孤独

CHAPTER-10 (066) (023) (039) (037) (007) (028)



【07. 孤独】



 彼方から、何かが来る――。
 祈りの合間、輝ける邪悪な白い光の彼方から。

 祈り――全身全霊を込めた祈りは、いつ果てるともなく、空虚な宇宙空間へ拡がっていった。
受け取るものもないまま……そして、あの白い彗星が導くままに、多くの、宇宙に
存る者たちの、コンピュータを焼き、意識を飛ばせたのかもしれない、あの日。


 (ヤマ、ト? ――誰?)
呼びかけるのに精一杯で、それらが発する微かな電波は、途切れ途切れにしか脳裏に
響いてこなかった。
ざわざわ…ざわ。
不愉快なうごめきが胸に響く。
戸惑い? 不審? ――そして大きな喜び。
――何故? 
この人たちは何故、こんな身も知らぬ者からの声を、こんなに喜ぶのだろう???

 宇宙空間に1人。
この惑星ほしを滅ぼした私の力――。
何かを。伝えたい――許すことができないのは、あの邪悪な力。
だけど私に? ――同胞を滅ぼしてしまった私に。誰かを断罪する資格など、あって?

 『テレサ――こちらヤマト。こちらヤマト、航海長・島』
(しま……しまさん?)

 初めて会ったその人は、先に到着していた人たちが、ざわめいた心を持っていたのと
対照的に、真っ直ぐに私を見つめていた。
「貴女が、テレサ――」
一瞬、黙ってしまったのは何だったのだろう。
私にはどうでも良いこと。

 私は知ってしまった――この人たちは、地球という、名の知れぬ星から、何らかの
理由があって飛び立ってきたのだ。まさか私の声を聴き、そうして宇宙の危機のため
に、平和な星からやってきたなんて、その時は信じてはいなかった。
だが――ズォーダーの狙う先は、明らかに今、あの地球。
いえ。
狙っていたのではない。進む先に、たまたま、この人たちの惑星ほしがあった。
調べてみると、美しい青い星――少しの旅の慰みくらいにはなるだろう。ツブす前に、
手に入れるか――私にはズォーダーの心の裡が手に取れるようだった。
 可哀想に――。
この人たちには、成す術が無い。
だけれど、もはやこの人たちに頼らなければ、宇宙そのものが、いけない――。
私は……もはや。この、テレザートのテレサは。何も、できないのだから。


 「テレサ、話してください。貴女は何故、ここにいるのですか。テレザート星はど
うなったのですか。そして、白色彗星は、どうしようとしているのですか」
私をもう少し知って欲しい――。
しま、という名のその人にそう言ったのは、何故だっただろう。
彼だけが、私を見て、失望しなかったからだろうか。
代表らしき、若い人も――丁寧に、私を傷つけないようには話していたけれども。
戸惑いを隠せず、ここへ来れば何らかの解決を得られるとでも思っていたように。
戸惑いながら、踵を返していった。
 「僕たちにできることがあれば――」
そう言って、手を差し伸べようとさえしたのだ、この人は。
それは、何? どういうこと、なのだろう? 私はメッセージを発信した。
貴方たちは情報を得た。そして、帰る。
戦うなり、守るなり――それ以上、私にできることは何も、ない。なのに、何故?

 テレザートはこのままいれば、あの人工惑星に呑み込まれるだろう――しまはそう
知ったのかもしれない。
それでも、良かった。
ようやく、この生に終点が訪れる。
何のために生きているか――哀しみと、時間の経過と……罪の購いだけの日々は。
いつ、どのくらい時が経ったかすらわからない。
最初から――生まれてすぐに両親を殺してしまったか去ってしまったらしい私には、
人というものの存在がずっと、無かった。
ずっと、1人。
それを、寂しいと思ったこともなかったから――知らなかったのだ。人の、心を。


 「テレサ―― 一緒に地球へ。ヤマトへ来てください。あと3日もすれば、白色彗星
がテレザートを飲み込む。そんな処へ、君1人、残していけない。テレサ――」
良いというの?
一緒に戦え、でもない。
――「僕は君を、見殺しになどできない」
祈りの姿勢をとるテレサの横に、島はひざまづいて語り続けた。
「ヤマトへ行きましょう…そして皆と一緒に考えましょう」
 考えよう、と言ってくれるのか――戦え、ではなくて。それは私と同じ立場に立と
うとしてくれる、ということか。
共感――テレサの心の中にあった檻のようなものが、その瞬間、溶けた。
(私の絶望を、この人は理解してくれるのか――そして温かい言葉を呉れた。
闇の果てから、ここまで来てくれた――私と言葉を交わしながら……)
テレサの心の中から、涙のようなものが湧きあがってきて、溢れそうになった。
その能力ちからを必死で押さえ込む。――いけない。私は、もう。
この能力ちからを誰にも与えない――だから、私自身を。誰にも、預けない。
 振り切るように顔を逸らし、そしてまた島を見る。
言わずにいられなかった。

