帰宅−抱きしめて



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【抱きしめて…】

−−A.D. 2210年ごろ
:2006−No.28b/パラA(秋生R三部作)


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= 1 =

 空港の別室に留め置かれた。
秋生が自ら出頭した時に、書類照合してくれた係官は、データを検索して驚きの
声を上げた――「君は。あぁ……捜索願いが出ている……もう一度、名前を」
「やまもと、あきみ。11歳です」
「――そうだ。秋生くんだね。……ちょっと奥へ来たまえ。すぐに連絡するから
ね」
 秋生は知らないことだったが、加藤三郎の名と名声は、官の世界では大きな力
を持っていた。このままあの男の許にいたらどうなっていたか――秋生が行方不
明になった時に、三郎が月からあまり離れられなかったこと――そして母・葉子
は戦艦で長距離の航行中だったこと。そのため初期対応が遅れた。
 だが、戻ってきてからの手配は凄まじく、あらゆる回線に潜り込み、非公開で
できるあらゆる手が尽くされた――だが、1民間人の、まだ犯罪も犯しておらず、
死体にもなっていない者の捜索は、ゆるりとしか進まない。ましてや、名を変え、
自らの意志で隠れている者を、探し出すのは困難だった。
そして。
『加藤の小父さん、葉子さん――お世話になりました。
ご恩は忘れない、心配しないでください』
自分の意志で出ていったと、ハッキリわかる書置きが無ければ、少年の誘拐事件
として扱われたかもしれなかったのだ。――秋生が自ら男の許を離れ、その意志
で戻ってきたのは、彼を大切にした男のためにもよかったのかもしれなかった。




 「あき――秋生? ……秋生――」
微かな声がしたかと思うと、気づいたら自分と同じくらいの大きさのものに抱き
しめられ、おいおいと泣かれていた。
呆然と立ちすくむ山本秋生は、それを無感動のまま、見下ろしている。
――まだ、心の中がぐちゃぐちゃだ。
……行ってしまった。自分で選んだこととはいえ、泣きたいのはこっちだ。
だから、あまり。――触れないで、僕の心に。
 でも。
 「葉子、さん――」
入り口に立ちすくむ小柄な姿。軍服のまま、いつもの――たった半年離れていた
だけで、忘れられるわけもないキリっとした姿が、これまで見たこともないとい
うような顔をこちらに向けていた。
次の瞬間、全力で駆けてきて、その温かい腕に、哲郎てつおごと包まれた。
「秋生っ――心配したのよ。莫迦っ、なんてことするの、この子はっ」
ぎゅ、と抱きしめられ、苦しかった。
女の人独特の匂いが鼻について――少しおかしくなっていただろう秋生の体はそ
れに反応しそうになる。だが、まだ呆然とした心持は、揺れることをしないで。
「ようこ、さん――てつお。……ごめん。ごめんな」
ひとしきり涙を流したあと、佐々葉子は体を離すと、怖い顔を一瞬し、ぴしゃり、
と秋生の頬を叩いた。
てっ! 鋭い切れは、いくら子どもで手加減したからといって、軍人のものだ。
みるみる頬が真赤になり、秋生はまた呆然として涙が流れたままの顔を見上げた。
 「か、かぁさん…。やめてっ。皆、僕が悪いんだっ。秋生の所為じゃない、僕
が、僕が悪いんだっ――秋生、ごめんよぉ。おれ、……お前がいなくなってから
……」
わぁっと、大声を上げて、義弟の哲郎がまた腕にすがりつく。
母親から庇うようにして胸に抱きつくのを、成すがままにして、秋生はもう一度、
その、義理の母親を眺めた。
「葉子さん――ごめん」彼女の目からは涙がはらはらと流れている。
 厳しい顔を作り続けようと思っても、無駄だった。
 「秋生――哲郎を許してね」
「え、俺、そんなの――」ううん、と葉子は首を振った。
「――哲郎はね、貴方がいないあいだ。食べるものも食べなくなってしまうし、
元気がなくてね。学校も何度もサボってたらしくて、ぼろぼろになって帰ってき
て。――自分で探していたらしいのよ、本当、莫迦な子ね」困ったなというよう
な顔で笑う。
「哲郎、きみ――」
「秋生――ごめん、ごめんよ。俺の責任だと思って……だって。ひっく……」
 「泣かせてやってね――嬉しいんでしょ、ね、哲郎」こくこく、と頷く。
「もう、どこにもいかないで。秋ちゃん――。僕の処にいて。もう、意地悪しな
い、絶対」
「哲郎――」

 そうやって、山本秋生は加藤の家へ帰った。



 
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