air clip 赤−−命・再生

・・on the Earth, 2200・・


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【17. 赤い糸が見えた】


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:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.17

= 1 =



 「おぉ〜〜いっ!」


 山頂、ともいえるような高くなった尾根から古代進が手を振ると、圧搾機と櫓を組んだ周りに集まっていた作業員たちの間から、 大柄な男が振り向いた。
「おうっ、古代。ここだぁっ」
「真田さんっ」
身軽に岩塊を飛び越えてそちらへ降りていこうとすると
「――気をつけろ。まだ足場が悪いぞ」
インカムに切り替えて耳元で声がした。


 高原、とでもいうのだろうか。
 日本列島のほぼ中央より少し西寄りの付近。古代進は、視察を兼ねて真田に呼ばれ、やってきていた。 空に大気が戻り、空気はヘルメット無しで呼吸できるようになって随分経ち、 ヘルメットを外して深呼吸するとなかなか素敵な気分になれる。
(高い場所、というのもいいなぁ)
 ふだん、宇宙を航宙機で飛んでいるのである。 地上だってコスモ・ゼロで哨戒したり出かけることもあるが――山頂、というような場所はまた格別だった。
 だが、その景色は、われわれが想像できるようなものとはまったく違う。
 ガミラスの遊星爆弾によって痛めつけられた地上は、メガロポリスや一部の集落を離れればまだ草木もまばらで、 山や川も形を残していればよい方だった。 各地に“特別区”が作られ、急速に都市整備が進められていたが、一方で“山野の再生”も急務だった。
 これは地域として生き残った“日本列島”の贅沢といわれるかもしれないが、 気候を回復するためにも“四季の再生”――つまりは山野の再構築は必要だったのだ。 人々の心の問題もある。


 真田たちのチームは、ヤマト帰還後再編成はされたが、元の技術班のメンバーが中心になってのコスモクリーナーDの運用と、 一部イスカンダル技術の応用に忙しく立ち働き、地上に都市が出来、 街が生まれて地下都市から移り始めた今になっても忙しく立ち働いている。 まだ“帰還”の命令は出ていないのだと言い、各地を指揮し、飛び回る真田なのだ。


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 古代進は、そろそろ自分の去就も決まるだろうと感じていた。
 相棒の島大介は、ヤマトの後始末と地上の空気の再生が終わるかどうかという時期に、慌しく輸送艦隊勤務が決まり、 その艦長を任じられて宇宙そらと地上とを往復している。 簡単に“再生”といっても資材やエネルギーが必要で、それらを運搬する生命線ライフラインは、 最も優先して整えられた。それのメインとなる木星航路を往復し、ほとんどを地上に居ない。
 「なぁに、ゆっくり休んだから大丈夫さ。俺たちは最初に降りたからな」
出発前にそんなことを言っていた島である。
 古代は艦長代理としての業務の方が忙しく、地上の再生や新規のプロジェクトその他は、 他の班員たちに任せ切りにせざるを得なかった。沖田艦長が亡くなったこともあり、 遺族への訪問、無事帰還したことへのマスコミ対応もあり……また。 個人的にもいろいろ考えなければならないこともあった――そちらは森雪に任せ切り、にならざるを得なかったが。
 少なくとも、短くとも完全にと与えられた休暇を楽しむ余裕は、古代にも真田にもなかったのだ。 真田に至ってはその「休み」すら、与えられたという話は聞かない。


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 「おう、来たな。古代」


 汗を拭きながら「一休みしよう」と他の者たちに声をかけて古代を出迎えた真田は、 技術班の制服こそ着ている(防衛軍のチームリーダーであることを示す必要もあるので)ものの、 工事の現場監督、という雰囲気だった。体調はどうなのかわからないが、表情は明るく、 古代はそれだけでもホッとした。真田と直接逢うのも、とても久しぶりなのだ。
 「――よく、此処まで来れたな。回転翼ヘリコプターでも回して貰ったか?」
真田が尾根の向こうを見やって訊ねるのに、いえ、と古代はかぶりを振った。 “こんなところまで”んだのは真田なのだが、それを気にする2人でもない。 あれを、と古代は言い、真田は後方に視線をやる。
 「ゼロで来ました。かなりの狭い場所でも降りられますから」
 コスモ・ゼロの銀の機体が少し見えていた。それならば、あとは自力で登ってきたのか?  たいしたもんだなと真田は思う。――この上りは急勾配だ。しかも足場も悪い。 また、まだ放射能まじりのガスの噴く可能性がないわけではないため、注意も必要なのだ。
もっとも、そのあたりのことは知識も経験も、古代ならあるだろうが。


