air clipごとの声

・・on the Earth, 2195・・


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【15. その声が聞きたくて】


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:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.15



 古代守は頭をひねりながら学校の通路を一人歩いていた。


 教室の移動時間――教官に呼ばれての帰り。ふだんならもう少し急がなければ次の講義に遅れる、 など考えているところだったろう。
 いや、この男のことである。颯爽と歩く。 すれ違う者や遠く柱の影から(?)眺める女たちがハート交じりの視線を飛ばす程度には、 いつも颯爽としているのが古代守である。
 もちろん、考え事をしている姿も、見ようによっては“素敵”なのである。
 いつも明るい色を湛えている彫りの深い顔立ちに若干の陰影が加わると、 それはそれで“見とれる”やつも出てくるだろう。それはまたそれなりに注目を集めていることを、 珍しく本人は気づいていない。


 古代守の悩みは、ある意味、深刻であった。


 ここのところ妙な夢を見るのだ
 (あれは、誰だ?)
 見たこともない美女――だろう、おそらく。なんとも甘い声が耳元で囁く。
 (・・・どうも、妙だ)。


 軍人たるもの、快食・快眠・快○。悩みは即座に解決し、長く持ち越さない。即断即決!  それがストレスを溜めず、心身を鍛え、宇宙に役立つ男になるための身上なのである。
 だから古代は悩まない男であった。――いやそれではまるで阿呆ではないか。 思慮が深くないわけではない。熟考するときはそれなりに考えもするが、 いくつかの解決法の筋道を立て、いろいろやってみる。 うじうじ抱え込んだりはしない……ということなのである。
 だから時折、(常人には)常軌を逸した行動に見えることもある、が。当人は極めて理路整然、 質実剛健、頭脳明晰――の男(のはず)なのだ。 現に、成績優秀にして将来は幹部候補生を期待される、地球防衛軍・士官候補生の“星”だった。
 同期の中でもその有能ぶりは抜きん出ている――と言いたいところだが、類は友を呼ぶ、 とでもいうのだろうか。古代守の同期は、なかなか“愉快”な者たちが多いのは、 喜んでよいのか悲しむべきなのか、、、の教官たちである。


 その“同期”の一人――科は違うが、早くも「地球一の頭脳」とか「生きるコンピュータ」とか、 あるいは「マッドサイエンティスト」とかの異名を取る親友・真田志郎。


 「なんだと? 毎晩、妙な夢を見る?」
 昼飯を(珍しく)一緒に食いながら、古代守はいつの間にか真田志郎にそんな話をしていた。
 読めない表情をしているな。
 カレーを口に運びながらふと目を上げると、真田がじっと古代を見ていた。ぶっ、 と吹き出しそうになった古代である。
 「どうした? 真田」
「あぁ……お前でも、夢を見るのか」
驚いたのは古代の方だった。


 真田は、自他共に認める超現実主義者リアリストである。 それは当然、そうだろう。 天才といわれる科学者なのだ。科学者はロマンティストだという説もあるが、 この男には当てはまらない。実験・実証・計算、事実の裏づけ。 それがないものは何も信用しないのが、この男だからだ。
 「それで、どんな様子なんだ? 声は? 高いのか、低いのか?」
古代は絶句してカレーを運ぶスプーンの手を止めた。
「真田、どうしたんだ? お前がそんなことに興味を持つなんて」
「……ん? 俺に相談したかったから話したんじゃないのか?」
無表情といわれる顔の表情を変えぬまま、真田志郎はそう言った。
 もちろん、古代だとて話を聞いてもらいたいと思ってはいた。 だが真田がまともに取り合ってくれるとは思わなかったし、一笑に付されるか、 健康診断でも受けろといわれるに違いないと半ば思っていたからだ。


 「い、いや……俺だって美女の声には興味がある」
と真田が言ったものだから、古代は今度は、真田が熱があるのではないかと思った。
「――おぅ。お前もやっと人間の美女に目覚めたのか? ロボットだけじゃなく、 人間のオンナもいいものだぞ?」
少し話がズレている気もするが、古代は親友のためにこれは喜ぶべきだと思った。
「それでな、それで、だ――」
仔細に話し始めた古代である。だがまぁたいして話すことはなかったのだが。なにせ朝起きると、 その声の雰囲気や、囁かれてゾクゾクした、とかそういう“気分”しか覚えていないのである。 声は……そうだなぁ、少し低かったとか。若干金属的なザラつき感があった、とかは、 さすがに“覚えていない”とはいえ、女性に関する記憶力には右に出る者のない古代の、 面目躍如というものだろう。
 違和感といえば、真田がその古代の話を中断もせずに聞いていたことだ。
 だがけっして、その“古代守の夢枕に立つ美女”に対して、 興味が沸いたわけでもなさそうであった。


