air clip 宇宙にて。

・・on the Plute, 2204・・


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【19.ほんの少しの行き違い】


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:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.19


= 1 =



 「お前、新婚旅行とか行かないの?」
「はぁ?」
島は思わず喉に酒が詰まりそうになって、親友殿の顔を見返した。
「いま、なんて言った、お前」
 珍しく一緒勤務……というわけではなかったが、冥王星に寄港する時期が三日ほど重なって、古代進と酒保で呑んでいた。  双方の乗務員同士は親しい者もいたので、今夜は小さな基地の街は賑やかかもしれないとそれぞれの艦長は思う。


 「し、新婚旅行って――俺たちまだ結婚してないぜ?」
島の返事はなんだか間抜けだと古代は思った。
「結婚してないったって、届出して一緒に住んでんだろ? 実質婚ていうか、あっち民族とかじゃ昔から当たり前だろ。 日本民族だってむかぁし昔はそうだったし――」
 そんなことぁ、わかってる!
 島は内心、なんだかおもしろくないことを指摘されたようで、むっとしていた。
 何故むっとするのか、あまり自覚はしてなかったのだが。


 「その前に、さっさと結婚しちまえよ。――戸籍なくたって式やって届出するのはできんだろ? 子どもでも出来たら、 困るじゃないか、学校とか。いろいろ」
古代は飲んで気分が大きくなっているのか、最果ての星の解放感なのか、痛いところをどんどん付いてくる。
「うるさい!」と突き放すには身近な話題すぎて、島はまたこくりと喉を鳴らした。
「−−子どもってさ。そういやぁ、異星人との間に、子どもって作れんのか? バースコントロールとかしてんの?」
急に興味津々、という目になって覗き込むのを、
「莫迦野郎っ!!」
と引っぺがした。――顔が、赤いのが自分でもわかる。
「――て、彼女はっ。やっと地球に慣れ始めたとこだ。まだ、結婚だの、家庭だの、子どもだのって……」
と言いかけて、本当にそうか? と自分突っ込みをした大介。
押し黙ったところを。
「ほぉら見ろ。自分だって気になってんじゃないか」
とさらに古代に言い募られて。
「うるっさいよ、お前。お前こそ、いったいいつまでユキを待たせるつもりなんだ」
矛先を相手に向けた。――攻撃は最大の防御なり。兵法の基本である。
案の定、目をぐりっと回した古代は、お、という感じで身を引き。
「卑怯だぞ、そういう論法は。――俺たちはい〜んだよ。時期がきたらちゃんとすんだから。 お前んとこはさ、ほら」特殊なんだから、とはさすがに口に出せない古代だ。


 で、なんで急に一足飛びに“新婚旅行”なんだ?
 と島が冷静に考えてみると−−いやもうその頃は、いい加減両方とも酒が入っていて。 ホテルが近いのと、矮星上の酔いやすさも手伝って、かなり良い気分である。
「……新婚旅行、じゃなくっても、な。どっか行くとかな、こもりっぱなし、じゃ、な」
と古代が言えば。
「うっせぃ。……俺、だってね。どっか行って、ゆっくりとか、したい、とか」
島もほろほろと話し。
 その夜が深まる頃には、記憶のどこかにその会話が残るだけになっていた。


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  (新婚旅行か――)
それはまぁあまり現実的でないとしても。
島にとっては“結婚”そのものもあまり現実味がない。
一生傍にいて、護ってやりたい。いや、護ったり包まれたり(互いに)し合おうというのがこの間の約束。 「幸せ」というのは「仕合わせ」とも書くのだ。一人でなんとか“してあげる”ものではない、というのはこの任務に戻る前に思い知らされたことだ。
 古代とユキのを参考にさせてもらおう−−。
 いつか無意識にそう感じていた。
 本来なら古代のお兄さん――守さんが一番相談するには最適な相手なのだが。なにせ、イスカンダルの彼方なので、相談しようがない。
……それに。スターシア女王とテレサ――2人を会わせるのは、考えただけで頭痛がする。
 異星人との、結婚。ねぇ……。


 島にとって、ふだんのテレサは、単に“愛しい女性”であるだけだ。どこの星の人だとか、地球人でないとかはあまり関係がない。 そりゃ細かい文化や生理の違いはあるので戸惑うこともあるが、そばにいてくれれば普通に、人と人として生きていられるのだった。
 それに、あの特殊な能力と血液そのもの以外は、ほとんどホモサピエンス亜種といってもよいほどに近い。 最初に調べたが“交尾もできる”−−ということは、家庭を持つことも問題がない。その生殖や繁栄のシステムも、 ほぼ地球型だとわかっている。これはガミラスがそうだったのだから、驚くには値しないだろう。 一つあればもう一つあっても、さらにもっとあっても不思議ではないのだ。


 だが、文化慣習は、どうだろう。社会構造も異なる。
 島はその最も保守的なはずの官人=公務員であり、その社会の中にいる。
(結婚式もして、届も出すのが本来なんだな……)
彼はそう考えていた。
 だが。
 迷いがある――いいのか、俺で。
 さらには。
 俺はもう、結婚してしまってもいいのか、彼女と?


