moon icon 追憶・・・再生の時代とき



(1) (2)
    

 
= 2 =
 

 「ほ〜い!」
ぽぽん、とシャンパンが開けられ、クラッカーが飛ぶ。
「わーっ!」「艦長、よっ、こっちですよ!!」
「ほら、ユキさん、こちら座って。いいですから、俺たちやりますから」
わいわい…。「だぁだぁ! きゃは」…と、これは赤ん坊。
 それから約ひと月後の、地球――。
古代進は最初の致死状態から脱すると、順調な回復を見せた。驚異的な意志と
回復力で3週間後には起き上がり、地球へ搬送の艦に乗った。
彼のふねである戦艦アクエリアスは現在、太陽系外周にあり、帰還は2か月後で
ある。古代はその間、体調回復を兼ねて休暇と地上勤務となるのだ。
 足の怪我が深く神経を再生させたため、まだ車椅子ではあるが、他は十分元
気だった。
 この日は、地上に残っていた親しい者たちが古代のための“快気祝い”と称し
て古代家に集まっている。もうしばらく皆で集まってわいわいやる、ということが
なかったので、産休中のユキも喜んで皆を迎えた。
 「んも〜、貴方たち。まだ進さんはっ、完全に治ったわけじゃないのよっ」
妻でも母でもなく、生活班長の科白せりふ。「お酒飲ませないでって言ったじゃないっ」
「お〜、なつかしーユキさんの怒鳴り声」からかったのは南部。
「ひゃぁ、俺、ぞくぞくしちゃう」と、ふざけかかるのは太田。…残念ながら相原は
乗艦勤務だし、宮本や佐々もそう。加藤四郎は第8輸送艦隊で金星付近にいる
はずで此処に加わっていない。ほかには古代の同僚たち、本部勤務の元の仲
間……いっそ15〜6人もいただろうか?

 「しかし…みな、よく集まれたなぁ」
呆れたように古代が言うと、「艦長のためなら、え〜んやこら、っす」徳川太助や
坂本茂やらが混ぜっかえして、やんややんやの喝采。
 真田や山崎も同席している、というだけでも稀有な集まりといえるかもしれな
かった。
「まるで盆と正月がいっぺんに来たような騒ぎだな」
真田が苦笑するように言って、
「いいんじゃないですか? 正月、騒ぎそびれましたし」と誰かが言う。
新年に集まるはずの宴会が、古代艦の事故で中止になった。そのリベンジ、と
いうわけだ。
 「い〜んっす。今が、正月っ!! 地球の反対側では、“旧正月”ってのもありまー
す!」南部がデキあがっていてそう言った。

 
 1人沈没し、2人沈没し……3人、4人。。。
守の世話もあるユキは早めに部屋に引き上げ、男どもばかりが飲んだ呉れてい
るリビングと続きのミーティングルームに、ごろごろと転がる。
ちびちびと日本酒を啜りながら壁際でそれを眺めていた真田は、山崎と話し込ん
でいたようだったが、その山崎は「甥が泊まりに来てるんでね、早く帰って来い
といわれてまして」そう言って、深夜、帰っていった。
 古代は車椅子を降りてソファに座り、その傍に影のようにサージャの姿がある。
「艦長が完全回復されるまで、お世話する約束ですから」そう言って。
古代と真田が話すのを、彼はまるで空気のように静かに聞いていた。

 「……島と、逢ったのか?」
唐突に、真田がそう言い出して、古代もサージャもはっと顔を上げた。
「真田さん……どうして」
「お前が生死の境を彷徨ったってきいたからな。……彼から聞いたよ」
目線でサージャを示す。彼は薄闇の中、こくりと頷いた。
 「……まだ、行くなよ」真田が静かに吐き出す。「真田さん…」
「お前だけじゃない――残されたのは、1人じゃない」
真田さん、と言おうとして、古代は言葉に詰まった。
 「何度か……何度も夢を、見ました」
うっそりと笑うように古代進は言った。島の話――それは、旧知のメンバーの間
ではいまだ禁句タブーに近い。この傷と、喪失感が癒えるのはいつのことになるのだろ
う? いや忘れることはできない。忘れてはいけない――だが、この想いが血肉
になり、それに馴染むまで何年も――何十年もかかるような気がした。
「そうか……」真田もふぅと息をついて、またちびりと日本酒を口にする。
「何か、言ってたか?」
古代は首を振った。
「――あいつは薄情ですからね。何も…言いやしません」
死者に言葉は、ない。
 古代は顔を上げると薄闇の中空を見つめた。その視線の先に何があるのか、
真田もそうして顔を上げる。
真田の裡にあるものは古代にもわからない――姪・サーシャ=澪か、それとも
事故で亡くしたという姉か。彼は島とも“副長同士”という、俺にはわからない深
いつながりがあったこ とも確かなのだ。長じてだんだんに自分を見せなくなった
島が、きっとこのひとには甘えられた。そんな推測ができる程度には、古代とて
大人である。
 このひとと、島と――2人に支えられての、ヤマト艦長だったな。

