planet icon  復活- Aufersteh'n
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53. 【復活】

 「ユキ、この曲、知ってるか?」
親友・佐々葉子が、ふとロビーに流れてきた音楽を耳にしてそう言った。
「…珍しいな――こんな処のBGMに合唱入り使うなんて」
つぶやくように言った彼女は、これでもコワモテの戦闘機乗りで、ばりばりの戦闘
士官である。ところが、なぜか、こっち方面にも多少詳しい――昔はお嬢様だった
んだそうで。
それを想像すると、吹き出しそうになる。
…たいっがい失礼なやつだなお前、そんなことで口げんかになるのもしょっちゅうだ。

地球は今、一応の平和を享受している――。
多忙な軍人……幾度にもわたる地球の危機で、多くの人々が亡くなり、ヤマトも、
そして大勢の仲間たちも失われていった。
最も大切にしていた人々でさえも――この友人・佐々葉子も、最愛の人を失った。
その思いを受け継ぐように……自分たちの結婚式がもうすぐ。そのために激務の中、
地球へ戻ってきてくれている口の悪い友の、友情には感謝しているんだけれど。
だって。
夫になるはずの人――地球の英雄ともいわれるあの人は、アルファ・ケンタウリに
“ちょっとお呼ばれ”――どうしてもっ、と泣きつかれて、出張することになったのは
ほんの数日前。
「えぇっ。自分のお式なのに――」
うちの母なんて大騒ぎ……父は、
「進くんは大事な体なんだから仕方ないじゃないか。それだけ期待されているんだよ」
となだめてくれたけど。
母は、断りきれないあの人を怒っているんじゃなくって。
 「あれだけ辛い想いをして働いてきたんですから。自分の、こんなときくらい、自由に
させてくれても」
――進さんを心配するが故の、怒りだったことを知って、私もありがたくて涙が零れた。
ママ、大丈夫よ。
私たち、そんなことはどうでも良いの。これからね、ゆっくり幸せになるんだから。


 それで、結婚式場に打ち合わせ――といっても、私たちの結婚って、
一大プロジェクトみたいになっちゃって。
それは……立場が立場だから、本当は2人だけで仲間に囲まれて手作りの結婚式、
というのが夢だったんだけど――それはもう5年も前に、ヤマトの中でしたから
良いことにして――諦めて軍の広報宣伝みたいな会になっても仕方ないか、と思っている。
 それでも、お式はお式だし。祝ってくれる人たちの気持も、私たちの心も変わる
わけじゃなし。
 だからといってね。
お衣装とか、プランはね、やっぱり自分で決めたいでしょ?
派手〜なイベントなんてヤですからね。
……と激多忙な任務の合間、ひたすら此処へ通うことになっちゃって。
 ふだんそんなことはしそうもないこの女友だち――佐々葉子と、この会場の斡旋か
ら手配まで、やっぱりさすがよねの南部くんと、事務方ならお任せの相原くんが、
ずいぶんいろいろ手伝ってくれた。
相原くんなんかほとんど予行演習だもの――あぁぁ、次は俺かぁなんてため息ついてたな。
いえね、結婚がいやなんじゃなくて、早く晶子さんと一緒に暮らしたいのはわかってる。
彼の場合、相手が相手ですからね――きっと私たちより大変よね。

 あ。なんですって? 葉子? BGMがどうしたの。
 「この曲――」
 お願いした資料をもとに、あちこちの手配と確認をしていただいている間、ロビー
で別の打ち合わせなどしながら葉子と待っている。待たされている部屋もそれなりに
豪奢で、派手ではないけど昔のクラシックホテルを模してるんだとかで、格式高そう。
 2人ともそんなに時間のある身ではないから、待っている間にはほかの打ち合
わせなんか進めているのは当たり前。今は二次会のプログラムの詳細なんか作って
いた処――とはいえ、私は本当に祝われていれば良いって言われているんだけど、
一応希望は聞くからね、というのの担当が葉子だったりする。やっぱり花嫁のこと
は女友達が担当するのが当たり前だからって。
――でも、いいのかしら。幹事なんてやってくれちゃってるけど、貴女だって、彼と
一緒に暮らそうなんて思わないの?
 もう何度も繰り返した問いに、いつもきれいに笑って答える親友。
(私はそんなこと考えたこともない――結婚も、しない。宇宙そら飛び続ける女に、
縛られたい男なんていないだろう?)
そう言って。
あれだけ愛し合ってるのは見ていればわかるのに。
なんだか、切ない。
それとも――やっぱりまだ忘れられないの? 失っていった人たちのことを?
「お前らはそんなこと気にしないで幸せになって、たくさん子ども作ればいいんだよ。
それを、誰よりも、沖田艦長も、島も、斉藤も、加藤も、山本もっ。望んでるに
決まってるんだからな」
最後は必ずそう言われて、はっぱかけられるのが常だ。

