blanc -10 for lovers

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blanc No.4-09      【 組合わせた指 】


 ショッピングセンターの外れの喫茶店。
 午後の陽が少し回って、ランチ後にお茶しよう、と朝入る予定だった小洒落た
山小屋風の店に2人座っている。
なんだか言葉は要らない風で、柔らかな日差しが天気のよい一日をまるで2人の休
暇のプレゼントに呉れたみたいで。
平和で、安定した気候の地球の姿と、行き交う人々の幸せな様は、もしかすると2
人にとって一番のご褒美なのかもしれない――。
空気の心配もせず、足元の安定した土の上を。ただ並んで歩いているだけで。
だから。
「散歩って好きよ――」
自然が回復をし始めてからヘタをすりゃ2時間や3時間、平気でぶらぶらと歩き回
って飽きることがない恋人――佐々葉子。
ふだんはせわしないくらい時間を分刻みでパキパキ仕切る女(ひと)なのに、それが
ない日は本当に何も考えないのか、窓辺に座って陽が回るのもお腹が空くのも気に
せず本を読んでいたり。散歩に出るといってはのんびり歩き回っていたり。
――何の目的もない、ってことをするのって最高の贅沢だと思わない?
木陰の芝生の上で本を読むのなんて素敵……と妙に少女っぽいとこがあったり。
それもこれも。
彼女を少しでも知っている人なら驚くはずで。
「四郎だと、誰かと居るって気にしなくていいもの」
そう、いつだったか言った。――空気のようなひと。無ければ呼吸できない。
宇宙空間にいつもいる私には、とても大切なもの。
そして。
――愛してるわ。
優しい声音でそう言うと、瞼にそっとキスを呉れた。
抱きしめて。キスを返して。…いつものように。

 最初の頃はけっこう放射能を心配するくらい長い間戸外に出ていたこともあった。
「まだダメだよ――」
わかっているって。
一応、これでも士官の端くれよ?
――だが、禁じられている時間ぎりぎりまで外に居るのは頼むからやめてくれ、と
お願いして。ため息をついて、それはやめてくれたけれども。
何年かぶりに働いていたコスモクリーナーDの影響があちこちに現れ始めてからは、
もう心配もなくなって。だけど、こんな休日は久しぶりだ。

 ゆっくり紅茶のカップを置いて、ほぉっと上げた目が合う。
その目が豊かに笑っていた。
「あのね」
四郎が言って、ごそごそとポケットから何か。
――目をつぶって、手を出して。
そう言うので、何かな、なんて言いながら、そうした。
 すっと手を引っ張られて、ごそごそ。
 絡んだ指の感触に引かれるようにして、ゆっくりと目を開ける。

 組み合わせた指。

 その手首に絡まるように、三つのラインストーンが嵌められたブレスレットが留
められ腕に流れていた。
鎖の長さも長すぎず短すぎず。少しの装飾と、品良く収まった四角い石と。色は淡
いグリーンで…あぁこれは地球の緑の色だ。

「たいしたものじゃないけど…」
と四郎はその2人の手を光にかざしたまま、言った。
ラインストーンが淡く陽の光を内包して、やわらかく目を射た。
ダイヤや宝石の輝きとは違う――内包した優しい光が四郎そのもののような気がし
て、葉子は言葉が出なかった。
「呉れるの?」
言わずもがなのことを言う。こっくりと頷く彼。
――四郎や葉子の給料なら、たとえば石の嵌った指輪やブレスくらい買うのはさほ
ど難しいものではない。尉官の2人はその地位もありそれなりの収入も得ている。
住まいは官舎暮らし、使う機会はむしろ少ない、独身。
だけれども。
四郎は、身に付ける装飾品を、彼女があまり好まないのを知っていた。また、たと
えそうしたくとも。仕事柄、なかなかそうもいかないのは当然のことで。耳のピア
スくらいはしている人は男女ともに少なくないけれども、宇宙に出る戦艦乗り――
しかも航宙機乗りには少ない――体に、特に耳目に近いところに傷をつけると、何
かの拍子にそこが破れ致命的なことにならないとも限らないから。指輪はシンプル
で硬いマリッジリング以外はほとんどの者が付けられない。操縦桿を握り、コスモ
ガンを扱い、その動作に少しの傷があってもならないから。
制服の下にチェーンを下げペンダントトップに何かを入れている者は少なくない。
友人の遺髪だったり、大切な人のロケットだったり。ベルトに絡めてポケットにお
さめる人もいないではないが……戦闘士官が装飾品を身に付けるのは苦労するのだ。
だから。
――その腕にかかったブレスレットを飽かず眺めている彼女を見て。
「千切れても無くしても良いから。――あまり貴女の心が痛まないものにした」
そう言った。
良ければ。
時々身につけていてくれ。逢えない、長い時間にでも――。
 四郎はそう言いたかったのだろうか。

