飛行機雲


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【飛行機雲】

−−A.D.2207年頃、パラレル・A
パラレル・ワールドの加藤&佐々(2)

(1)

 「あ〜っ。地球に帰るとホッとするよなぁ」
あまり広くはない庭にトンと下りて、のびっと両手を思い切り伸ばして加藤三郎
は言った。
「貴方でもそんなこと言うの」
日光を浴びて、サンルームから庭へ下りられるようになっている一角で、鉢の一
つから小さく芽吹いたものの脇からゴミを取り除きながら佐々葉子は言った。
――忙しい合間を縫って、庭いじりも嫌いではない彼女は、植樹された樹木の
ほかちょこちょこと小さな花壇を庭に囲っている。それがアトランダムなので雑
然と見えないでもないのが欠点だが。
「うん? そりゃそーだわ。いくら空飛ぶの好きだっていってもな、地球の大地
を踏みしめ、青空を仰ぐってのぁまた格別じゃないか?」
と振り返り、自身がまるでその後ろに照っている太陽そのもののような、その男
は言った。
まぶしーな、と彼女は思う。――いつでもそうだった。
どこにいても、この笑顔が翳ることはない…たとえどんな戦場でも。いつでも。
ふとそれが消えうせたように思ってまばたきをすると、そんな脈絡のない思いを
振り払って見返す。
「…でも」とん、と隣に座って妻の頬にさりげなくキスなどくれながら。
「飛び頃の、空だな……」
くす、とその手の中にいる彼女は笑い、
「まったくもう――飛行機バカなんだから」と言った。
「お前ぇも飛びたくならねー? こんな空見てると」
「飛行機雲が似合いそうね」
「――よし」すっと立ち上がって。
 その部屋の中へ入っていってしまった後姿を見送りながら、
(まったくもう)と葉子は思う。昨日帰ってきたばっかりでしょっ! 帰った途端
にまた飛びたいって!! 本当に、バカなんだから。
 とはいえ。
仕事で毎日のように地上から飛んでいるとはいえ――戦艦乗りにはこの地球
の大気はまた特別なのかもしれなくって。
自分が、置いてきたあの宇宙そらに憧れるのと同じ。
星の瞬く真空の空間で飛ぶことに、憧れるのと、常に宇宙そこにいる者たち
が、地球の大空に憧れるのと――。
 「許可、どうすんのよ」中尉殿がそう言うと、
「いつもの方法で基地のおっさんに頼む」
と偉いくせにきかん坊のような大尉殿がそう返した。
ふぅ。ため息。

 「パパ? どっかお出かけ?」
だいぶ口が達者になった息子は、陽の当たるリビングで機嫌よく遊んでいた
が、父親が出かける様子を見せると、不安そうに口をゆがめた。
せっかくパパ、帰ってきたのに。一緒に遊んでくれないのかなー。
「てつおも行く?」
母親が来て抱き上げながらそう言った。
「どこか行くの?」
「うん――パパはね、休みの日もお仕事したいんだってさー。ヘンなパパでしゅ
ねー」と鼻の頭をつん、としながら言う。
「ちょっと待ってね、弥生ちゃん来れないか聞いてみるから」
「急にか?」
「うん…空いてれば。無理なら宮地さんとこか基地の臨時かなぁ…」
せっかくだから。私も一緒に。
 「そう…ごめんね急に。えっとね、基地に11時15分頃。Aゲートから入って
――認識番号が…ちょっとまってね」ぱこぱことデータにアクセス。
「・・ZQ・6321。5時間パスにしてもらったから――たぶん3時間くらいの予定だ
けれど。うん、お願いね」
ベビーシッターのお姉さんを頼むと、基地へ直接来てもらうことにして。
「さ。哲郎、お出かけのご用意しましょうね」と言った。
 「おう、早くしろよ」
「そんなすぐにできませんよー」
いーっだ、をして葉子は言うが、軍人のこと、その所作は素早い。
 まったく、勝手なんだから。
 せっかくー、久しぶりの休みだから。官舎(いえ)でゆっくりして。夕方から
美味しいものでも食べに行こうと思ったんだけどな。

 加藤三郎大尉。現在、宇宙戦艦ヤマト戦闘機隊長。今回は少し長距離と
なった土星の基地タイタンを経由して、土星〜天王星までの警備と新人訓練
航海を終え、昨日帰還した。
その妻・葉子は地上勤務の起動部隊にいる。同じく艦載機隊の、女性ながら
エースの1人として活躍中だ。ヤマトの元同僚――上官だった加藤三郎と
結婚し2202年、ヤマトを降りた。以降、月や地上の勤務を続けて翌2203年、
一子・哲郎てつお誕生。地上と艦に別れてはいるが同じ道を歩み続け現在がある。

 昨日、ヤマトが帰還し、迎えに行った佐々は懐かしい人たちに逢った。
「元気そうだな――」
艦長古代進も、もはや同艦を預かる身としてベテランの域に入る。
独身――古代の方が早く結婚するかと思っていたのに。熱愛の恋人は今は
どうしているのか。島や南部は付き合いがあるようだが、古代と近しい加藤と
いる限り、その消息は知れないだろうし、なんとなく遠のいて今がある。
研ぎ澄まされた表情と、穏やかな瞳が印象的な艦長――。
「古代。家にも遊びに来てくれ――ヤマトが帰ると懐かしいよ」
そう言う佐々に、「ありがとう」と笑って。
「哲郎くんも大きくなったな」と笑う様は、昔ながらの優しい古代だった。


 帰ってきた夜は、久しぶりの熱い腕に包まれて――。

 う〜ん。熱愛してくれるのはうれしいけど。
いつも元気だよなー、と彼女は思う。
 
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