After The Last-War 1
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「森さん、やっとご結婚なさるんですってね」
少しまぶしそうに、自由な方の目を細めて竜介は言った。
「えぇ――」少し目を伏せてユキは答える。いくつになっても、何年経っても変わ
らない美しさだと竜介は思った。
「この航海から帰ってきたら」
「僕も招んでいただけるようなので」
「えぇもちろんよ」
土門の元にも幹事役らしい南部・太田・相原の連名の通知が回ってきていた。
もちろん全員が、現在の艦隊遠征に出かけているため、実質は――何故こんな
くそ忙しい時に俺が古代の結婚の面倒見てやらなければならないんだ! と、
怒りながらも手配だけは済ませてしまうあの、真田である。
放っておくと、ヤマトの、あの、古代進と森ユキの結婚式だ。マスコミやら
希望者やら自称お知りあいやらで大変なことになってしまうので。
その中をいかにどうするか、というのが首謀者4人の主な苦労だったりもする
のだ。しかも二人とも、周りも含めて公僕である。それなりの義理も果たさな
ければならない。


 「森さん――」
え、とユキは見やって。
「結婚式の時は、びしっとキメてきますから。素敵な後輩でも紹介してください」
えぇとユキは笑って。
「言い忘れましたけど。僕、これからブラジリアへ行くんですよ――」
え、とユキは。――そのための休暇だったのだ。
「やっとね、バイオアームと、義眼の調整が終わったようで。――これも、ユキ
さんや古代さんの御蔭です」
 そうだったのかとユキは合点がいった。それなら結婚式の時は、五体満足な、
もとの土門のスマートな姿で現れることができる。
 ブラジリアには、技師長の技師長――真田の妻であり、芸術作品ともいえる
域に達している彼の義肢義足を作った朝倉リエがいる。
「リエ先輩が引き受けてくれたんだから、大丈夫よ」
「えぇ――本当に、真田さんや古代さんの御蔭です。感謝しています」
 生身とかわらない機能を持った義手義足。片手を失い、片足の膝下からの
機能が壊死していた土門は、それについては諦めていたのだが。
古代が提案し、真田を通じて、そして特別な功績があったということでの特別
待遇ではあったが――快く引き受けてくれたリエに甘えることになった。
 リエは現在、ブラジリアの科学局本局にいる。真田も本来そこの所属で、
副局長の要職にある。クリニックは閉じてしまったが、現在でも委嘱を受けた
仕事だけは、そこで行なっているのだ。
ふだんは科学局の委嘱を受け、医学分野での解析を担当していた。
だが真田は多忙で防衛軍本部の要職も兼任している。
なにせ実戦経験のある科学士官。
ヤマトを失った防衛軍が、次の旗艦となり得る新造艦をいくつか作る必要があ
り、真田は自らも希望してその企画の任にある。
そのため、ほとんど単身赴任のようなもので東京メガロポリスに詰め、時々
科学局へ戻ってくる日々だった。だが、二人はそれでも幸せに家庭を築こうと
している。
 「診察に伺った時に、『夫に逢ったらよろしく言っといて』なんて仰って笑って
ましたよ」と土門は笑って、相変わらずですね、あの方、とリエを言う。
お会いすると、何でも安心のような気持ちになって。
副長の奥さん、って想像もできなかったんですけど。あぁこの方なら、と思いま
した、と土門は言う。
 ユキも笑った。
 リエらしいから。明るく、屈託がなくて人を支えてくれる。真田さんも、本当に、
よかった、と。
それで思い出したのか。
「もうおひとかたの副長――島さんにも、喜んでほしかった、です」
「土門くん――」
 島大介の話は、まだ、仲間が逢うときも禁句に近い。誰もが、逢うたびに、足
りないその顔を、声を、不思議な気持ちで思い返す。今もどこかに居て、また別
の艦の操縦桿を握りながら星の海に居て。
――皆の集まるカフェで、街中で、オフィスで、訓練所で。
「よぉ」と言いながら、今にも顔を出しそうな気がするからだ。
 「僕は……あれからお会いしていないから。信じられなくて……」
 後輩の面倒見がよかった島は、新人たちには怖がられながらも慕われてい
た。艦長は怖くて近寄れないけど――質問があれば島のところへ、と思ってい
た中間管理職クラスも多かったのだ。
「私たちの目の前で――最期は進さんと私の手をとって――」
そうだ。誰にも話していなかった。あの艦橋での、島大介の最期を。
「最期まで操縦席で。命をかけてヤマトを発進させたあと――安心したように、
亡くなったわ」声にならなかった。
「そうだったんですか……でも。島副長のためにも。お二人には幸せになってい
ただかなくては」少し生意気だろうと思ったけれど、土門はそう言った。
 「ありがとう」とユキも目を上げて。
「体を大切にね。完全に回復するまで、無理しちゃだめよ」と。
これは上官だった時のしゃべり方――なんだか弟みたいに思えるから。
「了解です」
 ではまた、と敬礼してゆっくりと踵を返し、去っていく若者。

 ユキも、夕刻の仕事に戻らなければと廊下の反対の方へと歩を進める。


 先ほど飛び立った航宙機が、戻ってきた。
雨の中、ブレもせずに静かに機影は消えた。
(葉子――私たちも、がんばらなくっちゃ、ね)
雨を通して空を見上げ、その大気の向こうの星の海を思う――。
 結婚してしまえば――私はもうその宇宙うみを飛ぶことはないだろう。少なくとも
何年もの間。
あの人を待つ生活が、大切で、それでも、共に飛ぶことはできなくなるのだ。
いま、航宙機の操縦桿を握っている友人の選んだ道は――それとは逆に。
結婚せず、共に翔ぶことだけを選んだ友――。
それで良いと、それで幸せだと言い切るひと。
 だが自分は。
 古代なくしての命はあり得ず、また彼は、私のもとへ必ず帰ってくる。
帰ってくるべき場所を守るためになら、何でもできると思えるので。
そのために私は、地上で働き、彼らの――あの人だけではなく、仲間たち
すべてを支えたい。

 雨はまだ降っていた。
 滑走路はひっそりと、雨に濡れている。


【End】
−−Feb 09/2006
綾乃
 
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