 島の実家とはゆるりとした紹介、で済んでいる間柄だ。次郎は時々やって来ては、テレサと親交を深めているようだが、 両親とはまだきちんと引き合わせてはいない。テレサにとっても“家族の一員”となるにはそれなりの儀式が必要で……それが“結婚”なのかな、 と島も思う――24歳。現実味がないといえば、ない。


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 冥王星を出発するときに、官舎のテレサへ向けてメールを送った。
 惑星間宇宙艦からの私信は禁じられている。パッケージ通信という形での便りは送れたが、管理もされるし許可もいる。 もちろん緊急時は可能――そうでない場合は不可。防衛軍の宇宙通信法に則っている。
 だからたいていは寄港した時の通信。宿舎の部屋や、街頭に設置してある通信BOXから直接画面に呼び出して話すこともできる。 もちろん冥王星に着いてすぐ、時差なども計算してお話はした島であったが、出発間際の通信のあと、 ふと思い立って文字通信を送ってみたのだ。
(届くのは丸一日後、なんだな)


 出発が予定より二日、早まっていた。
 古代たちが先発した後、それと合流して途中まで同行、ということになったらしい。イレギュラーなことだが、ないわけではない。
「え〜、お前と一緒か!?」
「ありがたく思えよ? 宇宙海賊が最近ちょいと流行でな、あの宙域」
 しばらく海王星以遠を離れていた所為で、少々情報に疎くなっている。(もちろん官報で知らされる程度のことは知っていたが、 知っていることと現実味を感じていることではずいぶんと違うのだ)
 狙われるとマズイから、日程も発表とは違うスケジュールで。 さらには第10艦隊が護衛していくことになった−−せめて最重要物資の運搬ラインの間だけでも。
 島がそれを知らされたのは冥王星に着いてからで、しかも出発の24時間前。
 「おう、そろそろ酒、おしまいだぞ」
と古代に言われて居室に引き返した直後に、メッセージを受け取ったのである。
(さては古代、知ってやがったな……)
それはそうだろう。仕方のないことだが、ちょっと悔しい。
まぁいいけど。


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 そうして、島大介は再び艦上のひととなった。
 本来ならその二日後、地球へ向けて出発しているはずだが、再び海王星へ向けて。ジグザグ航路を取るのだという。
 惑星の公転の周期もあって、古代たちはかなり長い間、島の艦隊と同行するそうだ。
 冥王星はすぐに遠くなり、発信されたメッセージだけが地球へ向かった。


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= 2 =

 さてこちらは地球のテレサ。
(島さん……)
 いまごろ冥王星の彼方であろう(イレギュラーな事態が起きてすでに出発してしまった、ということは当然、テレサは知らない)。 着いたという日に電話してきて、久しぶりに声を聴き、顔を眺めた。


 ようやく島の遠洋航路への往復仕事にも(感覚が)慣れてきた。 居ないときは居ないなりの楽しみ方、生活の仕方を覚えている最中のテレサである。
 週に一度のお買いもの、近所への二日にいっぺんのお散歩を兼ねた買い出し。 ユキへの定期通信、三週間に一度の軍施設へのチェック出頭。
 時々島の弟・次郎が様子を見にきてくれる。――まだご両親にはご挨拶しただけだが、次郎はなぜか懐いて、 時々学校の様子を知らせたり、偵察したりをしていくのである。
子どもそのものが珍しいテレサには、それは一つの“台風一過”というようなものだった。
(でも、かわいらしいものですわよね)
 テレザード星にも子どもはいたし、もちろんテレサも昔は子どもだった。
 次郎は顔だちや雰囲気は、大介にはあまり似ていないし、元気いっぱいなところはきっと性格なのだろうと思うのだが、 ふっと見せる大人びた表情――この時代を生き残った子どもたちは多かれ少なかれそういうものを持っていたが――が島を彷彿させることがあり、 その合間のいたずらめいた表情に、幼い島を見出して、なにか心嬉しいようでもある。


 さてその次郎が帰ったあと。


 部屋の片づけも、翌日の用意も済ませ、読書とニュースのチェックなど終えると……暇だった。
(これはなにかすることを見つけなければいけないかもしれません)
ここのところ、いろいろ慣れなければならないことも多くて、地球のあれこれを学んでいるとあっという間に時間が経った。 もともとあまり睡眠時間を多くとる必要もない体である(逆に、眠ろうと思えばけっこうたくさん眠ることもできたが)。 あれこれに慣れてしまうと、時間が、余る。――島が居ればあっという間に過ぎる夜も、一人になれば長かった。
 そんな時はテレザートを思い出すこともある。
 宇宙を漂ったときのことを思い返すこともあった。


