>KY100・Shingetsu World:古代進&森雪百題 No.61




故郷ふるさと


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−−『宇宙戦艦ヤマト』戦後
:KY百題 No.100「お正月」
A.D.2208、地球


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 風が、丘の下から吹き上がってきた。それは汐の匂いを多分に含んでいる。
それは当然だっただろう。古代進が一歩、林に突き出た岩の方へ足を踏み出すと、 眼下には入り江が広がっていた。天気のよい温かい日だったが、さすがに1月の海風は冷たく、 進はジャケットの襟を立てて首を少しすくませた。
 「なにもこんな高地に墓なんぞ作らんでもええと思うじゃろ」
傍らに居た好々爺、といった雰囲気の寺の住職が言って、古代は「いいえ」と顔を綻ばせた。
「親父もお袋も、この村が好きでした――復興されて本当に、良かったと思っています」
「そう……そうじゃな」
「本当は兄も一緒に、此処に眠らせてあげたいと思っていたのですが」
 敵襲を防ぎ、大事な人を生かすための“盾”となって爆死した兄・古代守も、 そうして両親の遺骨もこの下には無い。――それは進の仲間や先輩たちだった大切な者たちの墓も、 同じであろう。現在の地球に、どれだけの人が本来の“墓” たる役割を持った墓を持っているのだろうか、とふと思った。
 たび重なる大地への蹂躙。地表は元の形をほとんど失ってしまい、中には大陸ごと形状・ 環境まで変わってしまったものもある。
――三浦岬。と昔は呼ばれていた、進の生まれ育った此処でもそれは例外ではなく、 ただなるべく元の形に近いものを、ということがガミラス戦後の再形成計画に受理され、 それがさらに三度の大戦を経たのち、アクエリアスの水の恩恵も確かにあって成功したにすぎない。 それもこれも、此処が半農半漁の村であり町であり、生き残り地上へ上がった住人たちの、 不断の熱意なしにはあり得なかっただろう。
 その村の人たちが建ててくれた墓だ――これは。


 少し下草が生えていたのを摘み、あたりを掃き清めて水と、用意した花を供える。
 住職は軽く手を合わせると、あとで本堂の方にお寄りなされ。 爺の茶でも飲んで少し話しでもしましょう、正月だしのと言った。そろそろ奥様もお見えじゃ、 と去っていった。
 進はもう一度顔を上げて墓石を見た。周りには同じ頃建てられたと思われる墓が沢山あり、 また空き地がある。古代は――俺は、どうするのかな。此処に、眠るのだろうか?  そう自問し、それもまた自分にはなんだか不似合いな気がして苦笑した。
――脳裏に“英雄の丘”の大仰で物寂しい、だが大切な場所が浮かぶ。沖田の像を囲み、 大切な仲間たちが眠っていた。だが、本来そんな処に大切に葬られるような自分ではない。 なによりも、宇宙の海に消えるのだろう――人知れず。それが自分にふさわしいように思ったのだ。 だから兄の遺体が此処にないことも、殉職扱いで軍葬にされ、やはり英雄の丘に眠っていることにも、 疑問を持たなかった。


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 目を上げると枯れ草の間から、坂を息を弾ませながら来る白い姿が見える。
 進はふっと表情を崩すと、「おぅい、此処だ。……守、がんばれ、もう少し」と言った。


 よちよちと顔を赤くして足を踏みしめ踏みしめ、後ろから見守りつつ来る母の前を、 歯を食いしばって熱心に上って来る幼い息子。その“一所懸命” が顔に出ているようなのがとてもかわいく、ほほえましかった。 うん、うん、と顔が赤い。でも父親の姿を見つけてそれがぱっと明るくなった。
「ぱぱっ!」
「……守! 慌てて転ばないのよ」
後ろからユキが声をかける間もなく、転がるように最後の所をよたついて、 近寄った進の腕の中に倒れ込んだ。顔が真っ赤で、厚着をしている所為か、まるでだるまさんだ。
 「もう…」後から来たユキが笑いながら「――この子ったら。意地ばかり強くって。 どうしても自分で歩くって言い張るから、遅くなってしまったわ。ごめんなさいね、進さん」
「いや」と古代は笑って、ポケットからハンカチを出し息子の顔を拭いてやると、はい、 チーンして、とはなをかませ、ほい、と腕に抱き上げた。
 その様子を見て微笑むユキである。――彼女はさすがにこの上り坂に息も乱していない。 だが、「風が、気持ちいいわね」と言った。
「お正月にふさわしいお天気だし」そう言って少し目を細めると進の傍らに歩み寄る。


 「お義父とう様、お義母かあ様――ユキです、 お久しぶりです。……長くご無沙汰していましたけれど……まもる。 あなたたちの孫です。ようやく、ご覧にいれることができますわ」
そう言って傍らの柄杓で水を汲むと、墓にかけ、手を合わせた。
 進の腕の中からきょとんとそれを見ている守は、
「ぱぱ? まま? おじいちゃんなの? なぁに?」
と言う。古代はとん、と守を地面に下ろすと
「――守。ここに眠ってるのがもう一人のお祖父ちゃんとお祖母ちゃん…… パパのお父さんとお母さんだよ。……ママと同じようにしなさい。ほら、こうやって」
守はみようみまねで神妙に手を合わせてなにやら祈っているユキの真似をした。 古代も手を合わせ、心の中で言う。
(――父さん、母さん。平和な新年を迎えました――これも皆、 あなたがたが護ってくださった御蔭です。これからも、 あまりたびたびは来られないかもしれませんが、いつも、大切に思っていますから ――そっちでお会いになったら兄さんや義姉さん……そしてサーシャにもよろしく)
 そう語りかけてしばらく祈る。……向こうでスターシャさんに会ったら驚くだろうなぁ。 なにせ地球を救った女神の上に、女王さんだ。自分の息子がそんな“嫁”連れてきたなんて。 その想像に思わず心の中でくすりと笑う。



