次世代>YAMATO'−Shingetsu World:KY題100(KY・No.67)より



butterfly clip蝉時雨


・・ある夏の日・・


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 四つ違いの兄。 父だけでなく――あんな男はどうでもよい――いつもこの兄が前にいる。 俺は、それでもこの道を歩むんだろうか? ……なし崩し的に此処を選んで。……それでも、自分で選んだ道だった。

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「――なぁ聖樹。お前、どういうつもりだ」
食事の間は、近況報告をし合った。最上級生になった相原わたるの こと、寮の趨勢。兄さんの新しい学校の様子。
――半分は仕事してるからな。軍務もあるんだよ。そう言って笑う兄は、けっこう楽 しそうだ。訓練校出身じゃない人もいる。だいぶ年上だけどね、民間からの転属組と ――あとは非戦闘員の人たち。技官が多いけど――叔父さんや真田さんたちの時代み たいに、一通り何でもできるようにって。非戦闘員への共同訓練も手伝わされるのだ と言っていた。


 食事をほぼ終えた頃、守は口調を新たにして、弟にそう切り出した。
「――どういうつもりだ」
「……どういう、つもりって?」
聖樹には“やっぱりそう来たか”という思いと、きょとんとした思いの両方がある。 何故、兄がそんなことを俺に訊くんだ――それは、“本来は父親の役割だろう!?”とい う反発の想い、そんなものも、もはや忘れてしまったほどの遠く。14歳になったばか りの聖樹には、そういった部分だけは妙に大人びた、少年らしくない部分が形成され てしまっていた。
 「訓練学校へ来るということ、父さんには事後承諾だったそうだな」
「……あぁ」
「母さんも賛成していたわけじゃない――よな?」いいやと微かに被りを振った。
 母さんは知っていた。最初から話していたからだ――俺がどこへ行こうと、どうでも よかったんだ、とまでは言う気はない。それなりに進路相談もした。だが地球に降って 沸いた開拓移民騒動で、中枢部はごった返した時期に当たり、そのリーダーグループ の一人だった母はあまり時間が無かったのだ。――しかし聖樹は知らない。その母が 第一次船団のリーダーとして旅立つことを切望されており、それを自分のために断っ たことを。そのための混乱もあったはずだった。
 中学生だった聖樹は、家族と過ごす時間の少ない子どもだった。――同じ多忙な両 親を抱えた兄と弟。だがその4〜5年の違いが環境の大きな違いを生み、また聖樹や 父・進の置かれた特殊な立場がそれを助長した。兄・守は、幸いな時期に子ども時代 を過ごせた、そう言ってもよかっただろう。
「――父さんとはじっくり話し合ったのか?」
いいや、と聖樹は答え、少し顔を逸らせた。
「だが、反対はしなかった……そうだな?」
そんなことはわかっているとでも言いたげな兄のまっすぐな視線を受け止めるのは辛 かった。兄と父は、やはり多忙同士で相逢うことが自分に比べ多いわけではない。だ が両者の間には不思議な絆があるように思われ、それはつねに結ばれているように見 えて聖樹は息苦しかった。――どうして兄だけが? いや、どうして自分だけが。そ れは必然、自分を否定するとげになる。
 「お前が、此処へ来たかった……そう思っていいんだな?」聖樹は頷いた。
「本当に、だな?」また頷き、そうして、当然だろ? という目で兄を見返す。やぶ にらみになっているかもしれなかったがどうでも良かった。守の声音に心配そうな音 が込められていた。思えば、兄のその口調には昔から弱かったのだ。
「――親父や、俺や。それから、お袋――お前」
古代守はそこまで言いかけると、また口をつぐんでじっと弟を見つめた。


 沈黙が落ち、だがそれは居心地の悪いものではない。――この世でただ1人。もし かしたら自分のことを本当に心配してくれるのは、この兄だけなのかもしれなかった。 いやもちろん、遠くに隔離されたままの唯(ゆい)は別として。――あいつは俺を求 めているだけだ。心配してくれているのとは、違う。女で、妹だからな……。
 カラン、とグラスが鳴った。


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 「聖樹――聞きたいと思っていたんだ。そりゃお前は成績は悪くないんだし。 本当にやりたいことがほかにあるのなら…」
「なんだよ、兄ちゃん。ハッキリ言ったら?」
あくまでも口調は柔らかく、自分から切り込んだりはしない兄だった。
「――俺が、あの人たちみたいになりたくない。宇宙軍なんかクソくらえだ、って言 ってたくせに、結局、訓練学校なんか行ってるじゃないかって? そういうこと言い たいのか」
せい……」


 俺には才能がある。――ていうか。ある“らしい”、と思ったんだ。本当のところい うと他にやりたいことがあるわけじゃない。バイクかっ飛ばすのも飽きちゃったし、 地べた這いずり回って何かやると絶対ヤバい方へ行っちまうような気がして。
――正直、度胸もあって運動神経抜群で、不思議な人気のある聖樹にはソッチの方か らのお誘いも確かにあったのだ。だがいつも一匹狼でツルまない。だから本当に危な いことに手を染めたことも関わったこともない――見かけによらず。
それに。
 聖樹は聖樹なりに、父や母、兄や自分たち一家の知名度や立場もわきまえていた。
 警察と宇宙軍。これだけはどんな些細な犯罪も許されず、それは一家親族に及ぶ。300 年の昔から変わらない融通の無さだ。父に何の義理もない――だが自分の瑕疵が原因 で現在の“古代進”であり“古代ユキ”である存在を貶めることは、聖樹にもできな かった。だから必然、やれることや選択肢は限られてくる。
「――やってみてもいいかな、ってくらいだよ、本当は」「聖樹……」
「そんな面倒でもなさそうだったし」これもまた能力に優れた聖樹の正直な処だ。幼 い頃からそういった環境にあり、目の前に守やその幼馴染たちを見てきた。馴染みの ある世界で、おそらくこいつらと――いやそれ以上にやれるんだろう、という自信の ようなもの。聖樹にはそれがある。……自負もなにもない。使命感すら無いが、“でき る”だろう、とそうもまた思っている。その先へ行くかどうかはまた考えればよいの だ。少なくとも普通に高校生になって、地道な企業や官庁などに勤めたりするのより は軍人になる方が向いているかもしれない……ただそれも彼の環境の示唆するものだ ったかもしれないが。


 そうして目の前にいる兄――古代守の影響があった。
 心配してくれる存在。だが構ってくれた記憶も僅かだし、もちろん子どものことと て邪険にされたことがないわけでもない。それに幼少の頃からオトナの中で育ったよ うな兄とは接点そのものがすでに少なかった。――だから俺が見ている“兄”は、現 実に目の前にいながらも偶像なのではないかと思うこともある。
だが、素直な愛情を信じられることも確かである。信じられること、それが聖樹に とってどれだけ温かい想いを呉れるか、おそらく父にも、母にも――妹にもわかりは しないだろう。


 「宇宙そらに、出たいんだ」
聖樹は目の前の兄への想いを呑み込んで、そう言った。それだけで伝わるものもある だろう。半分は本音で、半分は建前だった。
「……そうだ、な。聖樹――お前には地球は狭すぎるのかもしれない」守は相変わら ずの穏やかな目でそういって、諦めたように息をついた。



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