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「デスラーから、祝電が届いています」相原が言った。
古代はうなずき、「デスラーから?」南部が問い返し、佐々と加藤は目を見合わ
せた。
ユキは緊張した表情。
「シークレット通信で、本人の画像付きの生の声で」と相原が補足した。
「お祝いなんでしょ、何かマズいことでも?」と坂本。
「……内容は?」とユキが見上げるのに「お祝いです、祝賀のメッセージが」
と相原。「新ガルマン=ガミラス帝国総統、デスラーの名で」
ううむ、とその場に居た者たちは言葉を失った。

とんでもない「社交辞令」だ。

 いや、デスラーは純粋な好意なのだろう。どこからこの情報を得たのかは不明
だが、このタイミングでメッセージを送ってくるというのはさすがの情報網と
実力ちからというべきか。
もしかしたら、“地球は見張られている”と考えるべきかもしれなかった。
だが。
「……高度に、政治的な判断が必要だな」南部がその場を代表して言葉にした。
うん、とさすがに古代も理解しているようだった。
「どうして、ですか?」と坂本だけが理解不能だと先輩たちを見ている。
「いまや友好国みたいなものだし、ボラーとの戦いでもディンギルとでも助けて
くれたじゃないですか」
 坂本の言うのはもっともだったが。
「だが――地球の人々はまだ、ガミラスの遺恨を忘れてはいない」
 ヤマトが唯一隻、ガミラスを打ち破りコスモクリーナーを持ち帰り、地球を
救った。
 だが時が経てば、その功績や苦しみは徐々に風化し、そして民族の存亡を
かけて戦ったガミラスとの間には同盟に近い不文律がある。方向性は異なろう
とも、地球に古代ある限り、ガルマンにデスラーある限り。それは揺らぎはしな
いだろう――だが、理想と異とする惑星国家同士。しかもガルマンは強大な軍
事惑星帝国国家であり、地球はまだ太陽系の外れの1惑星――しかもまだ
統一政府すら持たない辺境でしかない。しかも今、ヤマトはないのだ。
 多くの敵と戦い生き残ってきた地球ではあるが、最も耐乏を迫られ、絶望の
中で家族や愛する人々を失った戦いがガミラス戦だった。
その総統デスラーの名は、まだ、人々の心の中に大きな遺恨を残しており、ま
だ手を結ぶ相手として国民感情が平らかだとはいえない。
それを。
「中継、世界的に入ってますからね――」
相原が言った。祝い事である。イベントであり、注目されている催しなのだ。
もはや古代進と森ユキという1個人、1軍人同士の結婚式のレベルは超えてい
る。その場で、デスラーのメッセージが流されたら。どうなるか。
そしてまたそれを流さず、無視したら。――総統の親書を無視したと、あの強
大なプライドを持つ国家がそれを許すだろうか。科学力にも人材的にも圧倒的
な差のあるガルマン帝国との間に、なんとかうまく関係を結んでおきたいと考
える地球連邦にとって、新たな火種ともなりかねない。
 「高度に、政治的な問題――ですね」
四郎が言って、うむ、と皆、一様に難しい顔つきになった。


そこへ、「おい、どうした、えらく静かだな」という明るい懐かしい声がして、
背の高い姿が現れた。
「真田さん!」「真田さん」古代とユキが真っ先に反応して、
「こりゃこりゃ、ワシもおるぞ」とその下から佐渡酒造も顔を出した。
 「おめでとう〜」「おめでとう、ユキ、古代」
「こりゃキレイな花嫁さんじゃの…古代も男っぷりが上がって。沖田艦長が生
きておられたら、さぞかし…ぐし」
佐渡は早くも酔っ払っている感じで、しきりとうれしそうに涙ぐんでいた。
「あ、あら。アナライザーは?」
「あいつなら自棄酒くらって暴れてもいかんからの……あっちで貝塚が面倒み
とるよ。ユキの花嫁姿を見せるのは一度でええわい」
「ま。佐渡先生ったら」

 ひとしきり、懐かしさに挨拶が交わされ、真田はすぐにその場の雰囲気を察
知した。
「そうか……デスラーが」
真田にしてみても、デスラーのその武人としての心持は大いに理解できた。
デスラーは2人を見守ってきたというつもりがある。ガトランティスとの戦い
の最後にユキが命がけで古代を守ったことが、彼にとっても大きなターニング
ポイントになったであろうことはユキの話から推察していた。惑星探査の際も
2人に逢っており、その遠くからの思いは理解できる。……純粋な好意だろう。
だがあのデスラーのことだ。それにより何かを図っていたとしても驚くにはあ
たらない。
 「それで古代――お前はどうしたいんだ」
真田はまっすぐに古代進を見て、そう言った。
「真田さん……お、俺は」
ん? と真田は古代を見る。
 「デスラーの好意を無にしたくはありません……でもこの、放送が地球エリ
ア全域に生中継されるような状況――これって俺はいやなんですけどね、本
当は。でもこの状況で流すのは、得策ではないと……考えます」
うん、と真田はうなずいた。
「マスコミをその時間だけシャッタアウトしたらどうだろう」と加藤。
「絶対、回すやついますって」と相原。「よしんば、あとから厳罰に処したとし
ても、流されてしまったものは取り返しがつきませんからね」
隠されれば暴きたくなる者はいくらでもいるのだ。
 そうか…真田は顎に手を当てて考えこみ、古代はまっすぐ目を前に向けたま
ま。そしてユキを振り返った。

「ユキ――君の意見を聞かなかったね」
何事も2人で考えていこうといっていた矢先に。この、スタートの日に。
「……私は」ユキは静かに言った。「私は、デスラーの気持ちは気持ちとして。
受け取りたい」
「ユキ――」
「あの人が地球を侵略しようとしたことは確か。でも私たちも、罪と知りなが
ら、あの人たちの星を滅ぼしてしまったことも――そのあとのいろいろなこと
も。取り返せない歴史と、私たちの一部」
全員が、その言葉の重みを受け止めていた。
「…だけれども」ユキは続けた。「地球はまだ、弱い。それに――でも人々の
心はまだ傷ついている。私たちがそれを、こじ開けてはいけないわ」
「ユキ」
「それに。デスラーが地球を助けてくれたことも事実よ。あの人の艦隊がなけ
れば、太陽制御も、そして土門くんの命も、ヤマトの成功もなかった――」
二次会で――中継が禁止の時間帯に入った処で流したらどうでしょう。相原
がそう言った。デスラーにはそれで、納得していただけるのではないでしょう
か。親しい人たちと、正式な場でそれが読まれれば。――だが。
報道の自由までは止めはしないと。
 「いや相原――きちんと、祝電の時に流していただこう」
「古代」南部が言った。「大丈夫か――」
「あぁ……逆に、説明もしてもらおう。ハイドロコスモジェン砲の時、そして
アクエリアスの来襲で。デスラーがどうやってわれわれを助けたか。それを
きちんともう一度思い出してもらって、そして祝辞をいただこう、と思う」
 真田が苦笑した。
「わかった――」古代らしいな、そう言って。「ただし相原」
「はい」「――長官に……一応ご連絡を」「わかりました」
「今日はおいでになるのだったか?」「えぇ。わずかな時間ですが」
「すぐに秘書官に連絡を入れてくれ――晶子さんを通じた方が良いな」
「そうですね」
放送を見る人が誤解をしないように――国民感情と――そして妙な憶測を生
まないように。
 だが何よりも、人の心に誠実に。
古代とユキの採った方法は、もしかしたら波紋を呼ぶかもしれない。だが、勇
気ある決断でもあった。


 
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