも、珍しいことだった。島はこの艦長室では、常に古代に相対するか、一歩引いていたからだ。
「……なぁ、古代」
先に語りかけたのは島だった。
「言えよ?」
「ん?」
と古代はその口調に島を見やった。明るい瞳を彼に向ける。
――いや、悩んでいた。身をよじるように、やせ細る思いで、といってもいいだろう。 だが一瞬、島がそう言ったことで、変化したのだ。その言葉に含まれた想いを感じて。
「――お前、どうしたらいいと思う?」
誰にも言えない。
言ってはいけない、と思っていた科白がするりと口から出た。
「ん」
島にも答えがあるわけではない。
「――可能性の低かった惑星を探査し直すか……もしくは」
「もしくは?」
その可能性を、古代も考えなかったわけではない。
“脱出船を作る――”少なくとも、どこかで建造されているはずの地球だ。このヤマトが当初、 そういう目的であったように。
「ボラーやガルマンに含まれる星域はどうにもならないが…」島が続けた。
「可能性60%だった惑星を、大改造すれば、少なくともドームの中で人は住める」
「そうだな……」
だがそれが現実的だろうか。
ひとつには、間に合わなかった。
もうひとつは。
「――お前、ヤマトが別の任務も与えられていたと言ったらどうする?」
島は一瞬、その黒瞳を大きく見開いたが、次にふっと笑った。
「――俺が知らないはずないだろ? 知らない。だから、無いさ」
くすりと古代は笑い、
「まぁ、そうだな」と言って親友の肩に手を置いた。
ヤマトだけでもそのまま行け――。
出発してから、長官を通じてそういう秘密メッセージを古代は受け取っている。 ヤマトには遺伝子プールも積み込んである。それを、真田も、島も、森ユキも、知らぬはずはない。 だがそれを実際に運用せよという指令が出ていることは、古代しか知らぬことだ。
答えがあるわけではない。
だが、最悪の場合を想定して最善を尽くすのがリスクマネジメントであり、 リーダーたる者の最低限の務めである。――いくら破天荒な、しかも若い艦長だとはいえ、 古代進とて軍人であり官人の端くれだった。
(だから、考えなくてはならない――)
一部を切り捨てて、人類という種を生き延びることに専心するか。
可能性を広げるために、敢えて死への行進に等しい行動を起こすか。
属国になるのを覚悟で、他の帝星国へ助けを求めるか――とはいえ、現在、 親交があるのはガルマン=ガミラス帝国だけで、建国途上の総統・デスラーの現在の力量は、 必ずしも安定したものではない。さらにはいくら同盟に近い関係があるとはいえ、 相容れないものがあり、その傘下に下って他星系と事を構えることは、現在の地球ではあり得ない。 ましてや古代進自身に、そのつもりもなかった。
(われわれは戦うべきではなかった――)
その反省は、常にあり、敢えてその道をたどるよりは、 人類は死を受け入れるべきかもしれないとすら思うのだ。
だが古代進は、受容を善しとしない。
「古代?」
沈黙を見咎められて、島の声にわれに返った。
「――ありがとう、お前も何かあったら言ってくれ」
「あぁ……古代」
なんだ、と返す。
艦長だからといって、全部背負い込むことはないんだぞ。
それが言いたかったのだろうか。そう言うと島は、
「時間を取らせたな」と言って背を向ける。
――お前が背負うのは“ヤマトの艦長”だけでいい。 いくらヤマトがそれを負わされているからといって、地球の運命まで背負うことはないんだ。
それは島の優しさだったろうか。
重荷を分かち合おうとする自負だったろうか。
誰にも言えない。
島の去った扉をみやり、古代はまたその言葉を反芻する。
イスカンダルへの、絶望の淵をたどるような半年の航路。その中で――未踏査地域を、 地図を作りながら進んだ航海班の物凄さは、マップの揃った地域探査を行っている今になって、 改めて思い知っている。
沖田艦長にすら問われていたではないか、島は。そうして彼が、 答えに躊躇したのを古代は見たことがなかった。
どれだけの想いに、重荷に耐えていたんだろう、やつは――あの、18の頃に。
(俺は、責めるだけだったな)
自重も沸く。
言えない科白。
「わかりません」――それだけは島の口から言うことのできなかった言葉だった。
俺は、といえば。
「できません」
が言えなかったなと思う。どんな敵中でも、可能性のなさそうな特攻でも、 行くしかなかった。真田さんや、加藤(三郎)の助けがあったとしても。
だから。
きっとそれはあったのだ。森ユキにも、佐渡先生にも、加藤や山本にも。 「誰にも言えない」言葉が。
だからこの旅は成功させなければならない――意思だけで成せばなるのなら、どんなことをしても、 し遂げてみせるのだが。
艦長・古代はもはやそれは夢だと知っている。
そうしてデスクに座ると、データを眺め始めた。少しでも、判断の助けになるように。 最後の探査区域へのワープまで、あと数時間を残すばかりである。
【Fin】
――13 July, 2011