 テレサには特に深い感情は無い。哀しみ−−と呼べるものも、傷ついた思い出もない。 ただ静かに、歴史をなぞるように記憶を引き出していくと、何らかの感情が動くこともあった。……そうしてそこに必ず、島の姿がある。
 そうすれば次には、まるでそこにいるかのように生き生きと、島の息遣いまでを思い描くことができた。
(――離れている、という気はしない)
 テレサの一種の能力なのだろうか。想像ではなく、映像のように浮かび上がる。 ……ただ、触れはしない。実態は遥か太陽系の彼方である。


 (そうだわ)
 テレサはふと思い立った。
(寄港しているときは、メールのやり取りができるのでした)
通信でお話しして二日になる。あと二日ほど居るはずだ。
メールが届くまで丸1日。なら、近況報告くらいはしてもいいわね。


 そう思うと、少しいそいそと画面に向かう。
 テレサの目には、その向こうでいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている大介の姿が見えていた。


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 「え? 艦長、ご存じなかったですか?」
出発前のことだ。ブリーフィング後のランチで、雑談の続きのように航海士が言った。先ほど、艦橋メンバーで昼飯時に話していたことの続きである。
「宇宙の中に突然、温泉が湧いて出ましてね」
(そんなことあるのか?)と内心ツッコミをした島。
「こりゃ珍しいってんで、いまや一大観光地!」別のメンバーが声を重ねる。
「いろんなとこ商業参入してちゃっかりなんだか秘境っぽい扱いになってますよ」
「霊験あらたかだとか」「現代の奇跡だとか」
まったくいい加減な商法だが、そういうノリというのはいつの時代も変わらないのだろうか。
 「手軽に民間船で二泊三日っすからね」
「そうそう、恋人としっぽり、というにはちょうどいいんじゃないすか」
島は、え、と言葉を濁してから、そんなに人気なら休みが取れたからといって予約なんざ取れないだろうと言うと。
「まっかせてください!」と若い一人が胸を叩いた。「うちの実家、それの開発会社に関わってんですよ。 お二人くらい、なんとでもなりますから」
「それに、いまの時期はそんなに込んでませんよ。この間見たら、船は大丈夫そうだし」
――なんでみんなそんなに詳しいんだ? という艦長の疑問は置いておいて。
あまりに皆に勧められるので、そういった点は素直な島は内心で頷いた。
(よし。次の休みにテレサを連れて行ってやろう…)と。


 搭乗直前。さっそく通信回路を開いてテレサにメールを送った。
 これから送ったのでは、届くころには自分は艦の上。その返事を受け取ることは、 帰還までできない可能性もある−−まぁたいていは途中の寄港地に転送されているのだが。
 (まぁいい。……それを読んで慌てる彼女でもなかろう)
 どこへ行く。いまどこにいる。
 これは時には機密事項となる。
 いつ出発する。どんな仕事だ。
 これも言えないことが多いのは、軍に勤める宇宙艦乗りの常識である。


 だから船乗りの家族は、彼らがどこにいるかを知らない。「これから帰るから」と言って、懲戒を受けたり減俸された隊員も知っている。
 大介の所属する輸送艦では、戦艦ほど厳しくはないが、それでも。


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 島がメールを発信したのは出発直前だった。テレサに届くのは翌日だろう。
 図らずも、テレサがそれに遅れること数時間。地球から冥王星の第二基地にいるはずの島に向けてメッセージを送信した。


 ほんの少しの行き違い。


 メールは互いに受け取られることがないまま、「転送」ファイルに保管され、パッケージとして次の寄港先へ転送される。
 だが、いいのだ。


 幸せな休暇を提案する優しいメール。
 待つことのできる幸福を平易な日常に変えて報告するメール。


 幸せな二つのメールが行き違い、宇宙を飛び交う。


 テレサには[宛先の方は現在、当基地に滞在しておりません。メッセージを転送します]という機械的な返信が届くだろう。 そうして島の手にそれが届くのは何日先のことだろうか。
 きっと彼はそれを読み、少し困った顔をして、その後にふんわりとほほ笑むのだろう。
 島のメールはいつ届くだろうか。テレサがそれを読んだ時の驚いた顔を見られないのが残念だ、などと彼は思いながら、艦上のひととなった。


 西暦2203年――1組の恋人たちは、また少し、お互いの絆をゆっくりと深めようとしている。宇宙は今日も、凪いでいる。


【Fin】

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――19 Jun, 2012

=あとがき #19=
 
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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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