air icon 君へ…

CHAPTER-09  (013) (037) (010) (027) (028) (007a)





 「加藤はすごいな」
うん? と山本は応じた。
「2日間、月基地にお邪魔して――此処には規律と意欲があるよ。俺は時々地上に下りてたし、
ヤマトで新人を連れて航海もしてる。しかし、皆、こんな雰囲気じゃなかった」
「訓練ばっかりだぜ?」
「――それは仕方ないさ。平和なんだから――だけど、いつ、何が起こるかわからない。その
危機感は、きちんと皆、抱えてるみたいだな」
山本は自分が褒められたような気がした。
「――あぁ、そうだな。加藤は偉いやつだよ」
「たまには会ってるのか? こんな風に」
「あぁ。10日に1回くらいはな――こっちへ来たり、あっちから来たり。合同演習も時々組む
し、情報交換も必要だ。それに――月にはあまり刺激がない。そうでもしないと、若い連中
がダレるからな」
そう言う山本も教官&司令としては有能だと古代は思った。




 「ユキは元気か?」
酒を注ぎながら山本が言うと、古代は照れたのか少し赤い顔をして下を向きつつ言った。
「元気だよ――」
「式は?」
「この航海が少し長いからね。戻ったら……というので、今、なんだか張り切っていろいろやってて」
「振り回されてんのか?」
「まぁな」だけど、俺はほとんど地上にいないから。お袋さんと2人で盛り上がってるらしくて。
……まぁ、助かるっていうかなんていうか。……わかるだろ。
 赤くなってうつむく古代は、まだ19歳の青年だ。
その様子を山本は切ない気持ちで眺めた。――古代の幸せは、嬉しい。その幸せに陰りがないこと
を心底願いながらも、目の前のこの男が、一人の女のものになる。それが耐え難いような気がする
のは、不思議な心境だ――。その相手がユキだというのが救いでもあるが。
 山本の見つめる気持ちに気づかずに、古代はまたけぶるように笑うと、
「君らも参加できる日にしたかったんだけどね――なかなか皆の日程を合わせるわけにいかなくて」
「それは仕方ないさ――われわれは月基地から、エールとお祝いを贈ってるから」
「あぁ。ありがとう……」
「加藤は行くんだろ?」
「そう聞いてる」
また、古代は耳まで真赤になった。――相変わらず純情な男だな。



(3)

 ふい、とつまみを取ろうとした手がひょいと触れた。
「あ、悪い」と古代が言って、そのままほいと口に放り込み、また杯を口にやる。
ずきり、とその触れた手先が痛んだ。
 そういえば、古代は昔、触れられるのが苦手だったな――あれは、どうしてだろう。
 隊の連中は、基本的にスキンシップが好きだ。好きだというか、馴れ馴れしいというか。
俺もたいがいベタベタするのは好きではないが、加藤がよく懐くので、なんとなく平気に
なって……いや、人肌のあったかいのは好きだけどさ。ニヤりと笑う顔になる。
「なんだ山本――思い出し笑いか」
「……いやなんでも――ちょっとな。昔を思い出してた」
「昔? ヤマトの?」「いや。それより前さ…」
 訓練学校では2級下のこいつとは在学中の行き来はない。科が違ったこともあるし、俺た
ちは臨戦態勢で実戦訓練ばかりだった所為もある。大事に育てられている後継――天才が
3人もいる、飛行科で話題になっていた。
 そういえば、古代に触れたことは、ない。
 ヤマトに居るからか、完全に仕事モードが抜け落ちてはいないが、気心の知れた相手と飲
むことでふわんとした表情になっている古代は、かわいかった。
手を伸ばしそうになったが、辛うじてそれを抑え、右手を握り締める。その触れた指先。
――そういうんじゃ、ない。俺にとっては、古代こいつは……艦長代理は。

 「どうした? 山本」
黙ってしまったからか、難しい表情かおでもしてしまったのだろうか。
「いや、何でもないさ」
どんな女でも――男でも蕩かせてしまいそうな笑顔を見せて、山本は言った。
こいつのためだったら、どんな作り笑いでも出来るだろうと山本明は思う。
あのひと以来、初めて大切に想った俺の、相手――。一方通行だけど、な。

 「また、乗りてぇな」
ぼそりと、つぶやくように山本が言う。
少し苦しそうな顔をして、古代は山本を見た。「――それは…どうなるか、わからんのさ。俺たち
だって」古代は続けた。
「俺はな、あの29万6000光年の旅が、何だったろうと……思うことがあるよ」
次の瞬間は笑って、俺がそんなこと言っちゃいけないな。反逆罪になっちまう、と打ち消したが。
山本はそれが、つい漏らしてしまった古代の本音だろう、と思った。
「――いいじゃないか、古代。俺たちはヤマトの仲間だ。生きも死にも――苦楽も共にした」
「あぁ。そうだな……お前も、加藤も」
「そうだ。その絆は、切れない――何があったって、な」

 この時のこの科白が、半年の後、どれほど古代を助けただろうか。
この言葉の通り、約束を守って――山本たちは月基地から、古代と共に飛び立ったのだ。


 「元気でな」
明け方のドッグから外へ出、地球光を浴びながら、山本は言った。
「あぁ――お前も。皆、元気で嬉しいよ。またすぐ逢えるさ」
あぁ、と山本は頷いて。「――だが、独身のお前に会えるのも今日が最後だな」
どういう意味だよとまた、頬を赤く染める古代。
「……わかんねぇぞ? 何か起こって、次帰ってきた時も、ここへ来てお前と酒飲んでるかもしれない」
そんな憎まれ口を。
あっはは、と笑い飛ばそうとした山本だったが、
(……そんなこと、言うなよ)内心は、こうである。
「航海の、ご無事を祈ります。艦長代理」
さっと敬礼して、山本は言った。
「はい」古代も敬礼を返す。
 肩に手をかけて、山本は一瞬、古代の目をみつめたが。じゃ、な。とあっさり去っていった。
後ろでに手をひらひら、とさせるのは、ブラックタイガーで飛んでいた時の加藤・山本共通の癖だ。
懐かしいな――古代はそう思い、それに右手を目の高さに上げ、2本の指を重ねてコスモファイター
同士の挨拶を返す。――背を向けて去った山本には見えなかっただろうが…。

 ヤマト出航まで、あと、3時間を残すばかりだった。



 そして2201年――銀河系中央から白色彗星が飛来し……ヤマトはまた果てしない
試練の旅に出る。
その艦内には、コスモタイガー隊員たちの、溌剌とした笑顔があった。
 艦橋を統べるのは古代進――若干19歳の艦長代理である。

Fin

綾乃
−−30 Sep−01 Oct, 2007


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