>KY100・Shingetsu World:古代進&森雪百題 No.61




故郷ふるさと


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 旅館に落ち着いて窓から続く川の景色を障子越しに見、せせらぎを聴くと、 生き返ったような気がした。
「――ねぇ? 温泉もあるのよね。素敵」ユキは楽しそうである。……何よりも親子水入らず、 3人でエマージェンシーコールもない、官舎でも無いところで羽を伸ばせるなど、 何年ぶりのことだろう。……その、自分たちも含めた不断の努力の結果の一つが、 この自然豊かな地域の姿なのかもしれないと思うのもまた幸せな気分になった。
 「ゆき――」
守は昼間はしゃぎすぎたのか、旅館についてすぐに眠そうにしていた。 ぐずぐずいうのを手足だけ洗わせて部屋の隅で気持ちよさそうに眠っている。 たくさん歩いたのと移動の興奮でぐっすりだった。
 荷物をまとめながら浴衣に着替えようか、それともとりあえずはホームウェアにしようか、 と考えていたユキは夫の呼ぶ声に目を上げた。
「こっちにおいでよ」――進は浴衣に着替えて胡坐を組むと、窓枠にもたれるようにして目を細め、 愛妻の姿を眺めていた。「荷物なんて、あとでいいから」
「お夕飯までにお風呂、入るでしょ?」ユキは進の方へ立ってきながらそう言い、くい、 と腕を引かれてその膝に抱きかかえられた格好になると、きょとんと夫の顔を見た。
 頬に柔らかく唇が寄せられ、大きな手が髪を撫でる。
「ゆき…」そう言い様、「食前酒だ」と微かな声とともに柔らかいものが唇をふさいだ。
んっ……ぽおっとするくらい長くそれは続いて、密着したままの肌と体温の熱さが、 外の空気を忘れさせる。
 「す、ススムさん。守が」「起きやしないよ…」
そう言ってまたキスをすると、手をするりと肌に伸ばしてきた。
「あっ、それは、だめ」声が出ちゃうでしょ――守がいるんだから。まだお昼間だし――お正月だし。 あら? 最後のは、関係ないわね。そう心の中で自分ツッコミを入れると、あらら……あん。 キスだけは熱心に返してしばらくその感触を2人で楽しんだ。


 そういえばしばらくゆっくりリラックスした時間を睦み合ったという覚えも無い。 結婚し子どもが生まれて3年経って――だが戻るたび進は熱心にユキを求めたが、 それも互いの仕事やシフトを考えるといつもというわけにはいかなかった。親子3人の生活は、 やはり息子中心にならざるを得ず、ユキの負担を軽くするためにシッターさんや手伝いの人を入れ、 2人の時間をなるべく持つようにはしていたが、それも限界がある。 だいたい古代自身がほとんど地上にいないのだ。まだ長期出っぱなしということはなかったが、 任務は厳しく、戻るたびに守は育っているような気がして少し寂しいのも正直な処である。
(育児休暇がほしいくらいだ――)
子煩悩というか、それが守という人格だから可愛いのかわからなかったが、古代自身がそう思うほど、 息子に愛情を感じるのが不思議だった。
 (……俺たちだけの子ではない)
そういう思いも、もちろんどこかにある。


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 年末は互いにやはり忙しく、先般の異動で長官秘書室のサブチーフになったユキは、 それなりに責任も増えていた。進は宇宙勤務に出ている時間が長くなり――というよりも、 戦艦アクエリアスが本格就航して1年、そろそろ外周を本格的に周回する “めったに帰れないコース”への実施が始まろうとしている。ある意味ではこの正月は “家族が地球でゆっくり過ごせる(しばらくは)最後の休暇”になるのかもしれなかった。


 古代は楽観しているところもある。ユキはある意味、どこででも生きられる女だ。 火星にも拠点を持ったが、あるいは本拠ベースにするガニメデへしばらく来るということもできるし (もちろん仕事次第だが)、出っぱなし、ということにはならないだろうと思っている。 それに、守のこともある――子どもが小さい間は。自分もできればなるべくそばにいたい、 と古代は考えていたのだ。
 だが――地球に縛られたくない。それもまた宇宙の男としてのこだい の本能である。