「でね」と笑って。「お揃いのネックレスもあるよ」
と、チェーンがシーリングになっていてペンダントトップが浮いて見えるタイプの
ものを。
それはすっと手渡した。
 揃いでつけろというのではないだろう。
気が向いたら。
手元に持っていて、何かの時に。
…そういうことなのだろう、と思って見たら、これ。
 「そっちは、“本物”だ……悪いけど」
エメラルドの淡い色。…地球がこんなになって伝統的な宝石は希少価値になってし
まった。その代わりに外惑星から入ってくる様々な鉱物は、その代用品やさらに価
値の高い美しいものとして人々の体を飾る。
「エメラルド――に似てるでしょう?」と驚いた顔をした葉子に四郎が言う。
「ガニメデで取れるんだよ――コスモナイトほど貴重品じゃないから、高くはない
けど、エメラルドより硬くて透明度が高い。宇宙戦士のお土産で流行っててね」
と最後は照れ隠しなんだろう、そんなこと言わなくてもよいのに、の四郎である。

 ありがとう。
 何かを呉れたなんて、初めてじゃないだろうか。
プレゼントをすることが、相手への負担になる。――そういう関係じゃないでしょ
う? そう言われそうで、怖くて。
対等だから――どちらかが相手を守るわけでもなく。
恋人同士とはいえ、お互いは互いだけのものではない。そんな相手。
懐に抱いて、安心していられるのなら、それもよい、だけれども。
絶対にそうはさせてくれない女性ひと――。
 だけれども。
 この町でこれを見た時に、“葉子さんに似合いそうだな”と思ってしまって。
気づいたら、手にとっていた。だから。
「似合うと、思うんだ――」
それだけを言った。
そうしたら。
 彼女はちょっと泣きそうな顔になって。とても嬉しそうに笑った。
一点の翳りも無く――本当に。嬉しそうというよりも、幸せそうに、かな。
抱き寄せて、キスしたい感じ。
だけれど、手を絡めてそれに力を入れるだけで、我慢した。
ありがとう、ともう一度唇が形を作って、あぁよかったと思ったのだった。

こういうの、呉れるのが嬉しいんじゃなくて。
――身に付ける機会なんてそれほどあるわけじゃないし。
使ってあげないものはかわいそうだから。呉れたひとにも、そのものにもね。
そう言った。
だけど。
ありがとう――。
 すっと手を離して、立ち上がる。
光がブレスレットの石に反射して、動いた。
きれいだな……。


行きましょうか。
 肩を抱くようにして喫茶店を出ると、午後の陽はずいぶん深くなって、もう夕刻
まではすぐそこだ――。
今夜は一緒には居られないのだ。残念ながら……久しぶりに逢ったのだけれども。
もう夜のうちに、旅立たなければならない彼女。
先行隊として――あの惑星ほしへ。

 「今度はいつ、逢えるだろう――」
 問わず語りに。木陰のちょっとした場所で、キスをした唇を離しながら、四郎は
言う。「任務、次第」少し硬い口調に戻って、そう言った恋人は、今度はまたゆっ
くりと顔を近づけて、その先を言わせまいという行動に移った。
――言えないことも多い特務企画室員。
いつまた。あの遠い星へ旅立ってしまうのだろうか。
遠洋航海に出る戦艦に乗り――あの艦長ひとの許で。
そして僕は月へ還る――次に逢えるのは、何ヶ月後だろう。
この懐かしい地球ほしへ戻ってきても、居ないことも多い恋人ひと
僕が戻ってくるのは、命がけで守ったこの星と、そこに住むあらゆる命、そして家
族――その許へではなく。今はこの女性ひとの許でありたい。
愛してるよ――。
何度目かの言葉を囁きながら、僅かに残された時間を惜しむ。
私も――四郎。どこにいても――星の海はどこにでもつながっているわ。
あぁ。知っている。だけど、体温までは伝えてくれないから。

もう一度抱きしめて、そしてその目をじっと覗き込むと。
またね、と言った。

すっと体を離すと、そんな風情のままなのに、ぴっと敬礼をする。
送らなくていいよ。ここで――。
あぁそうだな。

 優しい休日は、終わり。
また今夜から、星の海へ向かう――。
それが、2人が選んだ生き方だから。

少し涼しくなって、また風が吹いた。

Fin


――宙駆ける魚 Original より「完結編」後 A.D.2205年頃
加藤四郎&佐々葉子
Count 025 10 July,2006
 
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