新月倉庫YAMATO'−Shingetsu World:お題100(KY・No.44)より

fish icon 怪我




(08) (38) (44) (67) (80) (99)



【Into the YAMATO 2200】
:古代進と雪の100-No.44「怪我」
『宇宙戦艦ヤマト』より


air clip


= 1 =



 「え? 怪我!? まぁたなのっ!?」
きっとした高い声が耳に響く。あの柔らかく落ち着いた声が別人みたいに。
「うるっさいなぁ。そうキンキン怒鳴ってると嫁さんの貰い手が無いぜ?」
目が釣りあがってキツい声出すから、からかってみたくなった。
「なぁ、生活班長さん? 俺たちの商売なんだか知ってるでしょ」俺は言う。傍で班員の 連中がニヤニヤして一緒になってる中。本気で怒ったり膨れるのがかわいいもんで、皆、 やっちまうんだ。……姉さん然としてるのもいいんだけどなぁ、そうしたら構ってみたくなる のって、仕方ないと思うんだけどね? 
 で、俺は言う。「戦闘員なの、戦闘。怪我すんのもしょーばいっ。いちいち気にして られっかっての」


 そう。いちいち煩いなとも思い、でも心配してくれる女の人が(それがたとえ同僚として でも)いるっていう気分がなんだか嬉しくて、俺は怪我して怒られながら治療されるのが嫌 いじゃなかった。
――でもなかなか医務室には足が向かない。だいたい……昔から病院は嫌いだったんだ。 何故なら……俺、そんな丈夫じゃなかったからさ、子どもの頃は。……兄さんが家を出 てってからは自分でも頑張ったし、三浦の山や海で駆け回ってるうちに頑丈になったけど。 病室って、あんまり良い想い出が無い―― 子どもだったからな。


 というので、怪我するたびにユキに怒鳴られながら、俺は“医務室の常連”“包帯大王”な ぞと言われながら、其処へ通った。
 だいたいさ。それって皆のイメージ先行だっての。島や南部が率先してそんなこと言うも んだから、「いつも怪我している」みたいに思われているけれど。特攻したり潜入したり、そ れこそ誰もがどこかしらに傷を負ってしまう惑星上や敵基地への白兵戦だったり。……そう でもなければめったに怪我なんぞしてないんだ、俺は。敵と1対1で戦うこと――または1 対多、だなヤマトの場合は。それ以外。戦闘機ゼロ乗ったり 艦橋で指揮してて怪我なんかしね〜んだって。


 古代進は思うのだ。実際、余分な動きが多かったり神経がバランスよく使えてないと怪我をしや すいが、それでは初心者というものだ。古代や南部、加藤クラスになるとそんな単純な怪我 はしない。冥王星基地でセキュリティのレーザー喰らったとか、要塞島でコンピュータの触 手と戦ったとか、七色星団の決戦で戦闘機ごと正射喰らって内部が破損したとか。……そう いう機会の多すぎるトップというのも困ったものだが、古代にしてみれば“それはイメージ 先行すぎで、迷惑”ということになっても仕方ないだろう。
 しかし、森ユキとそういう軽口を交わしていたのも、戦闘が厳しくまだ先も見えなかった 旅の前半までだった――。


star icon


 いつごろからだろうな…。彼女の声音が変わってきたのは。


 「――古代くん、また怪我したの?」
 その声音に、心配そうな響きが混じるようになったのは。
 それを聞くたびに、少々の居心地悪さと、罪悪感。そんなものを感じるようになったのは。


 そう言うな――気づいてないのか? 俺が切ない。もしかして……もしかしてと思ってし まうから。
 俺は君が好きだ――こうやって薬を塗られ、肌に触れられて包帯を巻かれるだけでドキドキ する。この心臓の鼓動と血液の熱さが伝わってしまうんじゃないかと、それを抑えるのに 必死になる。だから、自然、話もできなくなるし、表情もぶっきらぼうになる。そんな俺を 君はますます心配して――顔を覗きこみ、変わったことはないかと真剣な目で見る ――それは。そんな時は、特別な感情なんかじゃない。看護師としての職業的な目だと、思 う。真剣に――何も見逃さないぞというような表情で。それがどんなにきれいで、その瞳が どれだけ魅力的か、わかっていないのは君だけだ……。
 チラりと見て目なぞ合ってしまったら自分がどうなるかわからないから、俺は顔を逸らし、 なるべく見ないようにする。見たいけど、見ない。だけどわかる――どんな顔をして、どう “観察”しているか。……ユキ。