 彼はゆきをギュと抱きしめた。
(ごめんな、ユキ――守を、頼む)
首筋にキスをして、気持ちを言葉にしないまま抱きしめたが、なんらかを感じたのか、ユキは
「なぁに? どうしたの? ……あん。ねぇ、進さん。ね? 夜またゆっくり――あら」
そう言って柔らかい声で耳元に囁いた。
 「ねぇ、お風呂入ってきましょうよ? 家族露天があるのよ――あら。 でも守をみてなきゃいけないから、先に大浴場に行ってらしたら?」
天然なのか、わかっていてもこの時間を大切にしようというのか――古代はもう一度、 軽く唇にキスを落とすと立ち上がった。「そうだな。そうしようかな」
 ん? と見上げるゆきを古代はこれ以上ない、 というような表情で見返した。
「ユキ――ありがとう」「なぁに?」その表情はとても柔らかい。
 ユキは知っているのだ。最初の旅――ヤマトの艦内で告白され、古代がこの言葉を口に出してから。 古代がこれを口にする時は多くの意味が込められていることを。 「ありがとう」それはユキにとって切なくて甘く、 そうして自分が愛されていることを感じる言葉だった。
 だがそれを見せることなく、はい、と下着を引っ張り出す。
「――ゆっくりしてきていいわよ? 私はもう少しここでのんびりしているわ」
 ユキにとっても静かなせせらぎと清浄な空気のこの場所は心を癒してくれる時間だった。


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 さすがに和風の日本屋つくりの部屋では情熱のままに…というわけにはいかない。 息子が横で眠っているからでもあるが、それでも2人は愛情の確認をし合い、 またゆっくりと温泉に浸かって疲れを癒した。 (まぁ守ははしゃいでしまって風呂の中でも興奮していたが。)
 「正月、か――新しい年だな」
「そうね……静かで、いいわね」
 それは、“平和”だということでもある。 なんだか毎年ヤマトの中か宇宙の果てにいたような気がするのだ、この10年ほどは。
「ごめんよ、なんだか付き合わせるみたいな格好になって」
友人たちとの宴会に新年早々出かけることを言っているのだとユキは察した。
 「なにが? 私も貴方のお友だちに逢うのは楽しいわよ」
「そう? ならいいけど」
確かに気のいいやつらだった。 ふだん付き合っている人間たちとは違ったタイプの逞しさが彼らにはある。 古代自身が逢うことはほとんどなかったが、心の支えであることも確かだ。


 昼間逢った鈴木一計からは夕刻に旅館の方へ連絡が入り、明日、近所の店の座敷で宴会、 ということになっていた。どうやら皆、正月休みをもてあましてもいたらしく、 古代の帰省は格好のネタだったようだ。10人近く集まるのではないか、と聞いて、 古代が密かにため息を吐いたことはナイショだ。



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 翌朝も温かな良い天気だった。
地元風のお正月料理に舌鼓を打ち、
「正月だから、いいんだよ」と言い合って、進も朝から酒など飲んでいる。 朝湯と朝酒を楽しんでいると、さっそくに携帯が鳴って2人はびくりと顔を見合わせたが、 着信履歴を見て古代は苦笑した。
 「あいつらだぜ? 結局、邪魔してくれてやんの」「――まぁ、進さんたら」
ユキが呆れ顔で言って、回路を開いた。
『おめでとうございま〜す!!』
わいのわいのといった雰囲気の声が聞こえ、相原が画面に、そのうしろにはなんだかぞろぞろと皆、 居るらしい。
「なんだ? なんだか結構集まってんだな」古代が言うと、
『艦長〜〜おめでとうございます』
とすでに出来上がった声がする。南部、太田、相原――ほかにもけっこういるのか? 皆、 ご自分のご家庭はどうした!? と思う古代だ。
 『やっと抜け出して気の置けない集まりなんっすよ』
とこれは相原。さもあろう、相原家と藤堂家が集まったところなど想像したくもない。
南部はどうやら自分の古アパート(南部屋敷の外れに撃ち捨てられていた建物を改装したもので、 南部の体の良い避難所兼みなの集まり場所になっているようだが)を提供したらしく、 そこに正月2日がヒマな人間が集まったのかもしれなかった。
 くすくすとユキが笑い、
「おめでとうございます。皆さんによろしくね」と言い
「あまり呑みすぎんなよ?」と古代が言って、
『艦長こそ』と返された。それぞれが順番に挨拶したいということで、 10人くらいの声を順番に聞いたところで通話を切ると、古代とユキはまた顔を見合わせて笑った。
 「――あいつらも、相変わらずだな」
「ふふっ。平和ってことなんじゃないの?」ね、守。
そう言って、守は自分に食べられるものだけをまとめてくれた自分の御節に満足していたが、 ひょいと手を伸ばすと、進が持っていた朱塗りの杯を取ろうとした。
「お……こらっ。まだ酒はちょっと、早い」
それを見てユキが呆れる。
「…ちょっとって――まったくもう。まだ10年以上早いわよ」と夫を睨み、 息子は意味がわかったのかどうなのか父親を見て2人で共犯者めいた笑いをした。
 のんべになったらどうすんのよっ。――ユキには“自分もそうである”という自覚は無い。


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 午後は、散歩したり、今は女将おかみに収まっている館主が、 古代と話したいというのでユキは守を進に預け、のんびり温泉に浸かったりもした。
 そうして夕方少し早めに。あたりを散歩しながら会場にと指定された小料理屋へ向かった。
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背景画像 by 「Silverry moon light」様 

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