>KY100・Shingetsu World:古代進&森雪百題 No.61




故郷ふるさと


(1) (2) (3) (4)




newyear clip


= 3 =



 「お〜、来たな! ススムぅ!!」
大きな声を上げたのは、何年の時に同じクラスだったか。何度かのクラス代えで何度か一緒になり、 そのたびに悪がきの大将だった柳也りゅうや……苗字はなんていったかな、 あぁそうだ。佐々木だ。
「おう、俺だよ、佐々木柳也だよ」
「あぁ…」古代は少し笑いながら 「わかるさ。柳也だろ? よく俺のこといじめてくれた」
「あ、ひでーよなぁ、ススム。わし、これでもお前のことかわいがってたつもりだぜぇ?」
あはは、と古代は笑いながら敷居をまたぎ、帳場の方へ行こうとした鈴木一計に 「すぐ始めるから適当に座ってて」と言われた。
 古代が中へ入ろうとして座敷を見ると、10人どころではない。 家族連れの者もいるということもあるが、なにやらわらわらと。
「すまんな、増えちまって…ま、そうあるこっちゃねぇや。賑やかでいーだろ」
と、一計。
 「古代く〜ん、こっちいらっしゃいよ。そんな悪いヤツ放っておいてさ。ほらほら、 奥さんも、坊ちゃんもね」手招きしたのは女たちの一群。
 大きいのやら太いのやら子連れやらがわらわらいるひと隅に、引かれるままに古代は歩み入って、 誰が誰やら思い起こそうとした。皆、どこかしら面影があるが、記憶は鮮明でかつ曖昧で。 皆が懐かしく、幼い頃から小学校時代を思い起こさせた。
 結婚式に来てくれたメンバーも数人いた。ユキはそこに招かれ、守を紹介する。 その輪は皆、子連れだったので、いまも半農半漁のこの場所では子育てネタが始まるのを横に、 古代はその間に座り込んで「まずは一献」と言う佐々木の杯を受けた。


 「お前ぇよぉ。偉くなっちまって、いやぁ俺たちの誇りだって」
「そうだよなぁ。あの古代進があのススムだってんで、ほんと」
「――あらぁ。古代くんは昔から素敵だったわよ。おとなしかったけど、 けっこうその気になれば強かったじゃない?」
「そうそう」と、声を上げるのは女性陣である。
「けっ。…古代は昔っから女にはモテたからなぁ」
「おい」つつかれて、日焼けしてごま塩頭の佐々木が、その腕をつい、とつねられてあう、 と言った。「あ、悪ぃ悪ぃ。奥さんの前で、すまんこってす、不調法なもんで」
「まったくな。相変わらずだぜ、柳也は」
古代はにこにこと笑いながらユキと目が合う。
 「しかし、奥さん、噂どおり本っ当に美人ですねぇ。うちのかーちゃんたちがイモに見えらぁ」
「あんたっ!」ごろごろとそのへんに居る面子は、同級生どうしで結婚したのもいるらしい。


 「そのへんにしたら。主賓も揃ったことだし、乾杯と行こうや」
「ちょっと待てよ。……もうじき咲夜さくやが来るからな」
「咲夜…?」
 古代の記憶がすいと鮮明によみがえった。
 教室の影にいつもいたような目立たない幼馴染。人当たりが柔らかく、お嬢ちゃん、 など呼ばれることすらあった古代は、けっこう話した方だった。両親が失く、 祖父に育てられているといっていたが……豊かとはいえないこの村でも、さらに裕福とは遠く、 公共住宅住まいだった子。……身体も強くなくて、ガミラスの放射能漏れでやられたのではないかと、 心配もしていた子。中学で学校を辞めてどこかへ行ったと聞いていたが ――それまで消息を思い出しもしなかった自分を少し恥ずかしく思った。
 仲良かったんだよな、俺。と古代は思う。
ガラガラ、と表戸が開く音がして、「お待ちぃ!」という声が聞こえてきた。
 「おう、来た来た――」柳也が座ったまま振り返って、襖が開くと、
「よぉっす。毎度ぉ」という元気な声がして、
「待ってましたっ」と目の前に差し出されたのは、パックに所狭しと詰められた、 活き作りの鮨と刺身である。
 いなせな作務衣に半纏を着込み、角刈りの頭に生き生きした目をくりっとした青年がそこに居て、 寒い中を急いで来たのか、赤い頬をして皆にその“作品”を差し出した。
 「うあぁ、よくこれだけ魚、揃ったなぁ」
「任しとけよぉってなもんだ。おいらの仕入れだからな。安全・安心・旨いってね。 “YAMATO鮨”をどうぞよろしくっ」
 そう言い切って、中央のテーブルにそれをどん、と並べ、「風味が落ちねぇうちに食ってくれ。 ほれ、今日はお祝いだしなっ」そう言ってさっさと差配していく様子は堂に入っている。
皆がわっとテーブルについたところで、彼はよっ、と古代を振り向いた。
 「ススムだろ。……古代。俺だ、三戸咲夜みと さくやだ」
「……咲夜、か」
古代はあまりの驚きに声も出なかった。
 「古代くん。三戸くんはね、あれから一人で戻ってきて魚屋さんになったの。此処に、 健康な魚が戻ってきて、俺たちの生まれた故郷を護るんだ、それを皆に食ってもらうんだ、 ってね」当時、“委員長”というあだ名だった女――誰だっけ。そうだ、麻由美だ。 角田麻由美がそう言って説明してくれた。咲夜はテレて頭をかいている。
 「――ごめんな、古代くん。店の名前、勝手に」
“YAMATO鮨”、かぁ…」古代はしみじみしたというように咲夜の“職人さん” という風情の風体を見た。「よかったなぁ、元気そうで」
「まずは、食ってみてくれよ」
「うん……うん」そう言って古代はそのまま手で一つ取ると口へ持っていった。
「旨いっ!」「そうか? 本当に旨いか?」「あぁ。旨いよ。咲夜、旨い」