 (か・わい・そう――?)
何だろう、この感情は。このひとの中に、溢れんばかりに満ちて、私に向かって
いるこの想いは。それを見るのは落ち着かない――私を不安にさせる。
(“逢いたい”――どうしてだろう。私の声を頼りにここまで来たから? 
この人が優しい声を持っているから? 
あの人たち――皆、優しい人たちだったのだ。
その人たちとも違う気持ちで、居てくれるから?

「貴方もまた、行ってしまうのですね」
苦しそうな表情を浮かべ、だが彼はヘルメットを取り上げて言った。
「僕は、ヤマトの乗組員です」――きっぱりと敬礼をして。


 テレサは孤独を知らなかった。
自分が孤独である、と思ったことすらない――それは。生まれてからずっと。
1人だったから。
心を預ける相手が生まれれば、能力が暴走した。
そしてそれは故郷の星の崩壊と、多くの人々の死を意味した――。
心を抑え、波が立たぬように。
そして、すべてのものから遠くへ――。
ガトランティスからの戦いを挑まれた時、望んでここに幽閉された。
(望む処――)
大帝もまた、それを知っていたのかもしれない。駐屯部隊を置いたとはいえ、それら
が地下へ入って来、近付くことはなかったから。
もっとも、意志強く清廉な者しか鍾乳洞の奥には入れない――そのようにガードして
いたテレサだったから。ヤマトの者は、そういった意味ではここ30年間、テレサの
ガードを超えてきた、数少ないチームだったのだ。

 コントロールできない意志が暴走したことを、テレサは気づいて、慌てた。
(はっ――心の乱れが…)
どうしたというのだろう。
 精神の違和感にふと頬に手をやると、両の目から、滂沱と涙が流れていた。
(どういう、こと――?)
そして。
「しま、さん――」
そう、言葉に出したくなり、出した。
「島さん? ――しま…」
その自分の声を聞くと、切なくなり、体が震えた。
(私はいったい……)どうしたというのだろう。
ただ1度会っただけの相手――。だが、宇宙の果てから。自分の声を頼りに、ここま
で来たのだ。あのふねを動かして。その責任者だったのだ。
そして。誰にも告げないでいた私の心を――理解してくれた男性ひと
(もう一度、逢いたい――)
逢ってどうなるものでもない。その声を聴き、顔を見て、目を合わせ、話をしたかった。
その、傍にいる人間というものの体温を感じてみたかった。
……そしてこの時初めて、テレサは、“孤独”というものの意味を知った。

 覚悟はできていたはずだった。
1人、ここで消えていくことの――。
その気になれば、テレザリウムごと飛んでもよい――ガトランティスも見逃すだろう。
爆破して戦うこともできる――だけれども。
そうしようと思わず、そう考えることを自らに禁じてきたのだ。

 「テレサ!」
信じられない気配が、地上に降りた。
(しま、が――島さんが、此処へ、来る)
動悸が激しくなり、さらに混乱がテレサを覆った。
――私はどう、したら。


 「僕は、どうすればいいんだ」
地球人であり、義務と使命を負った立場。ヤマトの乗組員であり責任者の1人。
ましてやその腕は、ふねの舵を取る大切な身――。そして、テレサへの愛情。
いや、同情?
同情は共感となり、そしてそれは、短い間に、愛情に昇華したのかもしれない。
もはやこの女性ひとを、此処に残して去ることは――島大介にはできなかったから。

 「参りましょう――私も、ヤマトへ行きます」
温かな胸。
温かな涙と――切ないほど優しい心。
 これまでの1人を、“孤独”と呼ぶのだと。それは、哀しく辛いことだったのだと、
今初めて知った――ならばこの愛を守りたい。人との、このつながりが、そう呼べる
ものなら。
もはや失うことは、耐えられそうにもなかった。
 ゆっくりと、ヤマトへ向かう荒れ果てた道が、こんなに嬉しく、幸せだとは。
 触れ合う手と手が、こんなに熱いなんて――触れた処から血がざわめくほどに。
そして、そのなんと幸せで――切なく、哀しい時間だっただろう。
優しい声をかけてくれ、守ってくださる。心が通い、それを私は動作だけでなく、表情
だけでなく――その心の底まで感じることができるから。
(島さん――愛しています)
そう、1度言い交わしただけの、想いでした。
――それでも、生きてきて、私のこれまでも、これからも、の全てが、今のためにある。

