butterfly icon黄金きんの髪の記憶

・・After The White-day on the Earth, in April 2203/Parallel world・E・・



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【16. 懐かしい髪の記憶】


−−パラレル・E/島大介とテレサのpre新婚生活♪


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 あ。
 ぽつりぽつりと窓ガラスを叩く微かな音がした。
 雨が降ってきたのだな、とテレサは思う。


 東京メガロポリスの端っこ、外につながる不思議な空間の中。軍施設タワー という名の基地の外れの官舎の一角に、いま、彼女は暮らしている。 洗濯物を外に干すなんていう必要もなく(とはいえ、そういう感覚はもともと知らないのであるが)、 全天候・空調完備のドームの中。それは宇宙で暮らしているのとまるで似ていた。
(だけど、違うわね……)
何度も痛めつけられたこの惑星ほし――地球では、 “自然を忘れるな”もはやこれは強迫観念に近い。
 ドームは開閉し、外の自然をそのまま受け入れる。
 なんといっても、ドームに囲まれているのは東京メガロポリスだけで、郊外へ出れば、 自然のままの地球の中に、人々は少しずつ小さな町を作って住んでいるのだ。
 もちろん、その密度は大戦前に比べると遥かに低い――現在の地球の人口は、 最盛期の百分の一とか千分の一といわれるまでに減り、都市機能を保つためには、必然、 人はある程度、固まって住まなければならなかった。


 しかしそんな地球の事情とも、彼女は遠いところにいる――。
 官舎の奥深く、あまり人目に触れない場所にある、静かな佇まい。
 それは“彼”が、彼女のために特別に見つけてきてくれた場所――ここぞとばかりに“特権” を行使したという珍しい事実付きで。彼女の現在いま、いるべき場所だった。


 “いるべき場所――”?
 そう、かしら。
 本当に、そう、かしら――。


 テレサはいまでも時々、ふっと自分の存在が不確かになる。
 意思の力と、願いをもって再生したようなこの体。
 地球に引き寄せられ、宇宙そらに現れたところを受信されなければ、 あのまま消えてしまっていたかもしれないのだ。そして別にそれを、 苦しいとも、ひどいとも思わなかった。存在そのものが希薄なのだろう。
 だけど。
 私を此処へつなぎとめているもの――。


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 「ただいまぁ〜!」


 よく響く、だが底抜けに明るい声がして、玄関の空気がざわめいた。 部屋の中に、一気に湿気が入ってくる。
 それだけでない。
 部屋の空気そのものが、ぱぁっと変わった。光が差してくるようで、 思わずテレサは振り返ってそちらを見た。


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 島大介が、にわか雨に降られて官舎の外れにある自宅へ駆け込んだとき、 テレサは部屋の明かりもつけぬまま、じっと雨の音を聴いていた――ように見えた。
 雨が降るといつもそうだ。
 彼女の暮らしていた星には、雨は無い。ただ荒涼たる砂漠と岩――それを作り出してし まった彼女。そうして鍾乳洞の中に一人隔離され、長い年月を暮らしてきたのだ。
 雨は何かを思い起こさせるのだろうか――。
 そんな思いもあって、慌てて帰ってきた。
 いや、一緒に暮らし始めてから一月ひとつき。 いつも大介は帰り道を急いでいる。
 一緒にいないと不安だから――いや、確かに最初はそうだった。だが、いまは家に帰るのが、 彼女に向かって走るのが楽しくて仕方なかった。
 単なる恋愛ボケとでもなんとでも言うがいい。――つまり、“幸せ”なのである。


 振り向いたテレサの表情が、ふっと緩み、まっすぐに自分を捉える。
 その瞬間、体の底から、なにか愛しいものが沸いてきて、大介は駆け寄り、 腕の中に包み込まずにはいられなかった。
 「テレサ……ただいま」
 ぎゅ、と抱きしめてから、いつものように彼女はきょとんとして尋ねる。
「雨の、匂いがします――」
濡れてる? どきっとして大介は衣服を改めたが、テレサはくすりと笑うばかりだ。
「……違います。雨の、匂いなのですわ。濡れてるのは、ほら、ここだけ」
髪と肩に水滴がかかり、テレサは改めて島の顔を見つめ上げた。
 じっと見て、大介が、ん? といった顔で見返すのをただ受け止める。
 (………まぁ)
 何故かぽっと赤くなった。
(すてき、というのでしょうか――)
 顔が、なのだろうか? 表情が、なのか。島が自分を見ているということそのものが、 なのかはわからなかった。ただ、何かが沸いてくる、そのじっと静かな時間。
 こういうのを、“らぶらぶ”という。