star icon


 鈴木一計が来て、「新年、おめでとうございます」と言い宴会が本式に始まった。 彼の嫁さんの実家だとかで、テーブルに並べられた御節のほか、次々出される天ぷらや惣菜など、 皆、元気で食い、話し、呑んだ。
 「そういえば…」古代は一計に預けた酒を出してもらった。
「おおお! かの『唯我独尊』じゃねぇか」
「あぁ……なんか有名になっちまったけどな」
 ヤマトの中で愛飲されていた、というので。特に一級酒でもなければ、 有名ブランドだったわけでもなかったのだが、一時期以来、特注しないと手に入らないようになった。 ただし、天然酵母の(今の時代には)手間のかかった酒で、 流通ルートが一本に限られるということでは、希少な酒とはいえるのかもしれない。 古代はこれが好きで……それも、亡き親友・島の影響だったのかもしれなかったが。


 皆が一通り酒に手を伸ばしたところで、近況報告兼自己紹介が始まった。
「なぁ、古代」「いいさ、ススムで。皆、昔馴染みだ」
「でもなぁ、やっぱちょっとお前、近寄りがたいとこあっからな」
「そうか?」古代は自分を眺めてみて、「?」という顔をした。
それを見て何人かがぷっと吹き出す。
 「相変わらずだな、ススム。そういうとこ、天然でよ」
「あぁら、それが古代くんのいーところじゃない」「かわいかったんだもんね〜」
「そうそう」女連中がまた盛り上がる。
 嫁さんと2人の馴れ初めを聞かせろ、とか、そんなんいくらでも報道されただろとか。 あらでも本当はどうなのよ、とか。そんなのススムが口説き落としたに違いないじゃないか、 とか声高に言い合って座は盛り上がる。
 「俺のことはいいからさ、皆の様子を聞かせてくれよ」
古代が一計に言って、あぁと彼も頷いた。


 「まぁ見りゃわかるけどよ、同級生同士結婚したのもいれば、 上級生や下級生とくっついたのもいるからな。みんな、“古代が来る”ってんで、 そっちの学年も来ちまったから。悪ぃなぁ、ミーハーでよ」
一計が済まなそうに言うのを、柳也がドンと肩を叩いて、
「まぁ、いいじゃねーか。めったにあることじゃねぇんだからよ」と言い、
「あぁ」と古代も答えた。
 一人ずつ立ち上がって近況報告をしたり、挨拶をしていくのに連れ、 古代はほとんどの人間のことを思い出していく。 ユキは守がおいたをしないように手は忙しく動かしながら、興味深そうにそれらを聞いていた。 商売柄か、人の話を逸らさずに聞くのは慣れたものだし、本心興味を持っているようでもあった。
 ……だが、古代はちょっとユキの様子が気になる。酒、呑みすぎるなよ?
 周りに勧められるままに杯を開けて……こいつ、呑んだくれると……だよな。。 まぁ守がいるから抑制が聞くかな? ときどきチラチラと座の中心になっている様子のユキを、 流し目で見ながら、自分は自分で囲まれてしまっている古代である。


flower clip


↑前へ  ↓次へ  →扉へ
背景画像 by 「素材通り」様 

copy right © written by Ayano FUJIWARA/neumond,2010-11. (c)All rights reserved.
inserted by FC2 system