navigatorアイコン 祈りを込めて―永遠えいえんに…

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 通信室を通りかかると、微かに漏れる明かりが見えた。
(あいつ、また…)
第二艦橋での仕事を終え、艦内見回りに向かう道すがら。航海班の一部門と位置
づけられ、実質は艦長の直属であるとはいえ部下である相原義一は、任務中もプ
ライヴェートも問わず通信機やPC、ネットワークに張り付いているのが常だ。
癖なのか、ドアをきちんと閉じないことが多く、機密を扱う部署だけに注意しろ
とあれほど言っておいたのに。
 完璧主義とも見える同期の部下の妙な癖に少々苦笑しながら、島大介は通路を
舷側に沿った通路から逸れてそちらへ足を踏み出した。
 軽く扉に拳を当てる。
「相原――仕事中か?」
一瞬の間があって顔を上げた相原の目が自分に焦点を結ぶのにコンマ以下数秒の
遅れがあった。よほど集中していたのだろう…でなければ、非戦闘員とはいえ歴
戦の彼がそんな油断をするはずもない。

「あ……あぁ。島さん…当直ですか」
「――終わった処だ。新人どもの様子見にな」
あぁ、そうですね。と彼は一息吐くとインカムを外した。
 実直だがオープンマインドな太田副長などに比べて扱いやすい相手とは言いづ
らかった。同期だし学生時代から専門上の付き合いもある。だから比較的スムー
ズに仕事がやれてきただけだ。タイプが似ているのかなと思うこともあるが、メ
カに没頭している時の彼は、時折非人間的になることすらあり、直属の上司であ
る自分にも、あからさまに邪魔をするなというような表情を見せることがある。

――白色彗星戦の時の確執は、自分にも責任はあったとはいえ、あまり思い出し
たいようなものでもなかった。だがそういった性質を本人は意識しているわけで
はなく、普段はむしろ気の弱さを表に見せるようなシーンすらあるのだが。不要
な処は切り捨ててしまえる淡白さも、また、相原義一のけっして表には出してこ
ない出自も影響しているのかもしれなかった。それを知っているのは自分と、生
活班長である森ユキだけだった。古代は恐らく……未だに知らないかもしれない。
彼の遺伝子に組み込まれた、ある種の特殊因子は。


 大介がそう考えるようになったのも、あの戦いでの出会いが無縁ではない。特
殊な生まれと運命を生まれながらに背負わされた女性おんなと出会い、愛して…別れた。
たった3日の――だが自分を変えてしまったほどの。
 自らの生まれ。ごく普通の、それよりは少し恵まれた家庭に育ち、何不自由の
無いとはいわぬまでも、幸せで穏やかな家族の中、少年期を過ごした大介である。
仕事では成功を収め、尊敬できる父と、愛情深く面倒見のよい母。そして学齢期
になってから新しく登場した年齢の離れた弟。……中流家庭の典型ともいえる自
分の世界が、あの遊星爆弾によって価値観ごと疑わなければならない事態を迎え
た時、自分の選んだ道で出会った多くの人や場面、図らずも優秀であったがため
に、また偶然生き残ってしまったがために見聞きしてしまった多くの事柄を、島
大介は反芻しないわけにはいかなかった。
 わずか18で投入された特殊プロジェクト。その後の変転はあったとはいえ、地
球の、ある意味で生存と未来そのものすら託されたかと思えば、まるで同じ絶対
値を持ったまま反転させたようなあの1年と、それに続く凄惨な戦い。選んでき
たと思っていた人生が、選ばされていたのかもしれないと気づいた時――。
そうして、訓練学校時代から出会って来た仲間たちの間にも、そして結果として
仲間にはならなかった者たちの間においても、様々な事情を抱えたヒトたちが生
きまた生かされていたことを、現在の島大介は知っている。

