地球テラ向かう艦の中で〜希望

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−−A.D.2201「宙駆ける魚・2」(Original)
:お題 No.41「希望」
   
【地球向かう艦の中で 〜希望】

1.
 「なにぃ? お前、正気かっ」
 次の瞬間、受身の構えを取らないと、この女性ひとには危なくて話もできや
しない。つい、正眼に構えてしまって、そんな話してんじゃないんだけど、と
情けない気分になった古河大地ふるかわ・だいちである。
「正気です……だから前から言っているじゃありませんか」
冗談だろっ、と一顧だにしなかったのは、誰ですか。
 だからお願いですから、投げ飛ばさないで、俺の話を最後まで聞いてくだ
さい。……とまぁこんな調子で。
傍から聞いていればこれが、まさか恋の告白をしている風景とは思われない
と思う。しかも、戦闘と戦闘の合間――ひたすら宇宙空間を地球へ、戦場へ
駆け戻る最中の戦艦の中。

 ともかく、その構えを解いてください、と古河は横から佐々葉子に近づい
て、その二の腕を掴んだ。
一瞬、びくりと身体を強張らせて、空いている手が拳を握り締めたのはわ
かったけど、殴るなよ――と。
強張っていた肩を緩めて、小柄な佐々からしても自分とほとんど背丈の変
わらない、男にしてみればとても小柄な同僚を見返す。
「わ、わかった――わかったから。話聞くから離して……」
振りほどこうとするにも、さすがに男の力は弱くない。しかも戦闘員だ。
 ここまで持ち込んだだけでも、この佐々葉子相手に、かなり善戦している
といえよう。
 ここは宇宙戦艦ヤマトの艦底。格納庫を出て、第三艦橋へ向かう通路の横
にある、小さな側面展望室だった。


 ほぉ、とため息を吐いて。
 そしてまた真っ直ぐに見つめられると、さすがの強面女戦闘機隊士も、ド
ギマギするのを止められなかった。
「早く、話せよ……」
顔が赤くなりそうだから――くそ。こういうシチュエーションは慣れてない
んだぞ。誰か、山本か、加藤が来て助けてくれないかな、と真剣に他人頼み
をしてしまう。意外に純情な20歳。
 古河はまっすぐ、佐々を見つめている。
「僕は、貴女が好きだ。もう、随分前からです。――月基地にいる頃に、
何度、言おうかと思っていた。でも、分隊が違っていたし。なかなか機会も
なくて」
だ、だから? と焦る。
 ヤマトには重い使命があるでしょう? ――たとえ反逆者と呼ばれても、
と飛び立ってきた、僕たちは皆、心は一つだ。テレザートで、航海長とテレ
サがどんな辛い別れ方をしたか、僕も知っている……山本さんが話してくれ
ましたからね。だから。命は一つで――やはりこれを抱えたまま、死地へ赴
くのは、いやだ。
後悔したくないから――貴女の、心が欲しいんだ。
 「なんで、あたしなんか――」
女らしいとはとてもいえないし、男連中といっしょにごろ巻いてる方が似
合ってる。恋愛、なんて笑わせるわよ……もっと可愛い女も、貴方に似合い
の娘もいたでしょうに。
確かにこの航海では女性はほかにはユキしか乗ってないけど。
「だから。ずっと見てきたんだ――貴女の凛々しさも、優しさも。知ってる
つもりだ」
 つかまれた腕のところから血が逆流するような気がした。
 誰かにそんな風に言われたこともなければ、思われるなんて想像したこと
もない。あたしの好きな人にだって、好かれようなんて思ってもみなかった
――こいつ、ヘンなんじゃないのか。
「お前、本当に正気なのか? あたしのどこが、女に見えるんだよ」
「どこもここも、女性ですよ。――キレイで、優しくて、逞しい」
「……」
これじゃまるで女子高生だ、と思いながらも顔が赤くなって、目が見られな
くなった。でも。
「貴女は自分を知らなすぎる――僕だけじゃありませんよ、貴女を狙ってるの
は。だから、僕だって焦るんです」
「まさか?」
「本当です」
 え〜。と本当に、驚いた。


