次世代>YAMATO'−Shingetsu World:KY題100(KY・No.67)より



butterfly clip蝉時雨


・・ある夏の日・・


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「古代進&森雪100題-No.67・蝉時雨」より
(from 2006, Nov)


【蝉時雨・・・兄弟あにおとうと


bluemoon clip


= 1 =



 「古代。――面会だぞ」
寮の部屋の扉に影が差して、舎監の顔が見えた。――なんだろう? 放送で呼び出す んじゃないなら教官じゃない。
はいと答え、ぶすっとしたまま立ち上がると、玄関の方へ向かう。応接は玄関脇だ。
「失礼しますっ」―― 一応、こういう規律は此処に来て半年も過ぎれば自然身に ついている。扉を開け敬礼した先に彼が見たのは、意外な姿だった。
「兄さん――」
すっと立ち上がる精悍な姿。細身で背のスラリと高く、同じ古代の兄弟でも聖樹とは あまり似ていないといわれる兄だった。
――「元気か」
引き締まった顔つきは優しげな笑顔ばかり見てきた弟には違和感がある。それは“少 しは軍人らしくなった”ということでもあったのだろう。
「はい」――此処に居る限り、親兄弟、友人であっても先任や上官は絶対だ。今年こ の少年宇宙戦士訓練学校を卒業し、専科でさらに上級コースを獲るべく一部形を変え て再開された防衛軍宇宙訓練校の1年にいる兄の守は、新訓練生となって間のない 弟・聖樹にとって、絶対的な上級者であった。


 兄・守は「古代の長男」「ヤマト子弟の長子」という評判をものともせず、抜群の成 績と実績で同校を卒業した。人手不足の軍は、すぐにでも彼を現場へ出したがったが、 本人の希望とまた別の思惑もあったのだろう、上級コースを勧められ、そのまま残留 して今がある。だがインターンとしてすでに乗艦経験もあるという立場である。
 守自身の考えは聖樹にもわからない。
 あれだけ早く現場へ行き戦える者になりたいと言い、父の反対も押し切って予科か ら此処へ入っていた兄。――だがその父も、兄に対しては最終的に言うなりであろう というのは予想の通りだった。兄を溺愛している父……そして兄はその父の期待にも、 周囲の期待にも応えようとしてきた。――兄ちゃんは、どうしてそこまでやるんだ。 ……
 ここへ来て足踏みともいえる進学の理由を彼は曖昧にして明かさなかったからだ。ま さか、臆病風に吹かれた、とは絶対に思いたくないのだが。
――もともと穏やかで、戦争屋なんかには向かない、身近な誰もがそう言う兄。
だが能力は疑うべくもなく、その才能を示していて…。それで、いいのかよ? 兄さん。
不詳の弟としては、そういう想いもある。


 「出ようか――許可は貰ってある。…此処では、したい話もできない」
相変わらずの柔らかい口調でそう言うと、守は立ち上がり、弟を促した。
聖樹は固い表情のまま、その兄に従う。
「上着を、取ってきます」「あぁ。エントランスで待っている」


star icon


 学校を出ると、降るような音に体ごと包まれた。


 まだ夏が始まろうとしているばかりの季節だというのに――あぁ、これは蝉の声だ、 と思う。現在の訓練学校は、一部を緑の濃い山林の一角にある。壁と構内の堺にも多 くの植樹がされており、小さな林のようなものが周囲にあった。
 ふと立ち止まった気配を感じたのか、兄が言った。
「――蝉時雨、だな」ふっと笑う。「そんなことも、忘れていたな」


 先に立つ兄は、何を言いに来たのだろうか?
 もしや長距離艦に乗って、旅に出るとでもいうのだろうか?
いやそれなればもっと早くに――守は皆の憧れでもあったから――上級生が騒いでい るはずだ。
「俺もまだ未成年で、あまりちゃんとした処へは連れて行ってやれないからな」


 ちょっとしたレストラン。個室とはいわないが、隣との間は十分で、それなりに ゆっくり話は出来る場所。――慣れた仕草で兄がそこへ足を踏み入れると、店中の視線 が、無関心を装い、だがかえって注目するのが痛いほどよくわかった。
(あぁ――まただ)
美貌といってもよい容姿の兄。背も高く、優しい女顔はヤマトの女神といわれた母 そっくりだといわれている。けぶるような笑顔――加えて訓練学校と軍の制服が並べば、 それは目立つなという方が難しかっただろう。
――守を“古代の息子”とわかる者も中にはいないではなかったはずだ。この若さで、 時々メディアに露出することすらあったから。再開された宇宙訓練校の一期生は優秀 な者ばかりの精鋭集団だ。それは一種の“宇宙軍”の広報戦略ともいわれ、訓練学校 自体エリート養成学校=士官学校であるのに、さらにその中の幹部クラスばかり集め た。だからもしかすると――現在、乗艦訓練など行なわれているわりには、守の同級 生たちは一生現場には出ずに終わったりもするのかもしれなかった。
 「座れよ」
「あ、あぁ…」
ぞんざいな口調は聖樹のいつものことだ。少々のぎこちなさとともにテーブルにイ スを引き、腰掛けると、やっといつものお前らしくなったな。 兄はふとそう言って笑う。
 「何飲む? ――酒は、だめだぞ」といってメニューを差し出した。
それを見もせずに弟は言う「……バーボン」
「おい」「兄ちゃんが一緒だから良い」
ふぅと小さなため息をついて。守は合図をして店の人を呼ぶと「バーボン二つ。ロッ クでシングルと水割り」聖樹は顔を上げ兄を見た。その意外そうな表情に
「ん? 俺だって酒くらい飲むよ、外泊する日くらいね」
声に皮肉が含まれていなかったか?
 「外泊?」と聖樹は返した。
「あぁ――お前、飲むなとはいわんけどね。酒飲んだ日に寮へ返すわけにいかんだろ」
――こんな処、面倒見がよくて長男で。優等生なんだな、こいつ。


 野菜、食べろよ。ここ、定食ったってけっこう旨いぞ。
「兄さん、俺、スパゲッティでいいよ」「何、遠慮してる。俺たちは給料貰ってんだか ら心配するな」――訓練学校にいれば、学生も学生給が出る。その“小遣い程度”と、 上級学校でのそれがどの程度違うかはわからなかった。
 注文を済ませ、守は「久しぶりの再会だからね、乾杯」とグラスを上げ、一口だけ 飲むと、「先食ってろ」と言いつつ席を立った。どこかへ電話でもかけるのか。
――ややもして。
「がっこ、連絡しといたからな。今日は、兄ちゃんと外泊だぞ」
こくりと頷く聖樹である。



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