air icon 沈黙は罪!? −silent message−



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【沈黙は罪!? −silent message−】

−−A.D. 2215年・惑星ガニメデ
:二字No.32「沈黙」
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= 1 疑惑 =

 「ねぇ。僕のお父さんて、ヤクザなの?」
ある日突然、息子が真剣な顔をして横に座り、見上げて言った。
「――え? どうして?」何か言われたのかな?
「……お家にいないし。……それに。それにね」
もごもごと、言いにくそうに口ごもった。
「ねぇ、僕ね。誰に何を言われても平気だよ。――お母さん、僕が守ってあげる
からね」
そうだけ言うと頬にちゅ、とキスを呉れ(そういう処は父親そっくりだ)、ぱたぱた
と自分の部屋へ走っていってしまった。
――あらあら。また学校で妙な知識を仕入れてきたらしいわ。
くすりと芽衣――吉岡芽衣よしおか めいは笑った。
 お父さん、ねぇ。
棚のフォトフレームを取り上げると、そこに飾られた写真を見て芽衣は微笑んだ。

 制服を着けた恋人――何故かパイロットのくせに、呉れた写真は、野戦服を
着て弾丸とベルトを肩から提げ、サーベルを掲げているもの。目つきが良いわけ
ではないので、ヤクザに見ようと思えば見えなくはないが…。
もう1枚は、悠宇ゆうが3歳になった時、3人で一緒に撮った唯一の“家族写真”
で、こちらはふわりとしたモスグリーンのセーターで微笑んでいて、隣の自分と
まだあどけない悠宇とのほのぼのした写真である。
――こういうの飾っとくの、イヤがるだろうな。
そう思っていたのだが、前に訪ねて来た時、へぇ、という顔をしてみせただけで
面白がったので、そのままにしてある。――そうよね。
次はいったいいつ来るのかしらね。
 ふぅ、と軽くため息。

 コンコン。
ノックの音がして、「悠宇ゆう? 入るわよ」という柔らかい母親の 声が聞こえ、クッ
キーの良い匂いと温かい香りが部屋に流れ込んできた。
「おやつにしましょ。宿題やってるの?」
机の前に座っていた息子は、慌ててパタン、と見ていたPC画面を閉じた。
 あら。また何か妙な小説でも読んでたの。
「わぁっ。オレンジクッキーだっ」
「そうよ。大好物でしょ? ちょっとお昼間時間があったからね、作ったのよ」

 母さんはお菓子作りが上手だ。仕事はパートで、時々出かけて行く程度。でも
近所のマーケットの店員、とかじゃなくて基地のアルバイト。だけど何をやっ
ているのかは知らない――僕らこの町の子どもたちは、当たり前みたいに躾け
られるんだ。軍の中って秘密とか機密とか多いよね? もちろんパートだから毎
日じゃないし、僕の帰ってくる時間は普通は家にいる。時々、泊まり込み出張、
なんてこともあるけど(そういう時はガードを兼ねたハウスキーパーさんが来てく
れる)、普段は家にいる。
 だから、母さんて“主婦”なのかな、とも思ったんだけど。
仲間や、さいきん知り合った物知りの先輩の話だと、そうじゃないんだっていう。
住まいもこのガニメデではそこそこ悪くない建物だし、住んでる地域もそう。
それに、お金もそんなに無いわけじゃないみたい――普通の家と違うことは、僕
んちには父さんが居ない。死んだとかならまだ様になるんだけど、時々フラりと
やってくる男の人が、僕の父さんらしい。
 「らしい」っていうのは――証拠、ないもん。
でもね、最近は母さんがよく“似てきた”っていうんだよ。
それって、けっこうイヤだな。あの人が父さんなら、何故、こんなに母さんや僕を
放っておくんだろう。母さんは「特殊なお仕事だからね」って言うけど、そもそも
ここは母さんの家。そこに時々やってくる人――っていうだけだ。
 もちろん、父親が宇宙関係の仕事をしていて留守がちだって家はこの惑星ほし
は多い。だけど、普通は結婚していたり、きちんと認められた恋人とか同居人
同士だって。
うちは――「お父さんだよ」と言われて、この人がそうなのか、と思っただけで。
いつだっていないし、時々フラりと現れては母さんを獲られるような気がして。
可愛がってはくれるけど……本当にそうなの? って感じだ。
小さい頃の記憶だって、ほとんど無いし――。
 だから。
なぁに? と母さんの目が自分を見ている。とっても安心する目だ。
母さん――なのに、もしかしてとっても“フグウ”な目に遭ってるの?
「あのね……あのね。お母さんて、“アイジン”さんなんでしょ。――僕ね。今の
セイカツって好きだけど。お母さんが我慢してそうしてるんなら、要らない。
2人でちゃんとジカツして暮らそうよっ」
一気に言った。そうだっ、大変かもしれないけど、ヤクザのアイジンよりずっと
いいやっ。
母は一瞬大きく目を瞠ると、泣くかと思ったのに、次の瞬間。――爆笑した。
 傷ついたじゃないか……。
「か、母さん、ひどいっ」
 まったくこの子は。今度はどこの星間テレビの番組見たのかしら? メロドラ
マかサスペンスね、きっと。
小さい頃から本や物語が好きで、テレビも音楽も大好き。元気でやんちゃなの
で、その書物好きが勉強の方には行かなかったらしく成績は“そこそこ”という
ところだ。が、物語やドラマの影響を受けやすいのはどうしたことだろう。
相当なロマンチストだったりもする。
――オトコノコ、なんだけどね?