 好きになった男は、いた。
 付き合ったわけではないけれど、それなりの経験もある――寝たことは
ないけどね。別にそれで良いと思っている。こんな道を選んだのは自分。
男は、私にとって、恋愛の対象というよりは、仲間で、同志で、命を預けあ
う相手だ。
 だが。
 返事をせず俯いている葉子に業をにやしたか、グローブを外した手が近づ
いて、頬に触れた。そのまま、ふいうちのように、抱きしめられて、唇を
奪われそうになって。ぶ、と横に顔をそらす。
「何すんだよっ」
「好きなら当然、したいことをしたまでです――」
張られた頬をなでながら、古河はそれでもめげる様子はない。
 「僕が、嫌いですか――」
「……好意を寄せてくれる男を、嫌うわけはないだろう――」
だけど。「こういうのには、慣れてないんだっ」
恥ずかしいのと驚いたので。投げ飛ばすことも忘れていた。
だいたい、古河は仲の良い方である。人懐っこくて、加藤や山本も可愛がっ
ている、2年年下の、新兵。

 「今すぐじゃなくても良い…この旅の先、希望だけでも、ありませんか」
「……」
「返事を」
 佐々は壁に寄りかかり、ふう、とため息を付いた。
見上げて。
正直に、なるしかないじゃないか。――そう思ったら落ち着いた。
「どうしたいの? 私が、欲しい? ……私は貴方を嫌いじゃないよ。
だけど、恋人志願なら、ハイとは言えない」
「可能性は、ない?」
「あぁ…」
「何故。誰かいるの?」
「……」
 明日をも知れない命だ。特に戦闘機隊は、この戦いで激しい攻防を迫ら
れている。一度飛び立てば…戻って来られる保証はほとんどなかった。
明日もまた、出撃があるだろう、おそらく。
その前に。答えと、希望が欲しい。
 正直に答えなければならないな、と佐々は初めてそう思った。
 真っ直ぐな、男――きっと。命がけで。その対象が自分だということに
戸惑いはあるものの。誰も彼も。命がけで恋もしているのだ。
目を上げて、言った。
「すまない――好きな男が、いる」
「え……」と驚愕したのがわかった。まさか。「……恋人なの?」
 ううん、と首を振って。
 当たり前だ。自分で気づいたのが最近。もうずっと、何年も知っていた
というのに。これが、愛情というものなのだろうと、そのためにだったら
命を賭けても良いと気づいたのが、最近。
――最初の旅の時の、片思いで終わった恋とは違っていた。
心の底から愛しいと思い――ただ、それを告げて報われようとは思って
いない。まさか私なんか、返してくれやしないだろうから。
あいつの呉れる信頼と、温かさがとても好きだ。今の関係を、大切に思っ
ているから。それで幸せだと、本当に思うから――地球へ帰れば、きっと
待ってるひとがいるのだろう、男。
だから、それで良い。それが自分には相応しいと思えてしまうので。
「片思い、かな――」
「なら。僕も考えてみてください」
諦めは、良くないらしい。
 また首を横に振って。
く、と拳を震わせて、俯いた。
「気持ちが変わる可能性は――?」
また首を振る。「一つだけ教えてください――ヤマトの、人ですか」
艦内の。今、ともに在る人かと。
 答えず、目を上げて。ただじっと見つめる。
「答えたく、ない」
それはまた、答えを言ったも同じ――そうですか、と古河は言った。
「貴女の心が欲しい――見ていると切ないです。もし、恋人がいるなら。
それが俺より、相応しい相手なら、諦められるのに。そうでなければ…」
 また一歩近づいて、抱き込もうとするのを、手で避けた。
「ごめん…。あたしはそこまで大人じゃない…君の気持ちは受け容れられ
ない」
だから、これ以上触れるのも、やめてくれ。

 ふっと諦めた表情になって、正対した。
「わかりました。貴女を苦しめるつもりはないんだ。…でも、貴女が好き
ですよ。だから」
「だから?」
 ごめん。応えられないんだ、と佐々は悲しい思いをしながら見返した。
「だけど…ありがとう」と少し微笑んで。
 古河は踵を返すと、格納庫の方へ去っていった。
ほぉとため息をつき。なんとはなしに落ち込んで――窓の外を眺める。
まだ太陽系は遠く――そこに、島のために命を散らしたテレサの鮮やか
な微笑が浮かんだ。
(戦う女が――人を愛するというのは難しいね。貴女はそれで、幸せ
だったの?)
 
 
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