navigatorアイコン 祈りを込めて―永遠えいえんに…

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= 8 =

 大爆発の後――目の前に不気味な骨組みを見せる、暗黒星団帝国の本体の姿
があった。
(澪――死んだ、のか?)
次の瞬間、パネルに暗黒星団帝国内部が写った。
「澪っ!!」「サーシャ……」
第一艦橋の、様々な驚愕の中、比較的冷静だったのは真田さんと、俺――そし
て、古代。
だが、内心どうだったか、ということとは無関係に。

 『叔父さま、早くっ――』
波動砲の準備が進められていく中、島大介は何も考えないように努力して、自分
の成すべきことを成そうと決めていた。
(俺は、ずるいのかもしれない――)
決心を――辛い判断を、他人ひとに委ねようとしている。
 その引き金を引くかどうかを。古代に――艦長代理で、山南さん亡きあと再び
このヤマトの頂点に立たざるを得なくなったお前に。
その状況を受け容れるかどうかを。真田さんに――澪の義父ちちであり、愛情を
かけてきた娘を、犠牲にするかもしれない運命を。
その両手もろてに委ね、俺は。
 「古代っ、もう、時間がないぞ」
情け容赦もなく、俺は振り返って古代に告げた。
『北極の扉を開けます――中心線を、全力で走ってください、一直線に。ヤマ
トなら、抜けられます』
ヤマトの機能、波動砲の威力、そして現在潜入している暗黒星団帝国のコントロ
ールルームの能力――恐らく澪は、正確に把握しているに違いない。その意味で
は、彼女は十分にヤマト戦士で、第一艦橋スタッフで、真田さんの義娘むすめだっ
たろう。
 古代の…必死の想いが緊迫した所作から零れた。
 誰にわからなくとも俺たちには、わかる――古代。耐えろ、古代。
「サーシャ……」
堪えきれずにつぶやく声すら、その唇から漏れたが、手指は遺漏なく波動砲を撃
つ手順を進めていく。痛ましげに見守る相原、そして対照的に表情を押し隠して
テキパキと補佐を務める南部。
 「セーフティロック、解除。――波動エネルギーへの閉鎖弁オープン!」
「エネルギー充填……60、70、80…」山崎機関長さんの声が静かに艦橋に響く。
「対ショック、対閃光、防御――波動エネルギー・ゲージ、明度20…」
そうして、古代は構えたまま……固まった。
『おじさま、早くっ!』

 その時、艦橋を震わすような声が響いた。

 「古代、どけっ! 俺が撃つ!!」

 操舵の軸線がブレてはいけない。大気の流れのキツい細い楕円の中で、中心線
がブレないように、しかも全速力で航行するヤマトを制御するのは、実際は至難
のワザなのである。
余裕があったわけではない。もちろん、自動操縦などあり得ない。
古代が発射した波動砲から回復するタイミングを見計らって、波動エネルギーを
ヤマトの航行エネルギーに戻さなければならない。そのタイミングと受け渡しは
俺と、山崎さんの連携プレーにかかっており、それがヤマトの生死を分かつのだ。
 だから。
余裕があるわけはなかった――が。

 一瞬、すべての時が止まったように思った。

 (真田さん――)
古代以外に、サーシャを犠牲にして相手を叩く、といえる資格があるのは、この
ひとだけだったろう。だから敢えて――真田さんは。彼は、その辛い役目を引
き受けたのだ。
古代が――それを出来ないことを見越して。
……なんてことだ。
 地球が、その運命が、三度みたびわずかな人間たちの肩と、その感情の動きに
かかっていた。サーシャの自己犠牲と、真田さんの苦悩。そして古代の迷いと…。
 俺たちには何を言う資格もなく、ただ焦りながら、刻一刻と過ぎゆく時を待って
いるのみ。

