After The Last-War 1
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 また、空を見上げて。
 そぼ降る雨の筋を見上げて。湿った空気が心地よい。
と、突然。
「班長――生活班長」
とおずおずと、でも明るいハッキリした声がした。その方を振り返ってみれば。
「土門、くん――?」
 そこには、明るい表情の青年が、すっと立っていた。
ただし、片手は失われ、顔の半分をマスクに覆われ、そして杖に支えられては
いたが。
 「生活班長、お久しぶりです」
「まぁ」
とユキは少し赤くなった。
「もうヤマトはないのよ――その“生活班長”というのは、おかしいわ」と
言い募る。しかし
「そうですね――でもやっぱり。どうしても私にとって森さんは生活班長
です、今も」
 ヤマトの惑星探査とボラー連邦との戦いで一時部下だった土門竜介である。
シャルバート星からの帰路、ボラーの攻撃を受けて瀕死となり、一度は死した
と思われていたものが、奇跡的に再生した一人。
それも、持ち帰ったシャルバートの科学力によるものだということは、一般には
伏されている。ヤマトの最後の戦死者の中で、その時まだ息のあった者だけ
が数人、蘇った。
土門もその一人で、乗艦の時から彼を可愛がっていた進が、誰よりも喜んだ。
最終的には戦闘班へ出向の形となって本来の分である砲術士官の役割も果
たしており、二人の目の前で銃弾に倒れたからだ。
 戦いで両親も家族も失った者同士――そして、若い頃の自分に似た目をした
土門。生活班に配属され、そのヤマト戦士としてのスタートを見守る形になった
ユキは、そこに出会った頃の進の姿を見て、目を細めることも何度もあった。

 だが。
 土門にしてみれば、歴戦の勇士であり尊敬する艦長の恋人とはいえ、いくつ
か年上の美しい女性にしかすぎない。もちろん上官として尊敬はしていたが、
いつしか女性としての憧れ、艦長が立場上そうできないなら、代わりに守って
やりたいという気持ちを持ったとしても、誰も責めることはできまい。
土門のその想いは、艦内で知られるところとなり――古代自身も、そしてユキ
すらも気づいてはいたが、どうすることもできなかった。
淡い恋――それを抑えて任務にまい進していた土門に、心の中で手を合わせ
ながらも航海中、くじけそうになるたび何度も彼に助けられてきたユキである。


 土門はそれ以来、艦隊勤務からは降りていた。
体の回復に1年近くかかったこともある。やっと復職したと聞いたばかりだ。
「来月から再配属になります――ご挨拶もしたいと思っていました」
土門の口調には翳りはない。
「もう、艦隊勤務ができないのは残念ですが――いやなに。そのうちまた宇宙
に出てやりますよ」と、随分大人びた顔をするようになった。
 当然、ディンギルとの戦いには参戦できなかった。ヤマトの最期も、見ていな
い。
 「こんな具合でも、軍はこき使いたいらしくてね――」だがそれも嬉しそうに。

彼は優秀な士官である。
進も、「俺や島以上になれるかもしれないな、才能がある」
と言っていたほどだった。
問題のあった他人との協調性やコミュニケーション能力、そして指揮官として
他人を使っていく力――そして使命感。ヤマトに乗り、その間に彼が身につけ
ていった能力をもってすれば、軍の中枢に彼を必要とする部署は沢山、ある。
「森さんの御蔭です――」ちょっと小首をかしげながら、言った。
「ヤマトの生活班で、先輩たちの姿を直接知りながら。自分も、それを支える人
たちも一緒に戦っていって。そしてあの第一艦橋に座った時に、それら全てが
自分を支えてくれていると知ったんです」
 だがユキにも何度か殴られたな――平手でだけど、と土門は思った。
音の派手な割りに軍務訓練を受けていないユキの平手は痛くはなくて、叩か
れてみたい気になってわざと失敗をしてみたりしたこともあったっけ。
あの時は、逆に泣かれてしまって、後悔した――。

 「どこへ、配属されるんですか」
「はい。2週間後から、1か月ほど本部で研修を受けた後、火星の再建のため
1年赴任します」
「火星――大丈夫なの」その体で――とユキは心配になる。
優秀な戦闘士官独特のがっしりした筋肉質の体に、溌剌としたものを秘めて
いたあの頃の竜介が、肉体の破損と明らかに病みやつれて見える。
「えぇ。それで地球から最も近い惑星ということなので――何かあっても3時間
で戻れますからね」
「でも、ワープは無理でしょう、その体では」近距離での小ワープは内臓に堪
える。「えぇそうですね。ただ」
――本部機能を備えているのは火星とガニメデと冥王星だけだ。
そこへ行くことは必要なことだとはユキも理解できた。
 中央で地位を得ていくためには、外部への赴任は絶対条件である。
内勤=地上勤務、支部または内惑星勤務、また地上勤務を繰り返し、そして
外惑星か周回勤務を勤めなければならない。戻ってきた頃には参謀職を拝
命し、防衛軍の中枢へ上がっていく。
 再生なった土門が、実践と知識と人間的バランスとを兼ね備えた逸材である
ことは疑いなく、そして前線には再び出ること適わない若き指揮官の彼が、そ
の人材として期待されているだろうことは簡単に想像がつく。
あの北野哲がそうだったように。

 島大介亡き今、北野は後継としてそれを埋めるかのように現場に復帰した。
最高位の指揮権を与えられ、ただその実戦経験と“ヤマト”故に。
諾としてそれに従う北野がそれを望んでいるかどうかは、ユキにはわからなか
ったが。
――土門もまたこの先、地球の未来を背負う幹部の一人となっていくのだろう。
その前に体が参らなければ。
進や、葉子や、四郎や――前線に常に在り続ける人たちとそれはまた別の、
生き様である。

 
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