夕陽浴びて

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 その女性が扉から入ってくると、教室内が一斉にザワザワとザワめいた。
「地球防衛軍本部、特別秘書官−−元宇宙戦艦ヤマト生活班リーダー、森ユキ
です。これから10日間、皆さんの訓練の仕上げのお手伝いをします。どうぞ
よろしく」
その短い挨拶に、ざわめきはまた広がった。
 ヤマトの森ユキ−−を知らない訓練生などいない。いや、地球人なら誰でも
その名を知っているだろうというくらいに有名な名。だが当然のことながら、
本人に合間見えるのは初めてどころか、その顔も姿も、個人を特定するあら
ゆる情報は秘されているため、この目の前の華奢で、年よりも若く見える女性
が、あの“ヤマトの森ユキ”かという驚きが一つ。
それに−−
“ヤマトの女神”と呼ばれたユキの容色は結婚し、一子を得てからも衰えては
いない。いやますます輝くばかりで、結婚後もアプローチする有能な地球幹部
や財力のある者が後を絶たないほどだ。
本人にあまり自覚はないまでも…その美貌は、一瞬で学生たちを虜にした。

 ざわざわ。

 「訓練なんて、できんのか、あのひと」「生活班だったんだよな」
「戦闘士官だぜおれたち」「伝説なんて、どこまで本当か」
デスラーと撃ち合ったとか、パルチザンで戦った実績−−それよりも森ユキは
艦長・古代の恋人としての名の方が高い。
ヤマトに一度でも乗艦したことのある者なら、彼女自身の実力ちからがどのくらいある
ものかは身に沁みていたが、イメージと記録でしかそれを知らない現在の訓練学
校の生徒たちがそうであっても、それは仕方のないことなのだ。
またユキ自身、自分がどれほどその旅に貢献してきたかということに、あまり自
覚がないこともある。

 十分な宇宙艦での戦闘も、生活くらしも訓練不足のまま繰上げ徴収のように
乗艦した。だからなおのこと、中でどれだけのことを旅の間に憶えていかなけれ
ばならなかったことか。
何故なら。
一人ができないと他人を巻き込む。そうして努力しなければ、生き残ることも適わ
なかった。だからそのことが、地上に残され、パルチザンとなって一人戦わなけれ
ばならなかった時に、どれだけ支えとなり助けとなったことか。
それだけでも、伝えられたら。
ユキはすでに覚悟を決め、若い戦士たちの前に立っていた。

「まずは、宇宙航行時の緊急戦闘についての理論から…」
ユキは教壇に立つと、自己紹介もそこそこに、まずは座 学に 入っていった。
敵襲、戦闘、そして生存−−。事故や被弾した際に、そのままでは生存できない
人類が、どうやって命をつなぐか。擬似的生存空間でしかない戦艦で。さまざまな
要素の組み合わさる宇宙で。…何が大切だろうか。
目の前にあるものを、技術だけではなく。一つずつ伝えていくしかない。


 ふぅ。
 ユキは重い息をついて、
(なかなか、難しいわね)とごちた。
シミュレーションに入った頃から、訓練の指示に対する厳しさと、的確な指導に
学生たちの目は変わっていったが、まだまだやはり戦闘員やパイロットは卵とはい
え、プライドが高い。
(そんな場合じゃないんだけど−−)
 私たちには学べる機会などなかったから。
 だから、すべてを、現場で。少しでも自分より知っていると思われた人をつかま
えて学んだ。眠る暇もないほど。日々閉ざされた、いつ何が飛んでくるかわからぬ
不安の中で。
 “索的オペレーションと艦隊戦の連携”の授業は最悪で、ともかくミスが多すぎ
る。正確に数字を重ねていく学生もいなくはなかったが、その数字や数値の意味す
するものを、本当にわかっているのだろうか。
−−テスト艦にでも一回乗せてみればよいのだけれど。
プログラムを考え直す必要があるかもしれないわ。
 こんなに現実離れしているとは思わなかった。−−人材不足。
この子たちが艦に乗り、いまもし外宇宙へ出なければならなくなったら。
簡単に、死ぬだろう。成績に関係なく。
 またほぉと息をついて、ブリーフケースを小脇に抱えなおすときっと顔を上げ、
ユキは演習室へ向かった。

 シムルームと直結した演習室は複数のコンビネーションが組めるプログラムがあ
る。実際の戦闘データを用いたシミュレーションとあって、学生たちはそれなりに
好奇心満々でいた。
ユキの講義は聞いてやしない。−−いや全員がそうではなかったが。
もどかしさを感じていた。
 突然、ガラリ、と戸が開いて。
「遅れて申し訳ない」と一人の教官が現れた。
(−−葉子!)
ぴ、と敬礼をする。
「今日の合同演習を担当する、飛行科の臨時教官、佐々です」
学生たちの、驚き。
また女かよ−−という目はあったものの、佐々の迫力と眼力にかなうものではない。
 「午後からの演習は飛行科と合同です」ユキがぴしりと言う。
「これまでシムで行ったものを、実際に用いて連携プレーを取る。これまでの自己
データの分析は済んでいると思いますが。相手は人間です、気を引き締めて」
 「教官!」
手が上がった。
「教官も模擬演習、見せていただけないんですか」
そうだそうだ、と他からも声が上がる。
ヤマトのメンバーたちは、機会があれば実際空を飛んだり、射撃に加わったり、現場
を潜り抜けた実際を見せることも多かったためだ。
「……もちろん、やるさ」
声を発したのは佐々である。
「私も、乗るからな。…お前たちのレーダーじゃ、怖くて飛べん。−−私の組は森が
やってくれ」
にこ、と目を見交わせて。
ユキはかすかに頷いた。わかった。任せてよ。
 動く艦−−360度、多次元からの攻撃。そして刻々と変化する宇宙の様子。その中で。
ヤマトは戦ってきた。
「お前ら、よくわかれよ。私たちは、オペレータに命預けてるんだからな。一瞬の差が
私たちの命の絆だから−−気合入れて読めよっ」
怖い瞳で睨みつけられて、震え上がった学生たちである。


 
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