 岩の端くれに腰掛けて、水筒の水を飲む。お前もどうだと勧められて、古代は遠慮なく頂戴した。 ……ミネラルウォーター。だが再生水が飲めるようになって久しい。 早く天然の川が蘇ればいいと思いながらも、それは最も時間のかかることだと前に真田が言っていたっけ。 まぁ常識で考えてもそうだろうな、と古代は思う。
 (そうすると、虫や鳥が戻ってくるのはいつのことだろう……地球の生態系は、 回復するのだろうか?)
 それぞれの生き残った専門家たちが、地下に持ち込んだ“箱舟”の遺産を再生に回している。 此処に来る途中で見た再生区の“緑”の風景も、そうやって半ば強制的によみがえらせた“自然”なのだった。
――だが、人類はそれに救われている。




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= 2 =


 「え? 火山ですって!?」


 ヤマトが収められているドッグへ真田を訪ねた時、 ドッグ内にある彼の部屋=研究室――ほとんど真田の宿と化している――で古代はそう言われておどろいた。
「あぁ。――元の日本列島は、もしかしたらある程度、形を取り戻せるかもしれない」
「本当ですかっ!」
それならば、故郷の三浦半島も、あの緑と緩やかなカーヴを描く海と、近接した山も、 再び見ることができるのだろうか?
 真田はニヤリと古代を見て腕組みをした。
「いま、お前が何を考えたかわかるがな――」
真田は続けた。
「皆が自分の故郷をすぐに思う。俺だって最初はそうだったさ――だが皆が皆、 そう思ったとして、全部が再生できるわけじゃない」
 考えてみれば当たり前のことだった。
 古代は少し顔を赤くすると、「そうですね」と言った。
 いや別に、恥じることはないさ。自然な感情だと思うよ。


 最初に整備されたのは当然のことながら人間たちが生活できる居住区だった。 同時に、生産を司る山野と農業地区、工業地区。 多くはドームに覆われ、災害に強いつくりを優先され、その中は、 様々なファクターで割り振られ、 抽選で住居が決められ――大戦前の土地へ戻れた者は、多くはない。
 都心部に集まるようにして――残された人類は生活せざるを得なかったが、 中には強行に地元へ戻りたがる者たちもいた。
 だがその者たちの希望は、ある者は叶えられ、ある者は叶えられなかった。
「――運、ということなんでしょうかね?」
古代が思うともなく口にすると(こんなことを本音で話し合えるのは島と、 この真田くらいのものだ。特に真田は、 現在の地上の再生の総委員長とでもいうような立場に居て、 あらゆる情報に精通しているといってもいい。そういった意味では、 ややこしいことが増える反面、政治的な立場も相当に強くなっていた。 もちろん藤堂長官のフォローもあってのことだったが)、 「いいや」と真田は首を振る。
 「技術があって、自生の可能な人たちは申請すればある程度補助を渡して、 任すことにしたのさ」
真田はそれに(おそらく)一口噛んでいるに違いない。
「――すべてを中央の管理の下に行おう、なんてどだい無理だ。 いろいろな技術を持っている人たちがチームを組めば、 地元の再生もできるかもしれないだろう?」
「ですが、癒着してしまった地表や、生命を失った土地を、ですか?」
古代はまだ疑問だ。
「……もちろん、最初の浄化→開墾まではな。公の手も要る。自分らも手伝ったろう」
「そうですね」と古代は答える。
 「古代――お前の故郷な」
「え? 三浦ですか」「あぁ」
そこ出身の人たちが組合を作って、いろいろやってるぞ。 元の地形を取り戻すのは不可能と出たがな、半農半漁、 海と川の再生に熱心な人たちがたくさんいるな。
「それは……」
漁業で生計を立てていた人たちが多い。魚の再生は日本人の悲願でもある。
「がんばっている、という報告が来ている――」
「そうですか」古代の表情は明るくなった。


 そういえば。
 真田さんの故郷って、どちらなんですか。


 これだけ心を許し合い、旅の間に親しくなった相手だというのに、 真田の若い頃のことについてはほとんど知らなかった。古代の経緯やその他については、 第一艦橋メンバーには(なぜか)知られまくってしまっていたが、 真田は相変わらず“謎の人”である。  「ん? 俺か――俺はずっとこの辺の育ちだが」
ヤマトのドッグは東京メガロポリスの西の外れの宙港、その地下にあった。 首都近郊では、最初に海と川が再生した地域でもある。
「Tokyoですか?」と言うと、いいや、という。
「――出は西の方だ。俺はあまり覚えていないが、爺さんが紀伊の出でな。……それこそ、日本人として、最も失いたくない場所のひとつで小さい頃は育ったらしい」
「紀伊? 日本人として?」
吉野の山の奥。
――桜の名所であり、山岳信仰の強かった場所。西の護り。 そんな場所だったところ。 古代進にはあまり詳しくないところだったが、そういえば真田は、 無骨なわりに山野や草木・花などには詳しかった。  「――桜、お好きでしたよね」
「あぁ……」そうだけ言って、忘れてた。本題に入ろうと言った。