そこに微かに聞こえている音楽が、
「マーラーの『復活』だ」
と言った。
私なんかそんな方面は詳しくないから、え? マーラーって? 復活ってなに? 
くらいだけど。ふと表情を崩して
「マーラーってのは19世紀の偉大な作曲家さ。ベートーヴェンやモーツァルトは
知ってるだろ?」
「え、まぁ一応は」さすがに、クラシック音楽のメジャー処くらいは押さえています。
ほかにもショパンやドビュッシーもわかってよ、とユキちゃんは思う。
小さい頃、お稽古事でピアノもやってたんだもの−−ってどうやら葉子はもう少し
本格的にやらされていたそうな。
 なぁ。
 山本のね――親父っさんの楽団がぜひ手伝いたいって言ってるんだよね。
えぇぇっ! ってものっすごく有名な。
戦闘機隊副官でこの葉子の昔の恋人だった(という噂はあるけど本当かどうかは知ら
ない)、白色彗星戦で戦死した山本明。
ご実家のご両親は有名な音楽家だったことを、彼が亡くなってから皆、知った。
世界的指揮者とヴァイオリニストの息子――本人も、訓練学校へ入る前は嘱望され
た天才だったんだそうで……最近、どこかの雑誌に載ったから、今は皆、それを知
っている。
山本くんと古代くんはとても近しくて――小父さまは本当の父親のように彼のこと
を気にしてくれているのは私も知っていた。
 「この曲――いいな」
うん。いいよそれ、と目を輝かせて、葉子が言う。
「なんのこと?」とさっぱりわからない私。
「“第九”じゃねぇ、大げさかなと思っていたんだけど。“復活”なら、合唱は最後
の7分くらいだし。ちょいとオケは大きめだけど、最後の楽章だけやればいいし。
荘厳で雰囲気もあるし。いい。うん」
なんだか1人で興奮している。
 宴会のあと、最後の締めの処どうするかって皆で考えてただろ?
え、えぇ――あまり大げさにはしたくないし。でも、やっぱり祝っていただいて嬉
しいことと。
――それと。やっぱり……。

 こうして私たちが生きているのも、多くの犠牲の上に成り立つものであり。
 地球の平和があってこそ私たちの幸せもあって――
 だからこそ、こうして新たな誓いを。

その気持を表現する方法はないものだろうか。大演説なんていやだし。
そう思っていたのは葉子も知っていた。
「ちょっと待ってね、ユキ」
携帯でぱこぱこと電話し、持っていたモバイル端末で、いくつかネットして。
「うふふ。これで、良い――」
「なぁに? 気持悪いわね」
「心に残る、結婚式にしてやるよ」
つん、と額を指でつつかれた。何考えてんのかしら、このひと


礼拝堂での極めてシンプルで感動的な式が終わったあと、ヤマトのメンバーを中
心に、その広い広間では、豪奢な二次会が行なわれた。
名士の挨拶、心温まる人たちからの言葉、数々のメッセージ。そして驚いたことに
ガミラス総統・デスラー名での祝辞まで(もちろん、どのような経緯でか、という
のはきちんと説明された)。
衛星で中継すらされたというこの式典は、一つの時代の終わりと始まりを告げる。
いまや地球圏で最も有名なカップル――また美男美女だから、というのもあるけれ
ども――の世紀の結婚は、地球の苦難の歴史を乗り越え、そこに結実しようとして
いた。
 会を作り、見守る仲間たちも――地球に戻れる者たちは皆、参加していたが、遥
か冥王星や海王星、火星や月からも多くのメッセージ、中には多元中継もあったけ
れど――が届けられ、もしかして銀河系的イベントだったのではないだろうか。
 だけれど、森ユキ――当日をもって古代ユキとなったその人と、その夫・古代進
にとっては。
 遥か長い道のりを来て、互いを見失わずにいられた、喜びの日であると同時に。
また新たな旅路へ向かうための出発の第1歩――多くの仲間たちの想いを受けて。
なかでも恩師・沖田十三と親友・島大介の遺言の達成でもあったから。

