air clipこの手の中に…

・・on the Earth, 2227/2195・・


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【18. 僕を叱って】


:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.18


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注:お話は、此処から始まっても少しも構いません。
訓練学校時代(2年次)の、
古代進のある事件です。
もし、別の話がお読みになりたい方は、
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= 3 =


 「島くんっ、進は!」
「お兄さん……こちらです」
とり急ぎ、アパートへ戻る前に訓練学校へ立ち寄った古代守に、 門のところで待ち構えていた島大介がいた。
「――ご連絡したとおりです。まだ見つかっていません」
「……このこと、ほかには」
「ご安心ください」厳しい顔をしながらも進の同僚で親友である島大介は、 「俺たちしか知りませんから。――寮監にばれないように、相原と南部が繕ってるはずです」
「済まない、島くん」
「いえ」
 脱走――無断欠席の上、行方不明。いかな優等生でもそれが三日も続けば謹慎、 下手をすれば資格剥奪の上、放校になる。古代進は期待された逸材ではあったが、 そういう“例外”を許すほど軍は寛容ではない――その“特別訓練生” の実態を知らない兄・古代守中尉も、訓練生・島大介もそう信じていた。
 「いつ、居なくなったんだ……」
「昨日の午後――前日の夜から様子がおかしかったのですが」
「島くんにも何も言ってないのか」
「はい……申し訳、ありません……」
君が謝ることはないさ、いつも感謝してもし足りないと思っているくらいだからね、 と守は言って、島の背を大きな手で軽く叩いた。感謝を込めて。


 とりあえず、こっちへ。
 寮の外で待ち合わせ、そのまま島も外へ出るつもりだった。
「手続きはしてありますから、ご心配なく」
「あぁ――」気働きのできる、良い仲間だなと守は思う。


 それで。
心当たりは、無いのだな――。
「とりあえず、俺たちの溜まり場へ行きましょう。――そこで情報交換することに」
「了解した」
守の乗ってきたエアカーに島も乗り込み、訓練学校を出た。


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 あまり大勢で動くと、目立ちますからね。
 島がそう言い、南部や相原は口八丁も得意だから残留組。加藤は嘘が付けないからこっち組。 こういった時に案外頼りになる鶴見と太田も動いてくれている。
なるべく広げたくないから、昨日は「午後から熱出して早退した」ということにしてある。 今日の届けは“一時帰宅”である。
 俺たちの部屋には相原が詰めてくれてます。何かあったら誤魔化してくれるんで大丈夫ですよ、 連絡も取れますし。
さすがのリレーションといえた。


 「遅くなった。悪りぃ――あ、どうも。古代のお兄さん」
誤魔化して抜けてくるのが大変だった――というのもあるが、 進の様子を再チェックするのにあの日、 最後まで一緒にいた南部と加藤の情報を頼りにするしかなかった。
「加藤くん、何か心当たりは?」
守が聞くのに、
「様子がおかしかったことは確かっす――」と言葉を濁す。
「あの……俺。わかんねーんっすけどね。あの日、シミュがあったろ、初めて。 対人と対衛星のやつだ」
「あぁ」島が頷く。
 2年生になっていた。機械と数値相手にルームにこもる時期は過ぎ、一昨日は初めて “対人”のシミュレーションに入った。 実際に、心理防壁を付けて撃ち合い、殲滅戦を戦うのだ。相手は教官たち。 そののち訓練生同士で組む。その感触はリアルで、最初は加藤も吐き気がした、と 言った。神経のヤワな者なら、ここが乗り切れない。
 相手を抽象的な“侵略者”と思っているうちはよい。だが、実際、相手も“人間” だったらどうだ? 進はそれを敏感に感じ取ってしまったのかもしれなかった。