 古代は波動砲の発射ガンを構えたまま滂沱の涙にくれ、真田さんが近づいて肩
を叩いた時、まるで子どもがおもちゃを取り上げられるとでもいうように、いや
いやをして伏してしまった。――艦長代理で、戦闘班長……そして今のお前に
は地球人の運命がかかっている。
 だが、そんなことすら、皆。どうでもよかった。
 古代進という男は、そういうヤツだと――だから、俺たちは此処にいるのだ。
真田さんが少し困ったような顔をして、言った。
「…古代。お前は、いいやつだよ」
ほかに、どう言いようがあっただろう。
 あとで思い返せば、わずか数十秒のことだった。
再びパネルが点り、『叔父様っ! 早くっ!! ――きゃぁぁっ』
サーシャの姿が写ったと思った矢先、銃弾が彼女の体を貫いた。
 「澪っ!!」「サーシャぁっ!」
叫んだのは真田さんと古代だったろうか。

 古代は意を決したように波動砲を構え直し、それを発した。
 ヤマトは全力で暗黒星団帝国の本体を抜け、その爆発から抜け出すことに成功
した。

――サーシャは聖総統との戦いで絶命していたのか? まだ助かる命だったのか。
それはわからない……わからなくて良いと思う。
 いずれにせよ、われわれに出来たのはあれだけだったし、古代にしても……ど
ちらにせよ、後悔が残る選択だったのだろうから。

 実行してからの古代は、泣かなかった。
 唇をぐいと引き締めたまま、ただ任務を遂行した――背だけを向けている真
田さんの表情はわからない。
そして、山崎さんにとってもまた…そうなのだと思い至ったのは――艦橋にヤツ
が飛び込んできた後のことだった。


 加藤四郎は、いつでも出撃可能なように、格納庫で隊員たちに待機を命じた。
いま、コスモタイガーができることは何もないとわかっていても、敵本星への攻
撃や、澪の救出、その他、上陸作戦が行なわれるかもしれなかったからだ。
 艦橋からの指示は何もない。
 ヤマトは全速力で本星の作る空間の中へ突入し――加藤は一人、副隊長機のコ
クピットに座り、いつでも発進できるように準備をした。
不安に、胸が締め付けられた――いつにない、危機感。
(早く、戦わせてくれ……艦長代理。俺も、行きたい――)
 戦いに臨んでも冷静だといわれている。クールで穏やかだ、と……それは兄貴
に比べてのことだろうか? 仲間たちには「思い込んだら突っ走るヤツ」とも言
われているが。
確かに戦闘に入れば様々なものを分析したり、見通して動くことに何のストレス
もない。
何故みんな、見えないんだろう、そう思うくらいだ。それを恐ろしいと思うこと
もない。感情が麻痺し、妙にクールダウンするのだ。
だから――こんな焦りは初めてだった。
何かしら、胸の奥底から突き上げてくる、不安……。
(艦長代理っ――)加藤はギリ、と奥歯をかみ締めた。

 何度かエネルギーが艦体を震わせる音がして、波動砲の準備が促され、彼は
(いったい、何が起こってんだよっ!)イラつく自分を押さえつけるのに懸命だ
った。
だが――。
 もう、だめだ。
 ヤマトが全力疾走に入り、暗黒星団帝国を抜けるのだと、わかった途端。
ベルトを外し、コクピットから飛び出し、加藤は艦橋への通路を駆け上っていた。
――何故っ! どうしてだっ!!
 耳に? いや、聞こえたのだ。

 『……しろ兄ちゃん――ごめん、ね』

 あれは、澪だ。澪のメッセージだと。


 激しい揺れを示す艦体に、よろめきながら加藤四郎が第一艦橋へ飛び込んだ時、
ヤマトは爆発を抜けようとしていた。

 パネル一面に広がる白い星の海――これは?
 一つの星の運命が終わった瞬間だった。

 「……澪。み、お――」
呆然と、艦長席の下の艦橋入口に立ちすくむ加藤に、山崎機関長が気づいた。
「加藤――」
がくがくと、言葉にならない震えが彼を襲い、四郎は立っていられなくて、手近
な柱につかまった。
「……艦長代理、真田くんは――澪、は……まさかっ」
つぶやくような声は、山崎以外の誰にも届かなかっただろうが、気配を察したか
真田が顔を上げた。
一瞬――その瞳の奥に、何ものかを見た気がして。
「そ、そんな……」
加藤四郎は、その場に膝から崩れ折れた。
 自分でも、涙を流していることに気づかなかった――何も、考えられなかった。


