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CHAPTER-13 (017) (054) (052) (049) (055) (079)




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 ひとしきり汗を流した処で、2人はぱんぱん、と砂を払って立ち上がった。
「母さんがあそこで怒ってるぞ? 早く戻らないと」
「なんだ、母さんておこりんぼだな」
古代は片目をつぶった。「――ちがうな。あれは、仲間はずれにされたから怒ってるんだ」
くふ、と息子は笑った。
「母さんも取っ組み合い、したかったんだね」「あぁ、そうだ。絶対」
大声で笑い合うと、2人は実の親子のように睦まじく葉子のいる岩場へ向かった。

 「ねぇ、古代さん――」
砂浜を歩くのは重くて、ちょっぴり歩きにくい。特に、地球であまり長く育っていない大
輔には、時々、空気だって重いことがあるのだ。だけどこの湿潤な――しっとりとくる
濃厚な重さが、彼は好きだった。
「なんだ? 大輔……お前、強くなったな。もうじき、母さんに勝てるかな?」
「――絶っっ対、無理」ぷん、と横向いて、少年は言う。「母さん、強いでしょう? 
だって、古代さんだって投げ飛ばすっていうじゃない」
「誰がそんなこと言ったんだ?」
古代は驚いて問い返した。
「――南部の小父さん」「……あいつ」また2人は笑った。
 でもさ。
と大輔は真面目な声を顰めて、古代に耳打ちした。
「――構ってもらってる僕が言うのもヘンなんだけどね」「うん?」
さっきみたいに並んで、うちの母さんと座ってるのって、なんかさ。
それに僕らと一緒に遊びに来ちゃって――まるで。なんていうか、その…。
 ははぁ。
古代は悪戯っぽい目をして笑った。
「また、なんか言われたかな?」う、と大輔は下を向く。
そういうんじゃ、ないけど。――父さんも留守で、ユキ小母さんもいなくて。
3人でデートって、なんか、へんなの。雑誌とかじゃなくたって、ヘンだって、思わ
ないかな? 2人とも。
 古代は明るく笑って、大輔の頭をぽんぽん、と叩いた。
「いいじゃないか――皆、忙しいし。バラバラに暮らしてるだろ? だから、足りない
処は補える人が補えばいい。守だって、加藤に面倒見てもらったりしてるんだしな?」
それに。もうじきどうせ、ユキも来るし、加藤も明日には着くだろ? だから。せっかく
先に来てゆっくりできるんだから、楽しめばいいんだよ。
――子どものくせに、妙なこと、気にするな。
それとも、俺じゃ、力不足かな?
 ううん。絶対、絶対そんなことないよ。僕、古代さん、好きだもんっ。
ぱふ、と腕にしがみついて、大輔は、本当に嬉しそうに笑った。
 古代さん、大好き。
後ろから駆けて、「ようし、岩まで競争だ」という古代の声で、息をはずませる。

 「母さ〜んっ」
あはは、と笑って、ぽふ、と飛び込むのを腕に抱えられて。
「あ〜あ。砂ちゃんと落とした? もうあんたたちときたら」少しぷい、としているが、
怒っているようではない。
「お腹空いちゃったわ。ご飯にしよ、ほら、古代も」
2人して顔を見合わせると、岩の陰に座り、お弁当を広げる。
 「ユキから預かってるのもあるから、けっこうご馳走」
と楽しそうに言う佐々は、「ほら、手を拭きなさい、これで。大輔」とお絞りを出して、
「古代もだっ。まったくもう、子どもみたいよ」と言った。

 潮風に吹かれての少し遅い昼食は、汐の香りがスパイスになって本当においしかった。
玉子焼き、ウインナ、ブロッコリ。茹でて少し炒めたジャガイモと、おにぎり。お肉のか
ら揚げ、ミンチボール。――なんか、いいな。こういうの。

 「古代は、このへんで育ったんだろ」
「あぁ…」ゆったりと時間が流れる気持ちがして、青い空が心地よい。
「――宇宙もいいけど、地球も、いいね?」
少年が、2人を見上げるようにして、そう言うのを、大人たちは笑顔で聞いた。
「そうだな。――大輔も、よくわかるな」
「うんっ」彼はそういうと、また立ち上がって。
「ねぇ、僕。さっきの方へ行ってみてもいい? 飛鳥に貝殻拾ってあげたいの」
という。こくりと母は頷いて、いってらっしゃい、見える処にいるのよ、と念を押した。
大丈夫だよ、と彼は行って、とっとと駆け下りていく。
その様子を古代はまた、けぶるような笑顔で見守っていた。