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 「古代――古代じゃ、ないか?」
墓前を辞して墓所――本堂の方へ戻ろうとした処を、遠慮がちに声をかけられた。
 ふと顔を上げてみると、
「あぁ……やっぱり古代だ。俺だよ、小学校の同級だった、鈴木」
「……鈴木、、、鈴木って――」古代は古い記憶を頭の中で検索した。
 生き残った昔馴染みは多くは無い。三浦岬は遊星爆弾の直撃を受けたため、 村ごと半分が失われたりその放射能の影響でバタバタと亡くなった人が多かったのだ。 親しかった者や少しでも関わりのある人の消息については、結婚式の時に人を頼んで調べたのだが、 その中にはなかった顔だった。
「……鈴木、、、“いち”か?」すぐに思い出した。
「あぁ、そうだ。――そう、いちべーって呼ばれていた鈴木一計いっけい だ」
「懐かしいなぁ」
そう言うと2人は歩み寄り、ばんばん、と背中や肩を叩き合った。
 「――偉くなりやがって。救国の英雄、地球の守り神ってなもんだ。 ……あの大人しくて女の子とばっかり遊んでいた進がなぁ、って皆言ってる。 でも良かったなぁ……生き残って」
最後は小さな声でだったが、涙ぐんだ様子が伝わって、進も言葉に詰まった。


 考えてみればここは地元の墓地だったし、今は正月だ。多くの幼馴染たち (とはいえさほど生き残ってはいないのだが)が墓参に訪れるのは予測ができたことだった。
「――奥様ですね」
ペコリとユキが頭を下げ、守、ご挨拶しなさい、といった。
「こんにちは」と守は言うと「こだい、まもる」と言ってパパの手にしがみつこうとしたが、 男は顔をほころばせると、
「いい子だなぁ。守くん、いくつ?」
「3さい」と言った。恥ずかしそうに父親の後ろに隠れようとする。鈴木はあは、と笑うと
「大人しいんだな。うちの坊主どもは5歳と3歳になるが、悪がきでね――まったく。 ガキの頃の古代にそっくりだな。うん、いい子だ」
そう言ってくしゃりと笑う。どちらかというと母親似といわれる守だが、 古代の知人にはそう見えるのだろう。
 「――そうだ古代。里帰りか?」と鈴木は言った。
「あぁ……まぁそんなところだ」古代が答える。
「日帰り?」
「いや。何年かぶりの正月休みだから、2〜3日、家族でゆっくりしようと思っている」
親戚縁者、全員をあの最初の日本への遊星爆弾の攻撃で失った古代には、 この地域に里帰りする場所はなかった。だから最近できたという地元の旅館を予約し、 正月の休みを過ごそうとユキと話し合ったのである。森の実家にも訪ねなければならなかったが、 ここ数年は機会があればそれを優先してきたこともあり、ようやく古代は自分の両親と故郷に、 妻と息子を連れてくる機会を得たのだった。
 ユキも賛成してくれた。
「――そうね。お義父さんとお義母さんに会いに行きましょう? 守にも会いたがると思うし ……それに私も」貴方の生まれ育った街が、いま、どうなっているか見てみたい。


 都会の良い家のお嬢さんだった森ユキには、正確な意味での日本の原風景といわれるような “故郷”は無かった。海や山を破壊され、自然の恵みそのものを慈しむ進の怒りや悲しみを、 どこか遠くで眺めるしかない処がもどかしかったのだ。そのユキも専門を“そっち”に持ち、 ヤマトに乗り、数々の星や生態系に接し、地球が蹂躙されては再生されていくのを体験しつつ、 自身も変わっていったと思っている。古代の故郷にその原型があるのだとすれば、 ユキはそれも共有したいと思っていた。
 きっかけは小さなニュースで、その辺りが復興し、 訪れる人も増えているという話を見つけたことだった。
 墓が出来たことを知らされて2年になる。建立の時に古代自身は行っているはずだが、 その時もとんぼ返りで宇宙へ出てしまったため、その時に世話になった人たちへのお礼もまだだった。 ――それがこの“帰省”の経緯だ。


 「そうか? そりゃぁいいや」
数日は居て、お礼をしたり息子に故郷(といってもあとから出来たものだけど) を見せたいのだと言うと、鈴木はそう言って喜んだ。
「皆、会いたがるに違いねぇし。結婚式に出たのもの何人かいただろうけどよ、 もし迷惑じゃなかったら都合のつくやつだけでも集めるから、逢わねーか?」
と言い、古代は頷いた。
「ぜひ、奥さんも坊ちゃんもご一緒に」そうユキに言うと、
「いいのかしら?」と古代に目顔で問う。
「なぁに、皆家族連れで来るようにすりゃいいって。どうせこの辺の宴会なんてそんなものっすからね」 鈴木は古代の携帯番号を聞いた。彼はめったに使うことのないプライヴェートの連絡先を知らせ、 交換に鈴木のものも聞いた。
 「で、泊まりは? へ? みその旅館!? なんだ。やっちゃん じゃねーか。あれだよススム。やっちゃん……八木沢の姉さんがやってるんだ、そこ」
「八木沢……って、あの、運動神経抜群だった美穂…ちゃんか?」
「あぁ、そうさ。その姉さんが家を継いだ旅館だ」
また連絡する、という鈴木を残して、古代一家は本堂の方へ向かった。
 「やっぱり故郷ね。――学校のお友だちくらいしかいない私には、なんだか羨ましい」
ユキが言った。
「田舎モンだって言いたいんだろ?」古代の目も笑っている。


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