 どうやら岩盤癒着して土が完全に死んでいる深さが、場所によって違うらしくてね。
 アナライザーに全面的に協力してもらい、B.T.チームの一部が、 大車輪で列島中を精査したのだという。
「火山活動の生きている地域がある――」
「本当ですか」驚きだった。
マグマが胎動すれば、地力も回復する。もちろん、 また爆発してしまえば二次災害が起こるし、噴火などということになれば、 別の意味で都市など全滅してしまうから、慎重は期さなければならないのだが、 と真田は続けた。
 「俺たちは明日から、そのプロジェクトに入るんだ――」
「真田さん……」
少しはお休みになったら、とか真田さんは現場に出るより、 ほかにもいろいろやることがあるんですよ、とか待ってる人もいるんだから、 というような言葉が口の端まで出かかったが、 なんだか嬉しそうにそれを語る真田を見ていると、古代は続ける言葉を失った。


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= 3 =
 「それで、“富士山”なんですか……」


 なんだか脱力したな、もう。という気分になって、 古代は手元のデータと画面に写った真田の顔を見比べながら、半分ため息を付いた。
――確かにな。DNAに“NIPPON”が印字された人間なら、富士山といえば特別な山だけど。 あれはデカすぎるだろう……と、古代は思う。
 ほぼ中部圏の全部を覆っていたといってもいい裾野の広さと、樹海。 さらには地下を走るという地下水流。――地下都市を掘ったときに、 その地下水流の一部は明らかになったが、富士の下は岩盤が固く、 そこには地下都市は形成されなかった。中部圏の人間は、 ほとんどが各エリアに分散し、配分されたという過去を持つ。


 糸魚川−静岡構造線だ。別名、「フォッサマグナ」。
 “地震列島”と異名を取った列島だが、そこから西に沿って、生きているのではないか、 という仮説が出た。もちろん桜島は最初に調べられたが、 そこはヤマトが宇宙戦艦として再生された地域にもほど近く、徹底した調査の結果、 深度が深すぎる、という結論に達したらしい。 地熱を生かすことは不可能ではない――だが困難。南地区で最初に緑化地域に指定されたが、 海は再生されず、九州は陸続きのままだ。


 そうして真田が
「――古代、気分転換に来ないか。良いものを見せてやれるかもしれんぞ」
古代はあれこれこまごまとしたことで飛び回っている最中だったが、 第10艦隊に配属が決まり、冥王星航路への就任が決まった。 しばらく地球を離れなければならない。
「婚約者殿とのあれこれも忙しいだろうが」
ここで真田は言葉を切って、ニヤリと笑った。
「――さ、真田さんっ!! そんなことは……いいんですってば」
自分でも顔が赤くなったのがわかる。ユキの元気で幸せそうな顔、くるくると変わる表情や、 結婚を約束して生き生きとしていく様子を見ているのは楽しかったが、 頭がぐるぐるとしてしまうのも確かだった。二親を失くし、兄もイスカンダル、 という状況の古代にしてみれば、最も張り切っているのが婚約者の母親――であるのも、 ありがたいやら困惑するやら、で、 森のお母さんの言うままに動いているといった方が正しい。だがそれも、 心の中のどこかがあったかくなる気持ちでいる。
 「出発前にな。地球の再生ぶりを実感したくないか?」
真田に問われて、え? と画面を凝視した古代である。
「よければ、来い。三日後――此処だ」と指定の場所のデータを送信してくる。
「他の者にはナイショだぞ。ヤマトの艦長代理だから、許可が出たのだからな」
釘を刺しておくことだけは忘れない真田である。はいと頷く古代である。


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 そうして古代進はその三日後、指定された場所にコスモ・ゼロで訪ねてきていた。
 ゼロも帰還してから、その“宙空両用”という機能をフルに生かして、 古代の手足として活動している。 もはや古代はこの航宙機と別れる気持ちにはなれないほどであった。
 それで、久々の休暇(?)なのだかなんなのだか。真田の呼び出しにもコスモ・ ゼロで飛んできたのである。着地が困難なのはわかっていたが、 古代の腕前であれば100m四方の平地があれば着陸できる。 揺れる宇宙艦の狭い通路に滑り込むことを考えれば、たいしたことはない、 と古代は考えている。