 ――少年時代。
あの子――大輔も、けっして平穏な人生を歩んでるってわけじゃないのな。
もちろん、戦いがあるというわけではない。日々、ガミラスの脅威に晒された、あの時代
とは違う。だけど、この両親の許で子どもをやってることや。俺たちの後継であることの
厳しさは、彼に、他人と違う人生を強要しているかもしれない――守や……聖樹と同じ
ように。そして…。
 浜へ駆けていく大輔の姿が、在りし日の友人に重なった。
え、と思ったほど、その駆けていく様が似ていたからだ。
――あいつも、あんな少年だったんだろうか?
父親である四郎ではない。俺より二つ年上で……下町育ちだったあいつ。
 自分と、加藤三郎と――2人の姿がふっと見えた気がして、その幸せな錯覚に、また
古代は空を仰いだ。

 気づくと佐々は気持ち良さそうに岩に寄りかかってうとうとしている。
(まったく――息子見てなくて大丈夫かよ)
天然というのか、大らかなのか。くすりと古代は笑うと、日よけを顔にかけてやった。
 大輔が元気に浜で飛びまわっているのが見えた。
三浦岬は静かで、平和な午後だった――。




 「たっだいまぁ!」
旅館に戻るのに“ただいま”はないだろうと、佐々も古代も思ったが、大輔は元気には
しゃぎ、遊びの疲れも見せていない。
小規模ではあるが、なかなかきちんとした構えの旅館である。
「お帰りなさいませ」女将が挨拶して「古代さん――古巣をお歩きになりましたか?」
と言った。古代の両親を知っており、昔馴染みだ。地元に戻ってきた1人だった。

 そうして。
 車の入ってくる音がして、振り向く。すい、と止まった車から人が降りた。
「――ユキ! 守」
2人の姿を捉える。目と目――そうして本当の休日が始まる。
 「守兄さんっ!」大輔が飛び出して、古代守に駆け寄り、「こんにちは」と少し照れて
ユキに挨拶した。
「早かったな。――もう、いいのか」にこにこと佐々が言って、
「えぇ。これでゆっくり休めるわ」女将に促され、2組の親子は旅館へ入っていった。
 「加藤くんは、明日?」
「うん。どうしても今日しか出られないと言っていた。それでも3日休めるのだから
ラッキーだな」「月?」「もう出たと思うよ。な、大輔――明日の朝には父さんに
会えるぞ」「うんっ」
 3人が話すのを聞きながら古代はあの海辺の風景を思い出していた。
――明日の朝はまた、浜に行ってみようか。守と一緒に。
いつかユキとは来た――約束の浜に。思い出はよみがえり、繰り返す。
海も、砂も再生し、そしてまた新しい思い出を作っていく。
少年はいつも浜を駆け――それは自分であり、兄であり、友であり――子どもらなのだ。
……聖樹せいじゅもいつか、連れてこよう。来れる日が来たら。
 「どうしたの? 父さん」
守が、そのユキにそっくりな表情で自分を見た。
「いや。お前、また大きくなったな」
「ん? やだな。毎日見てるでしょ? 何言ってんだよ」
「そうか? そうだな」
 古代は楽しそうに笑うと、息子の――自分と同じくらい背が伸びてきた息子の背を押
して、歩きだした。

Fin
――「完結編」後 A.D.2216年頃
the earth c・art

綾乃
Count068−−11 Sep,2008


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古代進&森雪100のお題−−新月ver index
   
あとがきのようなもの

count068−−「少年」

   このタイトルを見た時、三浦半島の自然溢れる山野の村で子ども時代を過ごした古代少年の姿を書きたいと思いました。それは彼の中で、地球の記憶とも通じる“自然”の声であり、平和と幸せの日々だったことでしょうね。その“思い出”ではなく、“再邂逅”を−−そんな風に思っていたのです。
  両親同士が仲良しなので、とても仲の良い古代進と加藤大輔。周りから見ると本当の親子か年の離れた兄弟のように仲良しです。この関係は、大輔が長じて社会へ出るまで続き、大輔も古代家の兄弟たちへの尊敬を持ち続けながらも、少し違った立場で古代進という人に接し続けます。
  いいなぁ−−大輔。こんな風な“親戚のお兄さん”がいたら、幸せでしょうね♪ そんな関係と、静かな浜辺の海に立っている少年の姿。そんなことを書きたかったお話でした。書き始めたのが2006年なので、2年近くかかってしまったことになります。完成できて、嬉しいです。 加藤くんを待っていながら、古代くんと仲良くお友だちしている葉子ちゃんの幸福そうな姿も、けっこう楽しんでいただければと思います。

 綾乃・拝

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