 「対戦の時に、ちょびっと――コンマ何秒とか反応が遅れたんで気になってた」
と加藤。
「あいつにはありえねーしな。普通なら瞬きする間に、 相手なんぞ瞬殺なシチュエーションだったんだ。 だが、あいつ―― 一度目、遅れて、火傷負ったろ」
あぁ、と大介も思い当たった。
 実際に火傷を負うわけではない。脳コントロールの進んだ現在、 すべてはバーチャルリアリティで脳に直接情報を送り込むことのできるシステムだ。
だが敏感な者は、その擬似情報で実際に怪我を負うこともあるのだという。――まさか進が、 そう・・だとは思わなかった、というだけだ。
 「そうか……」
仲間たちは進のナイーヴさを理解していた。 何故なら彼ら自身も柔らかな心根と優しさを持った男たちだから。しなやかで、逞しい。 だが兄である自分は、さらに“平和主義”で、 戦いどころか争いそのものをも逃げるように嫌っていた幼い頃の弟を知っている。
(――虫も殺せない子だったんだ。……ちくしょう!)
守はこぶしを握り締めた。
 訓練学校に入ると強行に言い張ったとき、そういったこともすべて含めて反対した。 お前に戦争などできるわけがない、と。だがあの時の、暗い目をし、だが意思の強い、 初めて兄に反対した進の頑固な強さは、 これまで自分が知らないつよさだった。 何を言っても聞き入れず、どれだけ「後悔するぞ」と言っても、
「後悔は、しない」と言い切って唇を結んでいた13歳の進を思い返す。
――まだそれから2年は経っていない。逢うたびに逞しく、強くなっていく弟を、 どこかで遠いものに感じていた。


 「ともかく、行き先の思い当たるところはありませんか? お兄さん」
島がそう言って、古代守は頭を巡らせた。
―― 一番に思い浮かぶのは故郷の三浦半島の村だが、地上に上がるほど無謀ではあるまいし、 地下都市に似た場所など無かった。 此処は新しい都市で、守たちのいる土浦の基地は半分が地上に露出していたが、 民間人に見せたいような景色ではない。 この訓練学校も、もとあった場所の地下に掘られた場所にあったが、軍や政府施設以外は、 もとの町並みとはまったく無関係の人工造成地である。
 あ。
 と島が顔を上げた。
「どうした? 島くん」
「……もしかしたら――な、三郎」
「あ。…」加藤三郎も思い当たったようだった。
「どこか、心当たりがあるのか?」
「――わかりません」と島は首を振った。「単なるカンですけど。人工造成の池があるんです。 俺たち最初の頃、よく抜け出して行ったところで……もちろん、 水は放射能の測定用の実験水ですけどね、貯水池みたいだ、 と進も俺も結構気に入ってたんですよ」
 いつごろからか行かなくなった。地上を懐かしむ気持ちも、謎の敵への怒りも、 日々の訓練や前へ向かうことに昇華するようになった――目標が見えてきて、 いや見えない中だからこそ、前へ進むことに懸命になり始めたからなのか。
 この頃からすでに、進も大介も、仲間たちのリーダーだった。 チームを組んでもそういう役割を与えられることが増えていた。 ……その自覚も芽生えていたからか。


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 古代進は、居た。


 岩の作り出した隅に隠れるように座って、ぼぉっと水面を眺めていた。 近づいてくる島と加藤の姿が視界に入ったのだろう、つと立ち上がって、悄然としたまま、 小さく頭を下げた。そうしてくるりと体を返し、影に隠れたように見えた。
「おい、進っ!」
慌てて3人が追うと、消えたと思った古代は崖を滑り降り、皆の前に姿を見せていた。
「すまん…」
と言って顔を上げたあと、その後ろに兄の姿を見て、表情を変えた。
「に、兄さん……何故」
その途端、理性を取り戻しつつあった表情が消え、くしゃ、と顔を歪めたと思うと、 ダッと駆け出したのだ。
 「あ。進っ!」
追おうとした島を加藤の手がつかんだ。首を振る。
「古代さんに、任せておいた方がいい――」そう言って。
古代守が追いついたところを見計らって声をかけた。
「古代さんっ、俺たち先戻ってますから。何かあったら連絡ください」
おい大介行くぞ、と言って、元来た方へ歩き出す。大介も思い直し、そうだな。 お兄さんと2人の方がいいな、と2人は寮の方へ戻っていった。