 「なあに、どうしたの古代くん?」
心の中で呼びかけたのに返事されてしまったようで、
「あ、はいっ!」と思わずビクりとして答えてしまった。
 「な、何でもない――こんな擦り傷」
強がって手を振ったらユキに当たってしまった。
 いちっ! ……実際は折れてはいないまでも、かなりヤッちまったという自覚はある。 今日1日か2日は、訓練も哨戒もお休みだ……くらいの傷。背は内出血くらいで済んで いるだろう、傷にはなっていないと思うが……腹はね。それに腕は言い訳のしようがなかった。 ざっくりと火傷を負っている。


star icon


 「なぁに、ユキ。そんなもんは薬塗って放っておきゃ治るわい。そんな丁寧に扱わんでええぞ」
佐渡がカーテンの向こうから一升瓶を片手に言った。
「……わかってますっ。佐渡先生ったら。お酒は時間が終わってからになさってくださいね、もうっ」
 少し赤くなって、ユキがそう声を急に大きくして伸び上がり、向こうに答えた。下から見上げると 首筋から襟の処が綺麗に見えた。そこが少し染まっているようなのは気の所為か、明かりの 所為なんだろうか…。
 何故か間の悪そうな表情かおになると、ふいと向き直り、治療薬を ぺたぺたと塗る。
(いてて……)
沁みるのだ。効き目は抜群なのだが。まったく容赦のないお嬢さんである。
 治療を終えくるくると手際よく包帯を巻いていく横顔が綺麗だなとまた思った。 部屋に2人きり……ちょっと照れくさい。ふん、と良い匂いがしたような気がしたが……絶対 に気のせいだ。看護師は香水を付けられないはずだから。


 「はい、終わりっ」ぺし、と軽く叩かれて、思わず「いちっ!」と声が出た。不意打ちだったから だが、ひどくないかちょっと。
 なのでそう言ったら、い〜っだ、をされて。
「不注意な戦闘班長さんにはこれくらい」と言われてしまい、さっきの微妙な雰囲気は何だったん だろうと思う。でも、と錠剤を手渡された。
「1日2回。痛みが取れるまで飲んで。我慢して平気、だなんて思っちゃだめです。……じゃないと」
 そうなのだ。筋肉も体も休める余裕なぞない。俺たちは艦橋勤務があり、常にガミラスの攻撃に 晒され、そうして空いている時間は訓練を重ね調整をし、シミュレーションを繰り返す――死なない ために。誰も……死なせないためにだ。
 だから傷が癒えるのを待つ余裕はなかった。
 同じリーダーの1人として、森ユキはそれを知っている。だから少しでも早く回復させなければ、 筋肉も体も、どんどん耐性を失っていく。鍛えに鍛えた体だし自分はまだ10代。心配はないが、 それでも――体力の減退は気力の減退につながり、集中力の低下と、その一瞬の緩みが 多くの人の命を分ける。
……わかっている。自分の立場も、ユキの気持ちも。
 「気をつけてね――艦長代理」
 そう。俺は沖田さんの病気代行として、艦長代理になった。……戦闘班を率いるだけでな く――敵を倒し、味方を生かし、ヤマトを生還させるための突破口を開くだけでなく。イス カンダルへ行き、無事、それを地球へ送り返すまで責任を持たなければならない立場になっ たのだ。――途中で倒れれば誰かが後を継ぐだろう。だが預かる命の重みは同じでも、責任 の重さは桁違いだった。


star icon


  「――古代くん」
 医務室を出る処でユキがふっと柔らかい口調でそう言った。
 俺はこの“古代くん”に弱い。――いつごろからだろう、こんな気持ちになったのは。いつ ごろからだろう? 島が冗談を言わなくなったのは。南部、相原、太田。ヤツらがからかう ことはあっても、前のように悪ふざけできなくなったのは……。
 「ユキ……」そうして、俺も彼女をそう呼ぶようになっていた。誰もが皆、そう呼んでい たとしても、それでいい。彼女は俺たちの女神だった――だが俺にとっても? どうなんだろう。
 「ありがとう、助かったよ」
「今日明日は訓練しちゃだめよ? 哨戒も出てはだめ。できれば 格納庫の夜勤も代わってもらって」――は? まったくよく人の行動パターンを知っている お嬢さんだな。……当たり前か。艦橋メンバーは互いの動きはたいてい知悉している。でな ければエマージェンシーが取れないからでもあったが。


 その時。
 ビー、ビー、ビーッと非常警戒の音声が鳴り響き、艦内放送が入った。
『飛行物体発見――古代艦長代理、古代さん。至急、第一艦橋へおいでください――』
古代はキッと表情を変えると通路の艦内電話を取った。
「古代だ……すぐ行く」
 彼はふっとユキを見返した。「――そうも、言ってられないみたいだぜ」片目をつぶってみせ、 ユキも頷く。「お先」
「えぇ、私もすぐ行くわ」
 そうして古代はまだ傷癒えぬ身のまま、第一艦橋へ向かう最短ルートを駆け出す。


 大丈夫だ……君が治療してくれた。
 仲間が横にいて、君が心配してくれる。
優しい、白い手――それを守るためにも、俺は、戦うんだろう。
 古代がそう胸の裡でつぶやいたことは、誰も知らない。


 西暦2200年――ヤマトは銀河系の星の少ない空間を、ひたすらサレザー星系へ向かっ て走り続けていた。
 【Fin】


star icon


by AYANO――29 Apr, 2010
counter−097, chapter:16



 
←新月の館  ↑K&Y・100題 新月版  ↑同2009−2010年の作品index-  ↓ご感想などあれば。  →新月annex倉庫・扉

Design Labo's_linkbanner

背景画像 by「Design Labo」様

copy right © written by Ayano FUJIWARA/neumond,2010. (c)All rights reserved.
inserted by FC2 system