新月の館annex・倉庫 YAMATO'−Shingetsu World:お題100(KY・No.59)より「試練」

butterfly clip兄と弟




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【From Iscandal to the Earth, 2201】
:古代進と雪の100-No.59「試練」
『ヤマト、新たなる旅立ち』より


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 古代進は困っていた。
 はぁ、とため息をついているのは真田の部屋。――ほかにこんな愚痴を言える相手はいない。


 「俺が艦長代理やってる理由が、あまりないと思いますが」
ふぅ、と息をついて真田に言う。サンザー星系を離れ、少し落ち着いた処で、兄・守と話し 合った。地球を救ったスターシアの夫であった。そしてガミラス戦役での功績から、戻って 年金で生活することもできるだろう。娘の養育もある――だが。
最初はスターシアを失った衝撃と、手許に残された娘のこと。そして慣れぬヤマトという環 境――古代守が出征した時にはまだヤマトは建造されていなかったからだ。彼にとってヤマト は、“初対面”のおんなである。だがその時期が過ぎると、艦内も(サーシャのことを除 けば)落ち着きを取り戻し、古代守は空気のように艦内に馴染んだ。
 兄は何か考えているようだった。
 それを推察くらいはできないでもない2人である。


 防衛軍長官の藤堂と秘密通信シークレットで長く話していた様子だった。
“軍務に復帰する”そう告げ、直後に、本部から『古代守のリハビリをさせろ――戻ったらす ぐに軍務に就いていただく』そういう、情け容赦ない指令が進宛に届いた。
――なら、艦長代理を代わってもらっては。兄さんは駆逐艦の艇長勤務が長かった。戦艦の艦 長のキャリアは十分だ。人手不足の時代とはいえ、20代半ばで主力級戦艦を預かったのだ。
そう言うと。
 「古代――ヤマトは、艦長を選ぶぞ」真田が言う。
え、と進は顔を上げた。
「お前が艦長代理のまま、艦を預かってきたのは、なんのためだ」「真田さん…」
沖田艦長のあと、すぐにヤマトの艦長が検討されたのは当然のことだ。候補に挙がったのは土 方さんだけだ。だがあの方は、知っての通り太陽系艦隊総司令としてアンドロメダに乗り、す べてを統べる立場だった。ほかにも候補はいたさ――だが、それではダメなんだ。
 お前はまだ、艦長たるには若すぎる。真田が淡々と言う。
だが、“ヤマトの古代”といえば、お前しかいない。――だから、お前が乗っている限り、守 がその上に立つことはあり得ないんだ。彼の想いなど初めて聞く古代であった。


 その兄・守の親友であり、彼の実績も戦いも、自分よりよほど知っている真田志朗。
「――まぁ次の航海には正式な艦長が決まるだろうけどな。今は、何か守に提供できる仮ポス トを作って、本当に“リハビリ”してもらった方がよいと思うぞ」
「そう、ですね…」
進は複雑な心境で頷いた。


 尊敬してきた兄――だが、ヤマトに乗る限り、自分はその頂点に立つ。望んで得た場所では ない。実際、艦長無き艦長代理なんて不安定な立場だ。
さて、どうしたらよいのか――サーシャのこともある。
島の体調も不安定だ。……なによりも、そんな混乱を、新人たちに悟られるわけにはいかない。  「戦闘班長でもやっていただきましょうか…」
進は真田に言った。彼はふと笑って。
「それが良いだろうな――あと、1日艦長代理もありだろう」
進はこの部屋に入ってきて初めてニヤっと笑った。
「そうですね。新人連中脅しておくのも、悪くありません」
――俺たちがいくら実績があるといったって彼らと二つ三つしか違わない。ヤマト以前――劣悪 な科学力でガミラスと対抗し、生き残ったこの人たち……真田さんや兄さんたちの持っている ものは、彼らにも……俺たちにも良い勉強になるだろう。そうだな。


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 「当面の問題は」
ごく真面目な顔で南部が言った。第一艦橋である。
「艦長代理と守さんを、どう呼ぶか、ってことですね」
 真田と古代進の生真面目な会話をどこ吹く風、艦橋ではごくのんびりとした内容に、ごく真 剣に問答する人々がいた。う、と進が詰まった。確かに自分も、兄を「古代守」と呼び捨てに するのは(自分と同じ苗字だということもあって)抵抗がある。かといって、現在は階級がな いので階級呼称も不可能だ。
「いや、呼称ってのは大問題ですよ? ちょっと呼ばわるの遅れただけで、命に関わりますも ん」と相原が両手を拡げて大げさにため息をついてみせた。
 「お兄さん、退役前は中佐でしたっけ」そう横の戦闘指揮席に座っている古代守に島が訊く。 あぁと頷くが、
「だけどな。軍籍なんざとうに抜けてるぞ」と真田が声をかける。
 真田にしてみても、いつの間にか“古代”といえば進のことだ。だから守のことは“守”と呼 ぶようになっていた。だがそれも、親友だからできることだ。
「守さん、でいいんじゃなないの」
ユキが後ろから口を挟んだ。
「それも、緩い気がしないか?」
艦長代理の方がそう言って、
「じゃ、古代さんの方は“艦長代理”で、守さんの方は“古代さん”っていうのは?」
太田が言えば、
「僕、絶対間違える」と相原。
――それに。仮にしても“中佐”はマズいのだ。古代進は思う。少佐待遇の自分より上、艦を 統べる者にとっては都合が悪い。
(う〜ん…何かいい方法は、ないかな)
 「戦闘班長。または守さん、でいいことにしましょうよ」南部が何故か締めた。
「――島さんや真田さんは抵抗ないでしょうし。古代さんは呼び捨てでいいんじゃないすか」
「――古代、守、って呼ぶのか? オレが?」
進が言うと、ジロリと兄が睨んだが、不服を言う様子はなかった。
―― 一応、ヤマトは軍艦なのだから、規律というものもあるだろう。
「まさか、“兄さん”とか“お兄さん”ってわけにいかないでしょ」
と南部は島と古代を見る。顔を見合わせる2人。「あ、あぁ…」「まぁな」
 ぱんぱん、と真田が手を叩いた。
「さて、この話題はここまでだ。オレは“艦長代理”“古代守”とフルネームで呼ばせてもらう。 あとの者は好きに呼べ。いいな、守」
「あぁ――真田に任せる」
こくりと技術班長が頷き、艦長代理は、ふぅ、と横を向いて息を吐いた。
「では、そういうことで。よろしくな、皆」


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