砂糖

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「森生活班長、いるか? 入るぞ」
突然、反対側の通路から声がして、古代艦長が姿を現した。
このエリアに彼が現れるのは珍しい。
はっとして。彼女は慌てて目を覚ますときょろきょろとあたりを見回して、
「は、はい……」と言って。つかつかと歩み入る艦長――。
「次の地域の探査だが……」
いきなり要件を切り出す。班長の様子も気にかけることもなく。
班長は疲れてんだよ、仕事だって大変なんだよ。怒りが胸の裡に涌く。
――少しは労われよ。
しかも、こんな時間。生活班は朝早いんだぞ……。
 ひとしきり顔を寄せ合って話し合ったあと。いつもなら、そのまま去って
いくのに。
 声が低くなった。
「ユキ……」艦長が何か言ったようだったが、聞こえなかった。
「艦長……」
班長の声が小さく聞こえたが、そのまま。静かになった……。

 恐る恐るかすかに見える隣部屋を見ると。
艦長の腕の中に抱き込まれている班長の姿――。
「ユキ……済まん……島に言われるまで。俺も考え違いをしていたのかも
しれない」
「艦長……」
「いつものようで、良いよ……名前で呼んでくれ」
「古代、くん?」
「あぁ」
また吐息が聞こえて、静かになると……あとは何をしているのかは見なく
てもわかった。
だがつい目が行ってしまうのは、仕方がないこと。

 艦長と、生活班長でいよう。第二の地球を探すまでは。
 この艦に乗り、代理ではない「艦長」という重責を引き受けた時に互い
に誓った言葉――。
だがしかし。
ユキがいつも支えていてくれたから、俺は艦長代理すら務まった。
あいつらも、そんな俺たちだから応援してくれた。
心を閉ざしても――艦長という役職に、自分を閉ざしても。俺は一人では
何もできないんだ――。島がいて、真田さんがいて。太田や南部や、相原
や山崎さんや……皆が居て。誰よりもユキ……君がいてくれて初めて、俺
は艦長であることができる。
古代進のままでいろ――島が怒るのも無理はない。
…君に、どれだけ辛い想いをさせたか。こんな俺だが、許してくれるか?
 旅が終わって――許せなかったら去られてしまっても仕方ない――だが
この旅の間は。俺たちが背負った使命と、ヤマトを預かった責任と――こ
の旅の間は。俺を支えてくれ――。ヤマト艦長の俺だけじゃなく。その任
務を背負ってしまった、古代進という、情けなくて、君がいなければ何も
できない男のためにだ。
 古代くん……私の、貴方。
 ゆるりと桜色の唇が近づいて、その男の唇を塞ぐ。
またそれを抱き返して、頬を寄せ、愛する相手を深く、求める。
長い長い――孤独と辛さを今だけは忘れられる、恋人同士の、キス。

 しっかり班長を抱きしめたままの艦長は、あたりに人がいるなど思って
もいないのだろう、熱い口付けを繰り返し…抱き合ったまま……。
出るに出られない……。
なんだ。…あの二人、恋人同士だったのか?

 ショックと、混乱で。
デスクにめり込んでいると突然、扉が開かれて、艦長が立っていた。
びくっとして、俺は。
「土門――覗きは勘弁してやる」
(か、艦長…気づいてたんですか!)
気づいてたくせに、だ、大胆…。−−考えれば、歴戦の戦士が、部屋に
潜む人の気配に気づかないはずがない…いくら。何かに夢中だったとは
いえ。
 古代にしてみれば。もちろん気づいたのは途中からだ。土門だろうと
予測もつく。だから−−けん制の意味もある。…ユキは俺の女だ、手を
出すなよ、と。
ユキが気づかなかったのは。

「――ユキは二日間、休みだからな。後頼むぞ」と古代艦長が言った。
え、と思わず目の前の人を見上げて。
「熱があるんだ――過労だろう。部屋に連れていって休ませるから。
お前、二日間生活班長代行しろ」
え……と目が点。
疲れているとは思っていた。でも、過労?
 艦長はそのまま、「大丈夫です」と恥ずかしがる班長を
「無理するな」と優しく言うと抱き抱えて、医務室の方へ連れていった。
「土門――邪魔するなよ」
とウインクまで残してくれて。
 …あの続きするつもりかなぁ、艦長。
――と思ってしまったのは、健全な青少年だから許してください。


 疲れた時にね、土門くん。塩つぶも良いけど、砂糖を1個、齧るの。
 頭がすっきりするわよ、やってみて。

 生活班長の机の上のティーシュガーは、二人の家の習慣だったのだそ
うだ。仕事場の机の上に。疲れた時に、それでも仕事が山積している時
に。砂糖を齧ってそれを乗り切る――。
 医務室で休んでいる森班長のところに、夜になると艦長がついている
のを僕は知っている。
二人がどんな話をしていたのか――それとも、話よりも……×××…な
のか。知らない。
だけれど三日目に「土門くん、迷惑かけたわね」と“出勤”してきた班
長の笑顔は。
これまで、僕が見たこともないくらい、きれいだった。――

 『艦長…古代くんってね』と班長は言った。
『お酒も強いけど、本当は、甘党なのよ』
ニッコリ笑ってウィンクしたその顔は、何故か艦長にそっくりで。

 土門竜介。決定的失恋。

 ヤマトは現在、バーナード星へ向け航行中だ。


−−A.D.2203年
【End】
綾乃
30 Apr,2006
 
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