 そういえばね、と古代が小さくつぶやいた。
「“英雄”って何だと思います?」「英雄?」こくりと彼は頷いた。
「――まだ少し早いとは思うんですけど」照れるように古代は笑って「子どもの、
教育用の資料とか見てみたんですけど」
おいそりゃいくらなんでも気が早すぎるだろう、と真田は思わぬ古代の親ばか
ぶりに少し呆れる。彼はくしゃと笑って
「――えぇまぁ。でも、考えるくらいはいいでしょう? それで――」
使われている教科書というのを初めて見たのだ、と古代は言った。
 「ヤマトは英雄のふねだ、と……」古代はうつむいたまま拳を握り締めた。
どこが……誰が、英雄ですかっ。
低く、吐き捨てるように。
「――お前の名も、か?」こくりと微かに頷く。
「生きて帰った皆も、逝ってしまったヤツらも――そこにできることがあったから
やった。命令があったから行った――呼ばれたから、応えた。そしてわれわれ
の手には、【ヤマト】があった――ただそれだけ、です……真田さん」
「だがお前。……島や、沖田艦長さん、斉藤は、英雄だと思うだろ?」
こくりとまた古代は頷いた。「――だからって…」そこに自分の名が冠される
のは。
 辛いだろうな――。
数々の機密。話せないこと。それを隠蔽するために古代の名とヤマトは祭り
上げられざるを得ない。あの徹底した敗戦だったガトランティス戦さえ、塗り替
えられ、そしてヤマトがスケープゴートになった。……シャルバートのことも。
ガルマン=ガミラスのことも…。

 「古代」
真田がふと呼びかけた。
「はい?」
「――島の話を、しようや」
「?」
真田は苦笑するように笑った。
「……今と言ってるわけじゃないさ。俺たちは、あいつを大事に思いすぎた所為
で、触れるのを避けてきた。あいつだって、生きていた時と同じように扱われて
もいいんだ。……仲間だからな」「――真田さん」
 (島――聞こえるか?)
古代はまた中空に目をやると、親友の面影を思い描いた。
 いつでも、どんな表情も、曇ることなくそれは鮮やかだ。だが最も見覚えがあ
るのはその顔ではなく、横顔――戦闘指揮席から左手に見る、ヤマトを操る姿
である。そして親指を立てニヤリと笑ってみせるのだ。
 《敵3時の方向、ヤマト戦闘態勢に突入!》
《任せておけ》そう彼が言った途端、ゆっくりとGがかかり、あの巨体がヤツの
意のままに動く――そんな数々の。

 「そうですね…」古代は穏やかに言った。くすっと笑って真田に。
「真田さん、俺ね――」あぁなんだと真田が柔らかな表情を向ける。
「……随分、泣いちまったんですよ」
「?」「ガニメデのベッドの上でね――俺って泣き虫だったんだな、って思い出
してました」……な、と少し照れくさそうに古代はサージャを見た。
彼は微かに笑んで頷いたようだった。
「そうか…」真田の声も微笑んでいる。「――ヤマトに乗ってきた時はな、えらく
気の強いやんちゃ坊が来たなと思ったがな…」だが泣いた処は何回も見たな、
そういえば、と思う。
「ガキの頃は、えらく泣き虫でしたよ、俺」
「――そうだったな…」親友で古代の兄・守が、弟自慢の合間にそう言っていた
ことを真田は覚えている。
 「いいんじゃないか。――男が泣けるのは泣く資格と価値が必要だと思うが…
…お前にはその権利も価値もあるよ」
「そんなオーバーなもんじゃないすよ」
 また2人は静かに黙って、未明の深い闇の中に沈黙した。

 さて少し寝ましょうか――もうじき朝陽が昇る。
お手伝いします、というサージャに肩を支えられ、古代はゲストルームに真田を
いざなった。「俺も今日はこっちで寝ますから、真田さんもどうぞ」
「あぁ……遠慮なく」
若いのは転がしておけばいいだろう。……ゲストルームはツインベッドになって
おり、乳幼児と母の束の間の休息を妨げないために最近、古代は時々こちらで
眠っていた。
 「おやすみなさい――」
「あぁ、サージャ、済まんな」「いえ私は」
そこのソファで十分です、と彼は言った。

 

 陽が昇れば、また新しい一日が始まる。
少し以前よりは穏やかな、少し幸せな一日だ。
――西暦2207年。地球防衛軍外周第7艦隊司令・戦艦アクエリアス艦長古代進
の、地球での休暇は始まったばかりである。

Fin

written by AYANO.
――Aug 2008〜24 Jan, 2008
 

 
背景画像 by 「Digital素材の館」様 

記事中アイコン by 「トリスの市場」様 ほか

Copyright ©  Neumond,2005-09./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←tales・index  ↑前へ  →TOPへ
inserted by FC2 system