>after the "YAMATO"−Shingetsu World:古代進と森雪百題-No.68「彼岸花」より




月光こぼれる夜に。


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 板の間部屋に戻り、2人はまた杯を取り上げた。
夜は更けはじめ、明かりは月が写す頃合になってきている。


 「真田さん――そろそろ、命日ですね」
「あぁ……」
 大事な人たちの命日は、皆、多少のズレはあっても皆、同じ。多くの、本当に多くの人を2人は失ってきた。 中でも2人の魂に最も近く寄り添い、常に共にあって、本来なら此処にいるべき人間――。
「島……は、戻ってくるでしょうかね」
「――お彼岸、だからな」くふん、と真田は口元で笑い、
「古代もよくそんな昔の習慣、知ってるな」と言った。
「えぇ……うちは田舎ですからね。子どもの頃はまだ、そんなお祭も、風習も残っていたんです」


glass clip


 真田が立ち上がってカラリと障子を明けると、ちょうど月が昇ってきていた。
「古代――」
その声に誘われて古代も立って縁側へ行く。ススキの葉が切れそうな影を作り、秋の、 適度に荒れた庭に月光が差し込んでいた。


 「あれは?」
古代が指差す庭の片隅に、色の濃い花が群生していた。
濃く、そして花びらは細い。――数本、ではあったが、明らかに異種の花である。
「――彼岸花、か。……曼珠沙華、ともいう」
あか、なんですね」
そのままつっかけを履いて真田は庭へ降りた。
 露に濡れますよというのを後ろ手でひらひらと気にするなと告げ、草を分けて入っていく。 ちょっとした湿地になって、そのまま奥の林へ続いているのだ。その境目に。
「――湿った土に咲くんでしたよね」古代が言うと
「ほぉ?」と真田が顔を上げた。
抜こうとして思い直したのかそのままにまた戻し、戻ってくる。
 縁側から上がりながら「そういえば古代は草花には詳しかったんだったな」。
古代は少し首を傾げて、いやそれほどでも、と言った。月の影が庭に落ち、少し冷えてきていた。


 縁側に団子と酒、そうして庭のススキごしにその朱色を眺めると、虫の声が耳に沁みた。


 夜風は少し寒い。部屋の中に場所を移して、月は障子越しに眺めながら、畳の上にまた座を組む。
 「島は……どんなでした? 此処で」
ん? と真田は笑った。……どう話したら、いいんだろうな。


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 「真田さん、酒持って来ましたよ」
 島の第一声はいつも、決まっていた。そう言って好きな酒とつまみを持ち、 特に何を話すでもなくただ酒を呑んだ。島も風流はあまり解する方ではなかったが、 やたらと知識だけはあるところが古代と違う。絵のことも美術のこともそれなりに詳しく、 美学論になることもあれば、ただ黙って静かなこともあった。 わからないことがあると次までにはそれとなく仕入れてくる、という負けん気の強さも島である。
 何度か連絡を入れては訪ねて来ていたが、一度だけフラりと予告なく寄ったことがある。
 雨の日だった――真田さん、やっぱり此処にいましたね。そう言って勝手に入ってきた。


 「どうした、島」
ずぶ濡れで。その日だけは酒も何も持たず、手ぶらだった。 顔色が悪く――ふだん崩れない島が、なにか物思う様子だったのを、何事かと思ったのだ。
 「珍しいな……几帳面なお前が。俺が居なかったら、どうするつもりだったんだ?」
タオルで髪ごと拭きながら顔を上げて島は言ったものだ。
「――居なきゃ居ないで傘だけ勝手に借りて帰りましたよ」
でも、居ると思ったけどね。くつくつと笑う島は、すでに泥酔しているに近かった。 ぐらりと傾いたびしょ濡れの体を支えて、ほら、きちんと拭け。でないと上げてやらないぞ、 と言うと、真田さんて冷たい、そう言ってげたげたと笑ったまま上がり框に座り込んで、 ほら髪、拭けよというままに任せて気持ち良さそうにしていた。


 あれは何の時だったのだろう――。島の艦が戻ってきてすぐのことだったろうか。
 そういえば、久々に事故で――人が死んだと言っていたな。
葬式に出て、そういえば制服のまま。喪章をつけていた。
 備え置きの何があるわけでもないから、濡れたものを乾かす間、作務衣を与えてやったら、 それが意外によく似合った。湯を浴びさせ寝間に放り込んだが、様子を見にいくと、 泥酔していたと思った島は伸べた布団の上に座っており、冷静な顔を上げていた。
 「――ねぇ真田さん。……俺たちはいったい、幾ら失えば良いんでしょうね」
そうポツリとこぼす。
「島?」真田が近づいて横に座ると、やはりぷん、と酒の香りがした。
「――俺は…俺は。艦長の資格なんぞ、ないのかもしれない」
下を向いたまま、ぼそりと島が言い、
「何を言うんだ」と叱るように真田がいうと、かがみこんだ真田の腕に手をかけた島は、 頭を伏せるとそのままくっく、と体を震わせた。……泣いているのか、 と思ったが笑っているようでもあり、真田はそこにそのまま座り込むと黙って肩を抱いてやった ……ということがあった。
 外はまだ雨の音が激しく、現代彼らが住んでいるドームの中では聞けるはずもない自然の雨音が、 屋根に弾み、煩いくらいだった。
「俺…たちは。いろんな戦いで、……いろんな人を。失った――」
つぶやくような声がした。あぁ、そうだなと真田は答えた。
 聞いているのかいないのか、途切れ途切れの声が響いた。
「――俺は、彼女を……愛して。……大事な、あのひとを……」
しま、と真田は思わずつぶやいていた。 「愛して、いたんだろうか……」吐き出すようにつぶやいてそのまま顔の重みが腕にかかった。
「島――お前と、テレサは……」
 「真田さん」ヤツは顔を上げた。暗い光の中で顔色はよくわからなかったが必死の目をして。
「――わかっていたはずだった。宇宙は、危険だと――戦いだけが、悲劇ではない……」
「島……」