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 三日後。
 古代守は再び訓練学校の通路を歩いていた。外は良い天気で、 午後からは張り切っての実習――と言いたいところだが、苦手な戦闘機である。しかも、実機だ。
 もちろん古代は一通りのことはなんでもこなす。戦闘機だろうが戦艦だろうが小型艇だろうが、 なんでも、である。だが本当は。
(実際に手で動かすよりは、動かしてみせる方が面白い――)
指揮を執っている方が楽しいのだし、搭乗するのも小さいよりも大きい方が好きだった。 将来は戦艦勤務をしたい、と本気で考えている古代守である。 だからといって憂鬱なわけではないが、地上戦の訓練ほど心弾むわけでもない。 それなりに緊張するのだし、それにもうひとつ理由がある。 戦闘科でもなんでもない真田に負ける……もとい、 僅差だったりタイに並ばれるのが許しがたいのだった。
(あいつはどうしてあぁ、メカが絡まると腕がいいんだ? いや、銃だってそうだ。 俺より強くなんぞならんでもいいわ!)
 内心、かなり愉快ではない古代である。


 だが通路を歩いている古代はもう少し別の物思いがある。
 実際、健康診断を受けた方がいいのではないか、と思い始めたのだ。さすがに“あれ” が三日続いたら正気を疑う。
 これが後の時代――弟の進が活躍する時代になれば、すわ、
『宇宙から、謎のメッセージか!?』
など騒がれないわけではないが、この時代、地球はまだ平和である。 しかも、人間の脳に直接アクセスしてくる可能性のある、 太陽系外生物の存在など認知されていない。


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 さてこちら真田グループの研究室。――深夜に集まって何をやっているのだろう。
 ご一同様が顔をつき合わせて、秘密(らしい)会議の最中である。 中央に置かれているのはなにやらわけのわからない機械だが、その端末はさまざまにつなげられており、中央コンピュータ(だろう、きっと)の奥深く潜り込んでいるといわれている。


 「わかるか?」
「おう……ちょっと待て。ここを、こうやると、だな」
コンピュータの中央の表示板には微妙な波形が現れている。


 『んん……ふぉ……にひゃひゃ……んっ、むひゃひゃ』


 実に不気味な掠れた声が、小さなスピーカーから流れ出てくる。
「これは? あいつの声か?」
「はい、気づかれないように数箇所、高性能マイクを仕掛けてきました」
後輩らしきヤツが白衣を着たままびちっと敬礼して言ったが――おい、それは。 聞きようによっては犯罪ではないのか? という疑問は誰の頭にも浮かばないらしい。 皆、真剣な顔をして計器を囲んでいた。
 「――よぉし。これでこの××でアクセスすれば、脳波に影響して人間の夢をコントロ ールできる可能性・・・が出てきた」


 「――しかし、これって健康や精神状態に影響はないのでしょうか?」
ごく深刻な声で、しごくまっとうな意見を言う者あり。だがそれは採択されなかったらしい。
「大丈夫だ――少なくともあいつに影響などない」
妙にきっぱりした声は、このチームのリーダー(らしい)真田志郎。
「しかし、ひいては民間人に応用するのであるとすれば…」
「それは研究レポートが認められてから考える」どこかズレている。
 その間も、脳波の動きは続いていた……と。
 「真田さんっ! これ……」
驚愕に目を見開いた指差す先の波形が、ぴーっとある一線を示した。
波形がなくなる――つまり、普通なら死、である。
「ま、まさか」
「い、いや。こんなことで死亡するはずなどないっ」
わらわらとあわてる一同。
 そのとたん、である。


 ガラッ!
 と扉を開ける音が深夜の研究室に響き――文字通り、メンバーたちは心臓が止まりそうになった。


 「真田ぁっ!!」
怒りに目を見開いた古代守その人が、寝巻き姿のまま(とはいってもここは訓練学校。 いついかなるときでも“出撃”できるように、簡易な体操服、といういでたちであるが) 扉の処に立っていた。いや、ずかずかずか、 と音を立てるような足取りでずんずんと部屋へ入ってくると、配線ケーブルに手を伸ばす。
 咄嗟に気づいた者が羽交い絞めにしなかったら、すべてのケーブルを引き抜いていただろう。 「真田ぁっ!」
古代はさらに、そいつらの腕をぶん、と振り切ると、今度は真田志郎めがけて突進した。