 加藤四郎が艦橋の入口で呆然としているのに、気づいていた。
真田さんが一瞬、目をやったのを見たからだ。
――あぁ、そうか。加藤は、サーシャを…。
 それがどういった感情だったかは、わからない。
だが、イカルスで共に暮らし、親しみ以上のものが2人の間にあったろうことは
想像ができる。それに、加藤は――。
戦闘員としての本能で、あの時、この事態をどこか予測していたのではなかった
か。兄のように慕う真田・古代に対し、澪を見捨てたという恨みを持ってしまう
のでは――。
 山崎さんが立ち上がって声をかけ、落ち着かせたようだった。
……加藤四郎は、18か? まだ。俺たちがイスカンダルへ行った歳だ。

 わずか三つばかりしか年下ではないのだ、という考えは、この時の島には浮か
んでいない。長い、3年――。
その中で、得たものの貴重さと、失ったもののあまりの大きさに。
そして、皆。
大切な者を、その戦いの末に、失ってきたのだ――。

 地球はそれでも生き残った。
生き残る価値があるのか? また新たな民族と、星とを殲滅して。
そうして人類は生き残ってしまったのだ――だから。
俺たちにできることは?
 だから、帰ろう――懐かしい人たちが待っている惑星ほしへ。
 スターシアと、その夫であり地球の英雄であった古代守と。その娘、運命の女
神・サーシャを犠牲にして。
だが、地球はまた、生き残ったのである――。





= Epilogue =

 古代進は、また、コスモ・ゼロの発着パネルに立って、星を見ていた。
扉から現れた俺に一瞬、はっとしたようだったが…。
澪、のわけはないのだが。
そのシチュエーションに、彼女を重ねたのは俺だけじゃなかっただろう。
「――島」
 「きちんと、食ってるか?」
横に並んで言う俺に彼は答える。「あぁ」
儚げに、古代は笑う。――そんな時、やつは昔から変わらないと思うのだ。
柔らかく、儚げな――どこか哀しみを秘めた笑顔。
「――ユキが待ってるぞ。痩せると心配させっからな」「あぁ」
 並んで、星空を見上げた。
 「皆――待ってるだろ」「そうだな」

 「……デスラーには?」
連絡がついたのかと訊ねると、「行方が…わからなくてな」と答える。
相原がずいぶんサーチしていたのは知っていた。
事の起こりはあの総統だったのだから、事の顛末を伝えるのも筋だろう。
 だが。
「――デスラーのことだ。…新天地をまた探し当てて帝国を築くんだろうな」
島がそう言うと、
「そうだな……それを楽しみに待っているとするか」
古代も答えた。
 地球が、視認できる。
 宇宙から帰るたびに――その青い姿を眺めるたびに、涙が沸きそうな想いを
抱くのは、それがただ、そこに存在するからだけではない。
この青い惑星ほしを守るために――そのためだけに俺たちは。
それを包み、癒し、迎えてくれる、地球ほし
 悲しみは癒えることはない。
そして今回は、また地上に足を下ろした途端――様々な苦しみがまだ、待って
いるだろう。失ったものの多さに。また、戦いの傷跡の深さに。
行方のわからない者も――また失われた者もあるのだろう。
だが。
戻ってきた――地球だ。
 メインパネルに英雄の丘を写したのは誰だったろうか(。きっと相原に違いな
い)。
その上に風に吹かれ、立っているのは、俺たちの女神だった。
(――ユキっ!)
艦橋の誰もがそれに見入り、よく表情はわからないが、きっとヤマトを見上げて
微笑んでいるに違いない彼女を想う。
 俺たちは――古代を除き――顔を見合わせると、頷いた。
古代を、最初に下ろそう。
英雄の丘へ、行け。
あいつにとっては、彼女こそが――戦う意味。地球、そのものなのだから。
そしてヤツらが一緒にいることこそが、俺たちが俺たちであること――ヤマト
で戦う意味なのだから。

 ヤマトはゆっくりと降下する。
 また、新しい、地球の日々が始まるのだろう。

 西暦2202年、宇宙戦艦ヤマト帰還。

Fin


綾乃
−−Dec, 2007――21 Mar, 2008
 
ページの背景 by 「幻想素材館Dream Fantasy」様

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved. (以下ページも同様)


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