 その頃、島大介は輸送艦の艦長兼航海士を務めていた。いやむしろ、ヤマトの方が特別徴収である といわれるほどに、その“第八輸送船団”は“島大介の艦”だったのだ。 若い艦長であり統率者だったが、皆、よく彼を慕い、そうして「ヤマトの島」 ではない島大介の姿をもまた、真田は知っている。
 「――真田さん。……俺は。俺……」


 傲慢だったと言いたかったのだろうか。自分たちが最も悲哀を舐めたのだと、 ヤマトが苦しい戦いを経たから地球の今があったのだと、思う気持ちがどこかになかったか?  古代に負けまいとした心が、第八の長であろうとする自分の中になかったか?  そうして、命が犠牲になった。――避けられない事故だったとはいえ、俺は。 無理をしなかったか? 艦長として……そうだったか?
 島の嘆きは、上に立つ者なら誰もが持つ苦しみだった。ヤマトの旅の中では、それも分かち合えた。 真田も、古代も。皆がそうだ。……真田は乱れた姿を初めて見せた若い同僚を、 腕で包みながら雨の音を聞いていた。
 島が本音らしきものを見せたのはそれ一度きりだった。
 だが島なら言うのだろう。
[[ え? なぁに言ってんです。俺はいつも真田さんには本音を言ってますよ ]] と。
 あの、明るい笑顔と、穏やかな瞳で。


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 「そんなことが?」
古代は静かにそう問うと、また杯を傾けた。
 あぁ、と真田は言って自分も手酌で汲む。
「あの時、やつは――何を苦しんでいたのだったか。 ついに俺には言わなかった。テレサの想い出が辛かったのか、 亡くした部下への思いと責任に押しつぶされていたのか」
「……あいつは仲間だろうと親しいヤツだろうと、めったに弱音を吐かなかったですからね」 古代が言うと、あぁそうだなと真田も言った。
(だからこそ――島こそ理解者が必要だったのだ)古代は思い、目の前に座っている人を眺めた。


 「ん? どうした、古代」
「いいえ…」ひっそりと笑って古代は胸の裡の親友に語りかける。
 (お前は――真田さんという良き理解者が居て、幸せだったな……)
俺たちは親友同士だった。時に争い、時にライバル心をむき出しにし、背中を預け合い信頼して道を進んできた。 だが真田さんは違う――お前にとっては唯一。 お前が心預けられる大きさを持った人だったんだろう。俺にはわかる。
 自分と真田はどうなのだろう? ふと古代は思ったが、それに答えを出す必要は無いとも思ってまた少し笑った。 酒を酌み、口に運ぶ。
 そうして、
「真田さん、もう少し、いきましょう」
「あぁ…」
徳利を差し出し、杯に注ぐ。真田も何を思ったか静かに古代を見返した。


 月が高くなったようだった。
 ふと虫の声が止んだ。
ゆるりと顔を上げた2人は、部屋の中に、あらぬ影を見たような気がして同じ木の壁を振り返った。
(島−−?)
ゆらりと、木の壁に月影の陰影がゆらめいたような気がした。
 が、それは影と月の光の見せた気の所為だっただろうか……。


 止めた息を吐き出すようにふうと息をついて、また顔を見合わせて微かに笑った。 静かに、しんと冷えた空気が肺に気持ちよかった。
 虫の声がまた聞こえてきていた。


 「彼岸花、か――」
「あぁ……」
庭に目をやると夜の闇にそのくれないは沈んでいくようだった。
「ヒトの魂は――帰っていくのでしょうか。いくとすれば、どこへでしょうか……」
「さぁなぁ……」真田は答えず。
「だがなぁ古代――皆、思い出すたび、語りかけるたび、其処にいるんだろうな」
「えぇ…」古代は答えたが、だが島。彼は思う。お前はいつも此処にいる。俺が宇宙へ出るたび。 ――いやそうでなくとも。


 月の光は部屋の中にさらに深く切り込むように回っていた。
「影が、濃くなった――」
「もう少し、飲み足りないですね」
「あぁそうだな…」


 夜はさらに濃さを増し、秋の月はその時間を愛しむように見下ろしていた。


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――20 Nov, 2010/15 Sep, 2008




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