 殴りかかる古代と受ける真田。
 くんずほぐれつの取っ組み合い――周りは恐ろしくて近づけない迫力であった。
 なにせ古代守は戦闘科の優等生。中でも白兵戦は得意中の得意である。 エリートとして養成された彼らは、生身での私闘は禁じられている――それほどに、 体そのものが“生きる凶器”なのである。
 ところが、何故か科学部の真田志郎。彼も戦闘成績は一級なのだ。 特にメカニックを扱わせれば――戦闘機など――戦闘科にも引けを取らない。 さらには白兵戦その他、肉体を使った格闘技なども古代と良い勝負といわれている。
 そのウワサだけを聞いていた後輩・同級生たちは、その二人の“戦闘”を見て、 慌てて通報したのも無理はなかった……。


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 翌日。


 真田は厳重警告を受けて、一週間のメインコンピュータ使用禁止。外出禁止。反省文の提出。 ――入学以来、初めての失態である。
 理由は、“いかな科学のためとはいえ、許可なく人体実験するとは何事か”。
 古代は戒告で済んだが、私闘禁止を破った罰として、半日の自室謹慎と課題の提出。


 「なぜ、俺まで罰を受けるのだ!」
 反省室で2時間の“課題提出”に取り組んでいる古代は、正座して、 向かい合わせでやはり同じように課題を進めている真田にむっとした顔で問いかけた。
「――お前の体は凶器だ、という自覚がないからだろう」
その真田の顔は、殴られた跡であちこち腫れぼったい。
 「科学こそ凶器だと思わんのか。俺があのまま精神状態でもおかしくなったらどうしてくれる」


 真田は不思議そうな顔を上げた。
「――お前は喜んでいたではないか。最もお前向きな材料を使ってみたつもりだが」
この男、罪の意識などまるで無さそうである。
 確かに、美女の声――というのは古代守向きといえばいえた。それだけに罪は重い。 実際に、古代好みだったのだ。蕩けそうになったといっても過言ではない。 低くハスキーで、大人っぽい。そうして囁いた科白は……あぁ思い出すとゾクゾクする。 それだけに悔しい古代守なのであった。
 それに、絶対に知られたくない、と古代が思っていたのは。


 その声が聞きたくて。


 毎晩、眠りに就くのが楽しみだった……などということは、 真田にだけは知られてはならなかった。


 「……あの声、どうやって作ったんだ」
「――あれか」
真田は何故か少し赤くなった。
どこかで拾ってきた実際のモデルがいるとかだったらいいな、という下心のある古代守。
「早く言え。罪滅ぼしだろう」
「……ならば、言うが。他言無用だぞ」
「おう」


 あれは、俺の声だ。


 その途端、反省中だというのを忘れてガタン、と立ち上がった古代。
「俺の声をヴォイスチェンジャーにかけて変換し、様々なバイアスをかけた。 ……メンバー全員でやってみたのだがな。女もいたが、なかなかぴったりしたのがなくてな」
おい、どうしたのだ、と見上げると、顔面蒼白の古代がふるふると震える腕を構えて立っている。
「また追加課題になるぞ。筆を振り回すと墨が飛ぶ」
 そう。二人は板敷きの上に小さな座、その上に正座して“写経”しているのである。 なぜこの時代に仏教の写経なのかはわからないが、指導教官いわく「聖書でもいいぞ」
つまり、ありがたい経典を心静かに写し、わが身を反省する、ということの方が大切だという。


 訓練学校の中にあるとは思えないほど静かなお堂の中。
 怒りを通り越してがっくりと座った古代守の前で、涼しい顔をして写経を続ける真田志郎。 ――こいつと親友になった俺が間違いだったのかもしれない。 一心不乱に写経を続けようと墨をすり直す古代守であった。


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 後年。


 古代自身が艦長を勤めた駆逐艦《ゆきかぜ》が戦闘に破れ、イスカンダルに救助された。
――意識を失った彼が耳元で囁く声に惹かれ、地球の運命をある種、変えるに至った――その、 宇宙を超えた愛……が、この時の無意識下への“刷り込み”による……とは考えたくないものだ。


 この後、二人を襲う運命をいま、誰も知らない――。


 もしかしたら宇宙の神様の、いたずらなのかもしれない。 決して真田志郎の仕業ではない――と思いたい。


【Fin】
――24 July, 2011

=あとがき #15=
 
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背景画像 by「La Bise」様

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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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