 地球の危機に無くてはならないといわれる伝説の戦闘員の父と。これでも若
い頃はガニメデの戦乙女といわれた戦闘機乗りの母=私との間に生まれたに
しては、平和だわ。
 と、芽衣は思う。
仕方ないか。そんな話をしてやったこともないし、お父さんの仕事についても、
自分がやってきたことについても、話したこともない。子どもに妙なコンプレッ
クスもプライドも持たせたくなかったこともあるし――どうあっても。
 私は、あきらさんの足枷にはなりたくなかったのよ――。
 ヤマトの元乗組員が、子どもたちにどれだけ伝説の英雄かは知っている。
特に此処は基地の町だ。だが幸いにして、古代進艦隊司令や月基地の加藤
四郎総司令、亡くなられた沖田艦長や島副長――というような有名人以外は、
ほとんど名は知られていない。
だからこんなに身近にその“英雄”の1人がいても、気づかれることもない。
そして自分もそのヤマトの遺族――ひいては息子・悠宇も、それに連なる者。

 つなぎとめようとすれば、去ってしまうだろう――。
それが不安でないといえば嘘になる。
寄りかかられることを嫌い、拘束されるくらいなら冷酷と言われても甘んじてし
まう。
ひとところに落ち着くことなどできない、宇宙の放浪者。――それがあの人
だったし、その生き方は、真似できないまでも憧れでもある。
 そして。
 そんな彼を、愛しているわ――。

 「あのね、悠宇」「なぁに、母さん」
僕は真剣に母親を見返した。
「お父さん――暁さんはね。ヤクザでもなければ、お母さんはお父さんにお手
当ていただいてセイカツしているわけでもないのよ?」
「ほんと?」今度は僕が目を丸くする番だった。
 「そのうち、ゆっくり話してあげるわ。お父さんとお母さんの関係を説明する
のは難しいけれど――確かなのはね。お父さんは貴方のお父さんだし。お母
さんは貴方のお母さんでしょ? だから何も不安に思うことなんか、ないのよ」
「じゃ、じゃぁ――何故いつもいないの? ここはお母さんの家なんでしょ?」
「――いいえ。お母さんと貴方の家。そしてね、貴方が生まれた時、お父さん
がプレゼントしてくれたものよ」「お父さん、お金持ちなの?」
「さぁねぇ――」急にきょとんとした顔になって芽衣は小首をかしげた。
そういえば、どうなんだろう? 普通の士官よりは相当に収入は多いだろうと
想像できた。幾度ものヤマトでの戦い、そしていくつかの戦功に実績があり、
階級章も……実はよくは知らないけど。たしか佐官待遇のはず。
……そうね。もしかしたらお金持ちかも、ね。――よく考えたら、そういうの何も
知らない芽衣である――興味もなかった。さすがに少し暢気すぎるかしら、ね?
 仕事は(パートとはいえ)あるし、
自分の年金もある。12年間、軍に奉職し階級付き戦闘員だっただけに、退官し
ても生活に困るわけではない。現在のパートは少しの余裕と、悠宇の将来の
為の貯蓄だ。それに、あまり現場を離れると忘れるし、新しいものに乗り遅れ
てしまうのは悔しいから続けている。もう若くはないし。
 たとえパートとはいえ、ここは最前線の基地なのだ。
――少しでも宮本と繋がっていたいのかもしれない、というのは思いつかない
芽衣である。



 
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