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 「進っ、どうしてこんなことを?」
顔を逸らしたまま頑なに唇を結んでいる弟を、古代守はゆするようにして言った。
 見られたくなかった――仲間たちには迷惑をかけたが、もう大丈夫だと、 自分で自分を治めたところで戻るつもりだったのだ。 迷惑をかけたことも知っている……罰は受けるつもりでいた。
だが、何故、兄さんが――。
 「なんでも、ない」
じっと顔を逸らした弟に古代守はじれた。
「何でもない、じゃないだろうっ」
大きな声が出た。めったに弟に対して声を荒げることはなかった守である。 庇護者であり、べた可愛がりすぎるかと思うほど、 腕の中に抱えるようにしてきたような気がする(実際は、遠く離れている時期も長く、 進が訓練学校の寮に入ってから、行き来もなかなかままならなかったが ――古代守が実戦に出始めた、ということもあった)。
 それなのに。


 進はおとなしいが頑固なところがある。なにかを決意したら絶対に揺らがない。 特に、黙ってしまったら口を割らせるのは至難の業だ。 ――そういったことはこれまでに何回もなかったが、今回はそうだと守は思った。
「進――ともかく戻ろう。車まで、行くぞ」
 古代は戻るつもりだった――なのに兄が追ってきた。それを思った途端、 反対のことが口から出た。
「いいってば! 何故、来たの。放っておいてよっ!」
体を振り切り、背を向ける。駆け去らないだけましだったかもしれない。


 「ススム! いい加減にしろっ!!」」
強引に振り向かされて、頬を張られた。不意を打たれた所為か、よろけて尻もちをついた。 だが進はまだ頑固な表情を崩さず、立ち上がろうとしなかった。
「ススムっ!! 立て。わけを言ってみろ――場合によっては、俺が許さん」
胸倉をつかんで立ち上がらせた。成すがままになる弟。
 守の怒りは自分でもわからないところから沸いてきていたが、 一方で頭のどこかに冷静な思いもある。
「貴様はそれでも訓練学校生か。それでも士官候補生か。甘えるなっ」
その言葉を聞いた途端、進の目に光がともる。
ぎっと兄を睨み返した。
「――皆に心配をかけて、罪を犯した。それも、自分の心弱さのためだ。違うか」


 古代進は、自分が出奔した理由を、兄や仲間たちが気づいていたことを知った。
 大丈夫だと、思っていたのだ。
父さんや母さんを、大事な人たちを奪った敵が憎い――そのためなら、 鬼にでも蛇にでもなれると思ってきた。現に、その意思の力で、 たくさんのものを克服してきたのだ。ハンディも跳ね返し、そうして1年と少し。 優等生、トップエリートとして此処にいる。
 なのに。
(人が撃てないなんて――)
 実際に殺したわけではなかった。だが、昔、映像などで見た太古のものと異なり、 現在のコスモガンでの戦い、そうして戦艦や宇宙戦闘機での戦いは、むごかった。
(実際にその映像を目の前で見せられる。焼け焦げた人間、 瞬時に蒸発する物体……死臭がするような訓練は賛否両論があったが、 現場はもっと悲惨なのだ――)
古代守は弟を見つめ、胸の裡に思った。
 宇宙に出るようになっていた。戦艦に乗り、敵とわずかだが交戦もした。 かなうわけもない相手で、逃げ帰るのがせいぜいだったが、民間人救助には成功している。 だが戦死者を出していた――その傷は、守にとっても深い。
 「そんな、甘ったれた根性なら。訓練学校なんてやめちまえ。 だから最初から向かないと言ったろう」
 その言葉は、禁句だった。そして確実に、弟の胸をえぐる。
 案の定、弟はぎっとキツい目をして、
「そ、そんなことっ! 兄さんでも、許さないっ!!」
ぼふ、と体当たりを食らわされて、殴り合いになるかと思われたが、 鍛えられた体はそれほどヤワではなかった。守の方が実際、 進より一回りくらいガタイも大きいのだ。
 受け止め、もっと殴りかかってくるかと思った弟は、そのまま胸にすがりついた。