 島はそれに気づくと、自分も少し赤くなり、額にちゅ、と軽くキスを寄越した。
「あんまり見られると、顔に穴があく……」
テレサがちょっとびっくりした顔をして見返した。
「まぁ、本当ですの? それは、たいへん……どうしましょう?」
テレサにはまだ、冗談はよくわからない。
「――冗談だよ。そんなわけ、ないだろう?」
 ないこともない。テレサの場合は。
 願いだけで惑星を滅ぼし、祈りだけで全宇宙にメッセージを発し、 意思だけで戦いを終わらせた彼女なら。……もちろん、 宇宙の塵に還ったといえる時間ときと、その“再生”により、 ほとんどの能力は失われてしまったが……。
 いまは島によってのみ、生かされている、と感じるのだ。
 そしてそれが、テレサ自身の、意思でもあったから。


 テレサ――。
 しま、さん……。
 だめだよ? しまさんじゃないでしょ、俺の名前は?
 大介、さん?
 そう……慣れておくれよね。
 え、えぇ……。


 軽く腕の中に抱き込んで、柔らかな金の髪をなでる。まるで光のような触感のそれは、 雨の日だけは湿気を含み、普通の女性の髪のような感触がした。
 それが妙になまめかしくて、ゾクリとした大介。
 髪をなでてるうちに――いいかい?
 唇が耳元から顎をたどり、彼女のそれへ近づいた。
だいすけ、さん?
 もう、黙って――。
 し、と指を当てられて、あとは……。
 覗き見するのはやめておこう。


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 目を覚ました時には、雨は止み、さらりとした空気の感触がそれと知らせる。
 昨日はあのまま……。雨は、強くなったり弱くなったりしながら降り続き、一晩、 2人でなんとなく部屋で過ごした。早く帰れるからどこかへ連れていってくれる、 と言っていた週末の午後――テレサの出不精を心配した大介がそう言っていたのだが。
 かといって一人での外出もあまり喜ばない。
 S.P.という人たちを付ける――そういう約束になっているのだそうだ。 自分ひとりのためにキケンな目に遭う人がいると思うと、とても心苦しい想いがしたし、必然、 外へ出るのは億劫になった。
 しかしテレサはけっして暗い気持ちを持っているわけではない。
 部屋の中も好きだったし――ごく短い距離のマーケットへ買い物に行くのも新鮮だった。
 いまやネットの宅配を使えば、たいていのものは居ながらにして手に入るが、大介が 「“社会”とか“生活”というものも覚えないといけないよ」と言うので……。
 ご近所の人たちや(官舎ではない、商店街というところの人たちのことだが)、 あのあたりの子どもたちは、「金髪のきれいなお姉さん」と言って、いろいろ親切にしてくれる。 とくに“おばさん”という人たちはとても親切だ。
 テレサはそんなことが楽しくて仕方なかった。


 楽しい?
 そう。これが楽しい、という感覚なのだわ。


 それもまた、大介に名付けられて、初めて知った“感情”である。


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 夜明け前に目が醒めると、隣のシーツがひんやりとしていたので彼は慌てて身体を起こした。 ――消えてしまうのではないか。
 いつもいつも。
 腕の中に抱えていなければいけないような不安。それはまだ消え去ってはいない。 少しの間――つまり日中。あるいはちょっとした出張で離れていても、 もう扉を開ける時の不安は無い。 最初の頃はひどかった……遠くで暮らしていたり病院に居てくれた時の方がマシだと、 何度、島大介は弱音を吐きそうになったことだろう。一目散に家へ戻り、 腕の中に包まないと不安だったのだ――最初の頃は。
 そのたび、テレサはやんわりと微笑んだ。
 最初の頃こそ、彼女自身もホッとしたような風をして、ふんわりと力を抜くことがあった。 まるで大介の存在を――あるいは、自分の存在をか? 確かめるかのように。