 「なんだか真田さん、楽しそうですねぇ…」
予測はしていたことだが、こんな火山灰などメじゃないような真っ黒な山肌の上に居ても、 真田はヤマトの艦内にいる時よりも元気そうに見えた。
――自然って偉大だ。
古代進はそんな風にも思う。
 もっとも、真田に言わせれば、そんな古代こそが“自然児”なのだと言うのだろうけど。


 「ん?」と汗を、真っ黒になりかけたタオルで拭いながら、真田はもう一口、 水筒から水を含んだ。
「――予測よりちょっと数値がギリギリなんだけどな。かなり慎重にやらないと、マズい」
だが真田の口調は、 “マズい”ことなど露ほども起こるはずはない、という自信に聞こえた。
こんな真田を見るのは初めてかもしれなかった。
 「地球――本当に、救えたんですよねぇ」
あ? と真田は改めてそんなことを言った“若き救国の英雄”を見上げた。
「お前が今ごろしみじみ言うことか……」
帰還の時の歓迎のパレード、人々のどよめきと感激の嵐。 そうして防衛軍の地下にコスモクリーナーDを運び込んだ時の、皆の顔・顔・顔……。
すべての喧騒が去ったときの、帰ってこない者たちへの、想いと、追悼。
その合間を縫い、まだ大車輪で活躍せざるを得ない、元のリーダーたち。技術班員たち。


 大気が覆い、空は青かった。……暑いくらいだ。
 雲が流れる――まだ雨を浴びるのは注意が必要だったが、それもそろそろ解消されよう。 海も、川も、湖も――そして、山も。


 「おうい、真田班長ぉ!」
下から声がして、真田は手を振り、古代も火口を見やった。
インカムに切り替え、
「用意できたか?」と真田が問い、
《――準備、完了です》と、返る。
 よし、行くか。
 真田は立ち上がり、古代に「良いものを見せてやる――楽しみにしてろ」
とついてくるよう促した。
 古代は実際、何も聞かされていない。休暇がてら、中部圏まで飛んできた、 真田に逢いに。ただそれだけだ。


 圧搾機とオシロスコープの前にかがみこみ、工作員たちの真剣な顔を見つめる。
「いけそうか?」
「はいっ!」「準備、完了!」
よし、と真田は行って、古代を手で招いた。
「――簡易ヘルメットつけろ。ガスがどこから噴き出すか、わからん」
見れば、周りもいっせいにその様子でヘルメットをかぶりバイザーを下ろす。 古代も真田も視界がさえぎられるのを避けて、バイザーは下ろさなかった。
 圧搾機が火口の奥に下りているのが見え、そこに注入されているのは――。
「水だ」
と真田が古代の胸中を言葉にしたように言った。
「圧力をかけて、地の力を回復させる。その下に……見えるぞ」


 足元から、ごごごごと地鳴りがするような気がしたが、気のせいか。
顔を少し上げれば、さわやかな風の吹く山頂である。
少し下にいる作業員たちが、持ち場を離れ、皆、火口まで上がってきた。
《秒読み、開始――》
「お〜し! 行くぞ、第一回テストだ」
《開始、20秒前……15、14……10、9、8、7……4、3、2…》
古代も何が起こるかはわからないまま、真田たちの見つめる方を真剣に眺める。
 カウントがゼロになり、しばらくは何も起こらなかった。
 だが。
「見ろ、古代っ!」
微かな光が、火口の底から差し、明らかに下から何かがうごめいている。


 赤い光が、細く細く火口の中に見えた。


 そうして、それはまるで褐色の地に描いた、まさに赤い糸のようだったのだ。


 (赤い糸が、見えた)


 それは地球と自らを結ぶ、運命の絆だっただろうか?
地球の、生命の響き――。
古代は、はっとした。
 「ようしっ! 成功だ!!!」
わぁぁっという声が、あちこちから沸きあがり、そうして「離れろっ」という声とともに、 下から水蒸気が爆発するように上へ突き抜けた。
 熱と蒸気。生きている地球の証拠だ。


 「古代!」
真田ががしっと古代の腕をにぎった。
「真田さん……」
苦心惨憺の末だということはわかる。技術員たちは快哉を叫びながら、ある者は躍り上がり、 ある者はまた機械に張り付いていた。
 地球は、再生するだろう。
 ヤマトの苦労は無駄ではなかった――この日初めて古代は、 そう実感したのかもしれなかった。


 頭上に青い空。そうして地の底には胎動がある。地球は、生きていた。
 時に西暦2201年、春――。この後、地球の改造・発展は、飛躍的な時期を迎える。


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【Fin】
――06 Sep, 2011

=あとがき #17=
 
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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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