>YAMATO'−Shingetsu World:KY題100(KY・No.94)より



butterfly clip 雨の朝…


・・まな板の(上の)鯉・・



chapter-15 (91) (90) (88) (94) (49) (68)




「古代進と森雪百題-No.94・まな板の鯉」より


【まな板の (上の)鯉】


bluemoon clip





 雨が、降っていた。
 微かに聞こえる音は、遠くで鳴る何かの音にも似ている。あぁあれはいつも途切れることの ないふねの進む音だ、真空の宇宙のど真ん中で生きている血液の流れる音だ。
……そんな風に記憶の微かな底から引き上げられると、その音はさぁぁっという微かな大気 の音になり、雨の音だと知った。
 ぱらぱらと屋根に当たるというのではない。微かな(きっと)糸のような雨がさぁっと降 りすぎていく――そんな雨なのだろう。
(あぁ、ここは地上だった――)
加藤四郎がそんな風に思うのも、そんな時だった。


 セットしておいたアラームの音よりきっちり20分。早く起きてしまうのももはや習慣の ようなものだ。必要がある時は時計無しでも起きられる。それは四郎自身も――傍ら、でこ ろんと背を向けて丸く眠っている女性ひともそうで。
そうして一方が目覚めれば他方も目が覚めてしまうのもまた、いつものことだった。
 (起こしてしまったか、な?)
済まないな――もう少し寝かせておいてあげたかった。あと、10分――そう思いながらも、 うとうととしている風のその人が愛しくて、その背から手を伸ばし体を抱き包む。
 うん……と身じろぎするのは安心している所為で、そうでなければ動いた気配だけでも敏 感に目覚めてしまうのは習性とでもいうようなもの。ようやく慣れた。――自分が横で眠っ ていることに。ようやく体の緊張を解いて、腕の中でまどろむようになったのも最近。


star icon


 本能に負けて――というよりもほとんど無意識に。するりと手を伸ばしてそのきれいな脚 の表面を撫でた。うん…とため息のような声が漏れて同じ姿勢のまま首だけが振り向き
「あにすんのよ…」と小さく叱られる。
にこりと笑み崩れた自分がわかり、それには構わず「おはよ」と言って首筋に唇を寄せる。 ――こんな朝がとても幸せな気がして。
 するりと滑る肌はとてもなめらかできめが細かい。体の表面に傷はたくさんあったけれど、 手足は案外にきれいで、鍛え上げられたしなやかな筋肉とそれを覆う薄い皮膚は、男のもの とは当然、まったく異なって吸い付くように気持ちがよかった。
 さらりとした触感。
 朝になれば汗ばんで目覚める自分とは異なり、さらりとした肌は触れても触れても飽きな いほどに気持ちがよかった。
 んっ――ん、やっ。
 意識したわけではなかったが、まだ自分も眠かったのかもしれない。後ろから抱きかかえ たままするすると寝巻き代わりにいつも着ているキャミソールの内側を撫でていたらしい。
しばらく腕のなかで身じろぎしていたが、
「ん、もうっ」 と小さな声がするとくるりと向き直り、こんどは本当に怒った顔で見上げられた。


 紅潮した頬。
 潤んだ目――。
昨夜の残滓が体の底からわき上がって、それもバレてるんだろうなと思う。
「――今日は」そう言って言葉を止めて、それでも悔しそうに今にも泣きそうだった。あれ? 「――出張だから、早く起きるんだったのにっ」
語尾に力がなくて、その表情ととてもアンバランスだった。
あぁ、そうか……。
「あんまり朝から……スケベなことするんじゃないっ!」
言葉とは裏腹に、ぴったりとついた肌は離れようとしているわけではなくて、どうしてほし いのかはわかるような気がした。
 「では、ご期待に応えまして…」うふふと包みこむと、
「――そういうんじゃ、ないっ。莫迦四郎っ!!」
叩き返される代わりに、少し体を竦ませた。


 くるりと抱き取ってまたするすると肌を撫でる。もうちょっとちゃんと ・・・・した方がいいかな? とかなんとか言い、胸を手のひらで包み、 さらにキスする。
 んっ。あん――やだ。あっふ。
 乾いてさらりとした肌が、少し汗ばんでくる。反応が顕著でかわいいのだ。いいなぁ、し みじみ。とかふとどきなことを考えながら進めていくと、腕の中でしどけなく溶けた。
「やだっ。もう――そんなことするな……と――あんっ」
「すると?」
「莫迦っ」
真っ赤な顔をして首を逸らそうとするので、そうさせるわけもなかった。手の中に入ってし まうような小柄な彼女は、そんな時とても扱いやすい。――ただし、壊さないようにしない といけないけどね。


 まな板の上の鯉、という言葉があるけど。いまの彼女は、僕にとってそんな感じだった。
 自分でも言ってたっけ――「あたしは料理されるのなんか、嫌いだっ。だいたい、卑怯だ ぞっ」――何が卑怯かって、それは“経験値”のことを言っているらしかった。
そんなの俺に言われたって困るし。――前のBFたちに言いたまえよ、ね? と言ってにっ こり笑うと、とってもとっても悔しそうな顔をして、それでも次の瞬間には僕の腕に包まれ てその中で嬌声を上げる。そのギャップが魅力なんだ、と……これは誰にでも自慢したいけ れども誰にも言えないのが辛い。――そんなこと言ったらどうなると、思う? な。
 まぁいい。
 それを知っているのは自分だけだ――こうやって、キスして。唇で、舌で、そうして指や 手で人を愛す。自分はずっとそうしてきたし、これからも……ってきっと。2人が共に生き ている限り、いまこれから俺がそうする相手はこのひとだけだろう――と、 心の中でそっと誓って。そんなことは知られたくないし、知らせるつもりもなかった。


 あっ。んっんっんっ。――ぅんっ。
 葉子さん――ようこ、さん……ようこ。
 あんっ。四郎――あっあっ。んっ。



 こうしていると生命、というのの感触を具体的に感じるといったらオーバーだろうか?
  いやけっしてそうじゃない。彼女だってそうだ。だから俺たちは肉体を交わすのが好きなの だろう。そうやって生きていることを確かめたいのだ。


star icon


 雨の音が少し強くなった。
 宙港まで、送っていってあげようかな。――そうすればその分、少し余分にこうしていら れる。明日からまたしばらく会えない。南支部へ短い出張の彼女と、 島さんのふねへ呼ばれている俺。 でもまたそれぞれに頑張って来月にはあの艦ヤマトへ還るのだ。 ――懐かしいひと、熱い仲間。そうして愛しいこの ひととともに。


 西暦2203年。地球は現在いま、平和の中にある。 ――それは束の間だったが、加藤四郎は佐々葉子とともに、その最前線にあった。 太陽観光船の事故が伝えられるまで、僅かな時が残されているに過ぎなかった。


【Fin】


ougi clip

綾乃
――25 Jun, 2010




←新月の館・扉  ↑KY100・index  ↓感想を送る  →第4回ブックフェア会場へ

Heavens's_linkbanner

背景画像 by「十五夜」様

copy right © written by Ayano FUJIWARA/neumond,2010. (c)All rights reserved.
inserted by FC2 system