新月倉庫YAMATO'−Shingetsu World:お題100(KY・No.08)より

fish icon 願い星




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【In the Orions’ 2199】
:古代進と雪の100-No.08「願い星」
『宇宙戦艦ヤマト』より


flower clip


= 1 =



 「ねぇ、ママ――あの星きれいだねぇ」
「ん、どこどこ?」
主の留守している冬の空。
小さな張り出し窓から外を眺めていた守は、編み物をしていたユキの膝に擦り寄って 手を引いた。
「ねーお外に出る」
「寒いわよ……温かくしてなさい」「うんっ」
そう言って、イスにかけてあった上着をよいしょ、と着込むと、ねーねー、と母親を引っ張った。
 扉を開け、その小さな庭に出てみると――「わぁ。ほんとねぇ」
見上げれば満天の星――そして、守の指差す方向には。
 ユキはかがんでその場に座り込むと、守に頬すりしながら星空を見上げた。
 少し丘状になっている此処は、背後に小さいとはいえ雑木林と裏山。そして眼下に防 衛軍の西宙港が続く入り江が見える。木に囲まれてはいたが、そこから見える星空は、 格別な眺めであった。
「あぁそうね……」
 守が見ていたものをユキは眺め、そう小さくつぶやくと
「あの星は――願い星よ。ママとパパの思い出の星」と言った。
「思い出?」と幼い息子は母親を見上げた。その瞳は少女のように輝いている。
「なんか良いことあったの? 」うふ、と母親は笑って「ねー守」と言った。
ん?
「ママたちはねぇ、あの星の本当にすぐ傍を通ったの。大きな炎の塊がおふねを 襲ってきてね、本当に死んでしまうかと思った」
意外な話が出てきて、守はきょとんとした。
「あんなキレイで小さなお星が、ママたちをいじめたの?」
ううん、とユキはその幼い智恵で一所懸命それを理解しようとしている息子を見た。
 パパたちはあのお星様の中を飛んでいるでしょう? それがお仕事よね。
 うん、そうだよね。パパもお空にいる間はお星様なの――。
 まぁっ、そんなことはないわよ(。とんでもないっ!)パパたちのお艦はね、あっち――と山の方を 指差して、今は反対側のお空にいるから見えないけれどね。
ママとパパが出会ったばかりの頃、あの三つ星の近くを通ったのよ――ヤマトでね。
「ふぅん――ヤマト。僕、ヤマト大好きだよ、カッコいいもん」
 守の部屋にはヤマトの模型プラモデルが、せがまれて飾ってある。幼い手で、一から 組み立てた精巧なモデルである(もちろんパパもママも手伝ったわけであるが)。これ が、パパとママが乗って、出会った艦なんだよ、というのが彼にとっても特別なんだろう。


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 「ねぇ守」
なあにママ。
あの星のベータ星はねぇ、昔から“願い星”といって、お願い事をかなえてくれるんだっていうのよ。
「へぇ――ママたち、そばを通ったんでしょう? たくさんお願いかなえてくれるんじゃないの?」
ユキはクスりと笑った。――この子ったら私と同じこと考えてる。
「そうよ……本当によくかなえてくれたわ」
でもね、守。本当に大切な願いごとっていうのは一つだけ。あまり沢山持つものでは なくってよ。たった一つの大切な願いを抱えて、そのために人は生きれば良いの。
貴方にもそのうち、わかる時が来る。
 ふうん? そうなのかなぁ。…僕、いっぱいいっぱいお願い事あるよ?
 ユキはくすりと笑った。
それはね。あなたがとても幸せだってこと。


 愛息の背中からほっこりと体を包み込むと、息子はあったかいね、といってくすくすと笑った。 それでも腕の中から背伸びをして、星を指差す。
「ねー僕も、行けるかなぁ」
「どこへ?」
「願い星」 「――オリオン座、β星?」
「??? っていうの? なぁに?」
 空に輝く星がすべて。地球からの距離も異なれば場所も違う処にあって。現在いま 見ている光は、10年も昔の――あるいは100年も昔の光だなんて言ってもいまの守には わかるわけはない。そうしてあの炎の川を渡った時の決死の思いも――まだ宇宙の 何たるかも知らず、横たわる灼熱の川を渡ったのだ、自分たちは。


 願い星も近くに行けば地獄の星。
 ――大気や土や鉱物の塊に過ぎない星をそんな風に考えられるなんて、女って不思議な 生き物だよな。
 あの時、進さんはそう言ったのだ。
 稀有なロマンチストで、すべての生き物を愛するかのような優しい人。……そんな 彼でも、宇宙というものに真向かえば真に現実的だった。私にとってこそ貴方は“不 思議な生き物”だったわ。
――またユキは微笑んで息子と一緒に星を見上げた。
 願い星。オリオン座ベータ星――この子もまた、其処へ行く日がいつか来るのだろうか?
 ぶる、と思わず体を震わせる。
「まま? なぁに?」
ん? とユキは腕を離して息子を見た。「何をお願いしたのかな? 守は」
「うん――言っても、あの。効き目がなくならない?」
どこで覚えたんでしょうね、そんなこと。お願いごとは口に出したら効力が無くなるって――それ はサンタクロースじゃなかったかしら? 
「大丈夫よ。言いたければ、仰い? ママが覚えておいてあげるから」
「僕だって忘れないよっ」
――3歳の記憶がどこまで残るものだろう? ユキはまた微笑んだ。


 「パパが元気で、早く帰ってきますように」
帰ってきますように。ユキも復唱して守の一緒に星空を見上げる。
「――それから、僕も、そこまで行ってみたい」
ほぉら、やっぱり。「パパとママが会った場所に行ってみたいな」あらら。この子はおませさんだわね。
「それと――ヤマトに、乗りたいな」
 それは無理だわとユキは思う。
宇宙戦艦ヤマトは沈んだのだ。あの水の星と共に。
その星と一体化して、今も中空に水素の固まりとなって浮かんでいる。
 「そうね」とユキは守をまた見た。「あなたたちのヤマト、というのがあるかもしれないわね」
え? 子どもは自分の考えに夢中でユキの独り言のような言葉を気にした風もなかった。
「宇宙に行きたいよ。パパと一緒に、僕も行くんだ」
 はっとユキは初めて気づいたかのように、その言葉の持つ重みに驚いた。
無邪気な子どもの望み。――それで。ママみたいなきれいなお嫁さん貰うの。
 まぁそれは善かったわね。全部、叶うといいわね。
 「もう一つあるの」
守は無邪気に自分の考えに夢中である。
「まぁ、それは何かしら?」
ナイショなんだよ、と言ってまた星を見上げる。それから指を組み合わせてしばらく 目をつぶった。はぁ、これで善しっと。と言ってユキに向き直ると、「ね? お祈りっ てこうやってするんでしょう? たくさんお祈りしたからきっと叶えてくれるよ」
 ユキはまたそれを見上げ、空にキレイに並んだ三ツ星を目にしてから、息子を見た。 少し寒くなってきたから、部屋に入りましょうか。そう言って。




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