 「古代さん――共に居るというだけが、愛し合うことではないはずです」
「テレサ――」
ふねから身を躍らせようとしている私に、古代さん――あの人の親友である、
本当に大切なひとだというのは、短い間に理解していました――はそう仰った。
「どうか、もう一度だけ、島に…」
いいえ。私は言う。「――島さんが、あんなに温かい胸で私を力づけてくださった。
私にはもう、怖いものはなにもありません」
 一瞬――でもそれは永遠。
私はもはや、永久に“孤独”を知ることはないだろう。
いつでも――離れても。この宇宙空間を何万光年隔てても。
いつもこの胸に島さんがいる。そしてあの人の傍らに私も居る――。
「必ず、連れて帰ってきますから――」
彼は約束してくれた。そして、あり得ないことに。
私もそれを信じたのだ――どう考えても、不可能だというのに。
でも、必ず帰ってくる――あの人は。私の許へ。


宇宙に光芒が満ちた――

 再び出逢ったあの人が目覚める時は、私が消える時。
それでも。
孤独から掬い上げてくれたあの人と、私は、いつでも触れ合え、そして愛し合える。
地球――数多あまたの星の中で、あの人の命をはぐくんできた惑星ほし
そして、私の、大切な、惑星ほし

となった。
 さようなら、島さん。
いつまでも、愛していますから。
幸せでしたから――悲しまないで。

 西暦2201年。宇宙戦艦ヤマト帰還――その生存者、19名。
白色彗星との、辛く、残酷な戦いが終わった。
地球は、辛うじて、生き残ることができたのだ。

Fin


綾乃――「ヤマト2」より
Count051−−12 Apr,2007
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No.41 ヤマト艦長(004) No.21 再び…(005) No.53 復活(006)
2 No.001 一目惚れ(007) No.78 温泉(未) No.82 夢(009)
No.03 旅立ち(010) No.84 First Kiss(011) No.83 プライベートコール(未)
3 No.09 もう、我慢できない(012) No.18 ありがとう(013) No.20 告白(014)
No.26 ふたり(015) No.69 もみじ No.80 自棄酒(未)
4 No.29 My Sweet Home(t016) No.70 冬木立(017) No.22 エンゲージリング(022)
No.08 願い星(未) No.56 二人きり No.31 新入り
6 No.02 片思い(029) No.43 三つ巴(未) No.04 メッセージ(未)
No.62 チョコレート(033) No.48 若い人(023) No.14 記念写真(025)
8 No.13 帰ってきて!(050) No.16 イスカンダル(041) No.19 ただいま(040)
No.50 忘れない(038) No.05 氷の惑星(039) No.30 おままごと(046)
9 No.81 星の彼方に(078) No.47 祈りを込めて(071) No.45 たったひとり(031)
No.98 Wedding Bell(080) No.27 永遠の誓い(048) No.10 不安(045)
10 No.66 涼風(064) No.23 絶対反対!(063) No.39 信じてる(065)
No.37 君へ(066) No.07 孤独(051) No.28 いつまでも…(049)

 

あとがきのようなもの

count051−−「孤独」
 私にしては、こういう話は珍しいです。
 完全な一人称自体を、ほとんどやめてしまって久しく、また「テレサ側に立った」話は、お初、ではないかと思います。 三日月小箱 NOVEL「銀河の彼方で」 の裏版ともいえるかもしれません。おかしいなぁ。最初は、「永遠に…」帰路の古代進くんのはずだったのに。
 孤独の哀しみというのは、自分が孤独であることを知らないことだ、といつの頃からか思うようになりました。孤独を知る人は愛されることも、人とのつながりも知っている人。テレサには、それすらなかったのです。
 人を思い遣り、愛し合う、それは、人は最終的に1人である、という人として生まれたからには必ず背負わなければならない孤独に、きちんと向き合えるから生まれてくることなのじゃないか。凭れ合い、依存し合うことで孤独から目を背ける間は、けっして本当の思い遣りや愛情は生まれてこない、と信じています。
 テレサはヤマト2を象徴する存在でした。スターシアは具体的な像を持った人間であり、女性であり、最後は母親でもありましたが、テレサは。「さらば」では宇宙愛が形になった存在として描かれ、「ヤマト2」ではそれに肉体と感情が与えられます。島の“運命の女性”−−私は、脆く、限りなく毅かったこの女性ひとが好きでたまりません。
 ちょっと走りましたが、珍しい一本ということで。お気に召していただければ幸いなのですが。
 ちなみに、ちょっとズルをして、この背景だけは、やはり島側からの短編 「焦り〜導く声」 の色違いです。
綾乃・拝


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