 だが、人は、慣れる。
 大切な時間を共に過ごすことで――日常に、すべては日常という名の習慣に、慣れて、 埋没していくのかもしれなかった。
 そしてそれが人という生き物の逞しさだと――さて、2人は思っただろうか。


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 「テレサ――こんなところにいたのか」


 明け方の空気は冷えるよ、と言いながら、ベランダに月を見上げていた彼女の肩を、 うしろからふんわりと包み込んだ。
「ん……そうですわね」
少し笑って、振り返った彼女の髪がふわりと大介の頬を撫でる。
 あれほどの雨のあとだったが空気は案外乾いていて、さわやかなほどだった。
 「もう――春だな」
「春? ……そうなんですわね」
今年の春は少し遅い。いや、地球の地軸が歪んでから、季節の移り変わりは不安定なものになった。 だが生き残った日本列島では、やはりそれでも四季は巡る。 春・夏・秋・冬――またそうであってほしいと、そのすべてをテレサに見せたいと大介は思う。


 (髪――乾いたんだ)


 大介はテレサの髪に指を絡めた。――そうするのが彼は好きで。彼女はくすぐったがるのだが、 だがなすがままにさせていることが多い。
 (まるで、光だな――)
 雨が上がれば、彼女の髪はまた、どこか不思議な質感を帯びる。 光のような、風のような。もちろん実態はあるし切ることもできるようだが、常に長くのびた髪は、 栄養とは別の何かで保たれているような気がした。
 大介はいまはその実際を(知識では)知っていたが、実感したことはない。
本当に、光に近いのだ、とは――だが水を含めば髪になるのだ。


 どうしました? というような表情かおをして、 テレサの緑の目が見つめている。
 そんなことを考えていたことを――地球人とは違うのだということを考えていたことを、 彼は少し恥じて、また彼女の髪を優しく撫でた。
 「大介さんは、私の髪。好きですか?」
そっとテレサが言葉をつむぐ。
「あぁ……」
静かにかれはそう答えた。


 懐かしい髪の、記憶――。


 最初にテレザードでこの女性ひとをかき抱いたとき、伝わってきたのは、 腕の中で震えている一人の女性の、華奢で、だが熱い体温だった。
 だがその時もこの髪だけは、絡まるでなく、かかるでなく、 不思議な触感をもって大介の身体に触れたのだった。――あれから何度も思い出した。 死にそうになるたびに、この細い指と、抱きしめた体の細さと、そうして、 この黄金きんの力を秘めた、髪――。


 「雨は、好きだな」
「そうですか?」
ふんわりと、テレサが微笑む。
 彼女自身はわりあい湿気が苦手だということを大介は知っている。だけれど、 雨を眺めているのは好きだというし、それが大地を潤し、 地球の生命をつかさどっていることを学んで、それを思うと
「なにかしら胸が熱くなる気がします」と言うのだった。
 だから、雨は好きです――そう言う。


 こんな風に、普通の女性になっていってくれるだろうか。 
大介は横で微笑む女性おんなをそっと見下ろした。
 明け方に啼く鳥が、煩く森の向こうで騒ぎ、ドームを超えて向こうの山が赤く色づいてきていた。
「――今日は、暑くなりそうですわね」
テレサが言う。
「そうなの?」と大介は問い返す。えぇと頷く彼女は、
「出かけるのに不自由じゃありません?」と言った。
「出かける? ほんとう?」と言い、「大介さんがいやでなければ」と彼女は言った。
 休みである――少し遠くまで出かけてもいいな。
 そういえばこの一月。ゆっくり2人で出かけたことなどなかった。
彼女のために長距離航行艦を降り、地上勤務にシフトしている大介である。 特殊事例ということで許可され――だがもうそれもあと半分。 そろそろ宇宙そらへ戻る準備も始めなければならない。
 (慣れなくちゃいけないんだな――2人とも)
 大介はテレサの顔を覗き込んだ。


 「きれい、ですわね――」
その想いには気付かず、テレサはまだ遠くの森を眺めている。
 陽が上り始めていた。


【Fin】
――06 Aug, 2011



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=あとがき #16=

 
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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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