 だからといって、あのまま何も知らずにいればよかったかと問われれば…そう
とは考えられない自分がいた。何事も。知っておきたいというのは自分の中に案
外根強くある強い性質のようなもの。
そういった意味でも、真田と案外に気が合い、相原と反発するのは、同質のもの
を彼らもまた持っているからなのかもしれない。
 古代進も好奇心の強い男だが、彼の向けるその方向性は、自分たちとは少し異
なるように感じている。実践的で、感情的で、しかも熱く、そしてその直感は正
しい。
自らの生き様や使命感に照らして、常に問いかけ続けながら、考え、迷い、だが
ひたすら前を向いて不屈の精神で歩いて行く。それは、自分たちの分析や知的探
求への欲求とは異なる気がする。いうなれば愛とか、幸せとか。そういう(気恥
ずかしくはあるが)単語で表現されるようなもの、と思えばよいのだろうかと。

 相原義一は、遺伝子への特殊因子の関与があった特別実験体であった。島がそ
れを知ったのはひょんなことからだが、もちろん相原本人がそれを知ったのも、
ヤマトに選ばれて後のことであったはずだ。だからあまりにも年の離れている彼
の両親のうち、どちらかの遺伝的要素は持ち合わせていない。また、母親の年齢
的なものもあり、人工ポッドでの出産という意味では、超軍事機密に属する。何
故そのようなことが可能だったかは推測の域を出ないが、さすがに生死を共にし
て来、現在は友人であり“仲間”であることを優先する程度には、島大介にもヒ
トとしての常識や情もある。

 その相原が、幾度か命を救われた経緯からか、それとも学生時代からそうだっ
たのか、古代を同期で仲間という以上に強い感情でもって慕っていることは仲間
うちでも周知だったし、ある程度外にも知られていた。専門の特殊性もあり、ヤ
マト以外にも組む機会が多いという理由もあったかもしれない。だから古代と相
原というのは、ブリッジクルーの中でもかなり特殊な関係性を持っているのだ。
 それだけに、咄嗟に古代を抱え込んでしまった相原の行動や、それに続く苦悩
は想像するに如くはなかった。


 「何かわかったか?」
大介は入れと勧めてきた相原の言葉のままに部屋の入り口に置いてあった背もた
れなしの椅子に腰掛け、手で指し示されたディスプレイを覗き込んだ。
「――不思議な電波を発しています。ずっと調べていたのですが、これまで遭遇
したことのないものですね。もっと地上の資料がほしいところなんですが」
 地下へ参集したというパルチザンと連絡を取るのは、そろそろ危険がすぎた。
少なくとも、通信をかく乱する方法がわからない限りは、一度の通信が長官たち
の壊滅を招いてしまう可能性がある。
だから通信は受信一方で、こちらからの送信はできない。
 「あぁ…くそっ。悔しいなぁ、暗黒星団の向こうの状態はよくわからないん
ですよ。微弱な電波を解析してますが、たいした成果は得られてませんしね…」
「そうか」島は頷くと、口調を変えて相原に言った。「…なぁ、相原」
無表情な目が見つめ返す。
「あまり、根詰めるなよ……焦っても仕方あるまい」
島の口調は柔らかく、相原ははっとした表情を表した。
「あ…えぇ」
胸中を押し隠し、言葉少なにうつむく。
島が何を言いたいのか――わかっているのだろう、きっと。
 (お前の所為ではない……相原。古代を引き止めたお前は間違っていない)
そのままじっと2人は動かなかった。
だが島は静かに言葉を吐いた。
「――選んだのは、古代だ」
え、と相原の肩が動く。相原の判断は正しかった。
古代は感情的になっていただけだ。だから先に目覚めた時、ユキを救いに高速艇
を戻しはしなかった。あいつも頭ではわかっているのだ、こうするしかなかった。
ほかに、どうしようもなかったのだから。

 相原にはまだ言いたいことがあったのかもしれなかったが、彼はうつむいたま
ま頷くと、「心配しなくても、大丈夫ですよ。俺は」そう言った。
あぁそうだなと島も答える。邪魔したな、と通路に滑り出ながらそう言った。

 (古代――がんばれ。皆が、心配している。だが俺たちは、振り返ることは許
されないんだ――信じるしか、ないんだから)

 寝静まる居住区へ踏み込みながら、島大介は隣の部屋にある親友を思う。
その瞳は閉じているかもしれないが、深い眠りが訪れているのかどうか。
彼はほう、とため息をつくと、ふたたび通路を歩き始めた。

 
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