 「さて。幸せな2人の姿もそろそろ、見納めとなります――2人はわが地球の
平和と未来の象徴としてその美しい姿を見せてくれたわけですが」
おまえ職業間違ったんじゃないか、と思わせるような、南部康雄の洒脱なメッセージ
が続く。
「ここで、最後に――大きなプレゼントを。皆さまとわかちあいたいと思います。
お2人の旅立ちを祝して」
 高い天井は吹き抜けの明り取りになっており、外からの陽光が差し込んでいた。
バロック式を模した円形の広間は、その多くの柱に支えられ、その向こうにさらに
空間が広がっている。
その境目にあった幕が引かれ、右手に控えるオーケストラから静かな響きが立ち上
った。
 「ひょお…すげぇ。何人いるんだ……」
そんな囁きをつぶやいたのは誰だっただろうか。
「ディ・アース・シンフォニー・オーケストラの演奏と、大河昇一さんの指揮で、
マーラーの交響曲第2番より、最終楽章を……」
聞きなれぬ女性の声がマイクを握った。――ふとそちらを見れば、シンプルな薄水
色のドレスに身を包んだ、常には見られぬ姿で立つ佐々葉子がいた。
ざわ、と彼女を知るものがざわめき、また。
「指揮者の大河昇一さんは、今日の新郎新婦、古代進とユキの大切な仲間であった
ヤマトの山本明の、お父様でいらっしゃいます。コンサートマスターは沢井純一。
はるか昔、第二次世界大戦の最中さなかに、音楽と平和を愛し、人々を愛し、その中
から生まれた賛美の歌を。同楽団附属の合唱団を中心に、一般参加の方々も参加
されています。どうぞ、最後までお聞きください」
 通る声――それを耳にしてすでに涙ぐむ人もいる。
 ドレスのしわぶき、さざめく声。人々の熱い想い。
それらを包括して、静かに音楽は流れていく。盛り上がり、蠢き……決して短いと
はいえない曲ではあったが、それを静聴することを誰も求めるものではなかった。
そして。
一瞬のゲネラル・パウゼ(全楽隊休符)のあとに、静かに。
地の底からわきあがるように、低い、静かな合唱の響きが歌い始める。

  ……Aufersteh'n , ja aufersterh'n wirst du, mein Staub,
  nach kurzer Ruh――


 静かに、うねるように続く合唱の響きは、オーケストラと女性の二重唱に続き、
男声合唱の響きで頂点に達していく。
 平和を願い、よみがえり。神の子の復活と、その世界の構築を讃える賛美の歌。
 歌詞の意味や、その時代背景は理解(わか)らなくとも、その叫びに似た圧倒的
な音量は、建物を震わせ、参列した人々の心に染み渡っていった。

 苦しみよ、汝はすべてに染み渡る――
 死よ、すべての征服者だったあなたから私は逃れ
  今こそ征服されたのだ。
  私は勝ち得た翼を拡げ、舞い上がろう
  愛の命ずるそのエネルギーの中へと…

 Aufersteh'n , ja aufersterh'n wirst du, mein Herz in einem Nu!
 Was du geschalagen, zu Gott wird es dich tragen!
われは再び生きるために死し、そして汝はよみがえる。
わが心、いままさに行かんとする。
その高鳴る鼓動が、神のもとへあなたを運んでいくだろう。
(クロプシュトックの賛歌「復活」より)


この日、一組の夫婦が誕生した。
長い、戦いの果てに――ようやく本当の意味で、平和の一歩を踏み出した日として。
長く、人々の記憶に残ることになった。


 「ユキ、おめでとう」
「ありがとう……」
静かに言葉を交わし、頬にもう一度キスして。
親友同士、手をとり演奏のクライマックスに聴き入るのに。
それぞれの恋人(と夫)は、傍らに立ち、それを優しく包んでいた。

※交響曲第2番「復活」第5楽章の歌詞については、
参考文献から少し意訳しています。
 もともとユダヤ教徒であったマーラーには、キリスト教的意図はなかった
ともされていますが、詳細は興味がある方はぜひお調べになってみてください

――Fin
Count 006 「ヤマト」完結編後 A.D.2204年頃

綾乃
Count006−−30 Oct,2006

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古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
あとがき、のようなもの
現在のデータ
Cont001 No.57 コスモゼロ(改題「コスモ・ゼロ」)、Cont002 No.100 誕生、Count003 No.15 兄と弟、Count004 No.41 ヤマト艦長、Count005 No.21 再び…、Count006 No.53 復活

count006−−復活。
  これは、かなり“禁じ手”でした(笑)。
  合唱やってる人だったり、オーケストラ関係者だと音楽を想像しただけで
簡単に感動できてしまうので。うちのヒロイン・戦闘機隊員で森ユキの親友・
佐々葉子ちゃんもそんな風に思ってしまったんだと思います。

  加藤四郎、佐々葉子、山本明、古代進、森ユキらの設定や関係は、
 三日月小箱−新月world設定=  「小箱辞典」 をご参照ください。
 彼女=葉子が主役な話は、長編で申し訳ありませんが、
 NOVEL 「宙駆ける魚」 「宙駆ける魚・2」 がベースです。
  ともあれ、ご興味を持たれたら聴いてみていただければ、と思います。
  マーラーの交響曲第2番「復活」。
  全部で80〜90分の短くはない曲ですが、けっこう感動できますよ。

  「古代とユキの結婚」については、リクエストも多いので、現在執筆中。
  「三日月小箱例文百之御題」短編、でお知らせできると思います。

  第一期6本は、これでお仕舞いです。
  また唐突に更新開始しますので、時々覗いてみてやってください。

綾乃・拝 
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