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 「……」
 兄さん、と聞こえた。


 「俺は――俺、は……」
 訓練学校に入学して、初めて見せた弱さだったかもしれない。病気を見舞った時は別として、 進は、兄の眼から見ても異様なほどに、シゴトに執着し、成績を上げるのにまい進し、 日に日に戦闘士官らしくなっていっていた。その集中力や意思は、 兄ながら驚きともいえるもので、弟の評判を聞くにつけ、
「あの進が――」
という想いを禁じえなかったほどだったのだ。
 だが。 
 今、此処にいる進は――昔どおりの弟だ。優しく、人の痛みに敏感で。そうして、 兄を慕ってくる弟だった。
「ススム……」
 叱る言葉を失って、守はそのまま弟を抱きかかえた。
「――わかっているようだから、もう言わんよ。……泣きたかったら、泣け。今だけ、 お前の兄に戻ってやるから」
背中に腕を回して、背をぽんぽんとさすってやった。
 進の堪えた嗚咽と、体の震えが愛しかった。
 兄弟は、しばらくそうやっていた。


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 島たちに連絡をし、謝ったあと兄弟は、 地下都市に与えられている小さな自分たちのアパートへ向かった。 両親の遺品と、わずかな私物。ほとんどをそれぞれの寮で暮らす2人は、 そこに思い出の品も生活の匂いもほとんど、ない。
 だが、そこは“家”だった。2人だけになってしまったが、家族の家だ。


 「兄さん……」
車を運転しながら兄は横にいる弟の言葉を聞いている。
「俺――自分がダメなやつだって、わかった気がした」
「……そうか」
守は、肯定も否定もしなかった。……自分は、どうだったろう?  初めてそのシミュレーションに向かったとき、やはり同じように動揺したが、 反応は加藤くんたちに近かったような気がする。 相手も人間――だが最初からわかっていたことだった。
 進は、人一倍優しいのか? それとも暢気なのだろうか? いや、そんなはずはない。 ならば、何故、今になって。


 「――これから大勢の人を殺めるのだろうな、と思った」
進は、語るともなく言葉を零した。
 だが、護るべきものを背に抱えればできるはずだと守は信じている。古代守にとっては、 それは地球というような大層なものではなく、古代進――此処にいる弟そのものだ。
「俺。わかんないんだけど――なんだかものすごく多くの命を……この手に」
握りつぶしたような気がした。
 わからないけど――感じた。
 それで途端に、恐ろしくなって……手に血のりが付いて、這い登ってきて……首まで、 それに浸った気がしたんだ。足の下に人の肉のずるっとした感じまで感じて……怖くて。 それで――。
 「そうか……」
 その時、弟が何を見たか、古代守には想像することしかできなかった。古代進はおそらく、 未来を――運命を見たのだ。その、コスモガンを握った手が、その先、 波動砲の引き金を引き、星の命運を司るようになることを。
 そんなことは2人ともまだ知らない。


 「兄さん――」
「なんだ、進」
「ありがとう……」
「なんだ、へんなやつだな」
俺は怒鳴り倒しただけだ。お前を叱ろうというつもりはなかった。 ただただ甘やかしてやるだけでも、お前は自分で自分の道を見つけ、良い仲間に恵まれ、 師に恵まれて歩いていく。それがわかっているから――なのにな。
 つい、プロ意識というのだろうか。お前もそれを興させるほどの男になった。
 「俺、ね――叱ってほしかったのかもしれない」
なんだって。
甘えたかったんだ。これで正しいんだ、迷うなって、叱って欲しかった、きっとね。 兄さんに。だから、ありがとうなんだ。
 古代守はそれには答えず、車のスピードを上げた。
「今日はゆっくり眠ろう。久しぶりだ、せっかくだからのんびりしような」
そう言って。――その夜、何を話したか、古代進はよく覚えていない。だが兄の温かい体温と、 ゆっくり眠った夜、悪夢に追われなかったことだけは覚えている。


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【Fin】
――08 Sep, 2011

=あとがき #18・1=
 
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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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